第一章 旅立ち ~宴の夜

 ここは謁見の間。二人は国王が来るのを待っていた。

「ずいぶん待たせますね」

「着替えているんだろう。お前、結構せっかちだな」

「そんなことないですよ?」

 二人がこそこそと話していると、上手より国王が姿を見せた。

「待たせたな。悪い、悪い。…両名とも面を上げなさい。…ミシェイル、この度の一件は全てそなたのお陰じゃ。礼を言うぞ」

「王、俺は…?」

「国王を守るのがお前の仕事だろう?」

「そう言うと思いましたよ」

 子供の様に拗ねた顔を見せたキセンだったが、改めて国王の顔を見て、安堵の表情を見せた。

「サイ・マズロの娘か。奴にも以前に世話になった事があるのじゃ。わしでよければ何なりと申せ」

 国王は前のめりになり、ミシェイルの言葉を待った。

「勿体ないお言葉、私にはそのお言葉だけで充分でございます」

「む、そうか…。まあ、無理にとは言わん」

 国王は残念そうな顔で玉座に座り直した。

「王、代わりに俺の願いを聞いちゃもらえませんかね?」

 その瞬間、国王の顔が一気に曇った。

「そんな…あからさまに嫌そうな顔をせんで下さいよ」

「お主はいつも厄介事を持ち掛けてきよるでな」

「今回は簡単ですよ。俺がこの娘を連れている事で想像はついているでしょうが、各国に散ばるジュエル・ナイトを、このウレイユに集めて欲しいのです」

 少し考える様な素振りを見せた国王だったが、直ぐにキセンへ向き直った。

「うむ…よし、分かった。すぐに手配する」

「ありがとうございます」

「これから主達はどうするつもりじゃ?」

 キセンはミシェイルを横目で見た。先ほどの治癒魔法で疲れたのだろう。その顔は少々青ざめて見えた。

「…このまま旅を続けようと。ミシェイルも、ちと頼りないですから。鍛えていかねば」

「そうか。…キセン、お主が迎えに行くと言うのはどうじゃ?このまま旅を続けるのなら、その方が手っ取り早いだろう」

 キセンはしばらく考えると、ミシェイルに問い掛けた。

「…ミシェイル、行ってみるか?長旅になると思うが…」

「行きます!」

 即答であった。疲れている顔をしてはいるものの、ハッキリと答えた。

「…そうか。王、ミシェイルもやる気ですし、各国への連絡をお願いします」

「分かった。そうとなれば旅の間の買い物は全てわしが持とう。馬車も必要だろう。それから…」

 自分が出掛ける訳でもないのに、ウキウキと提案をしてくる国王を見て、ミシェイルは困ってしまっていた。キセンは目を閉じ、じっと聞いている。

「あ…あの…王?」

「黙ってろ。こういう方だ」

「供の者はどうする?何人くらい必要かの?」

 キセンは目を開けると嗜める様に答えた。

「王、遊びに行く訳ではないのですよ」

「お…おお、そうだったな。悪かった」

 国王もはしゃいでいた自分に気が付いたのか、素直に身を引いた。

「明朝、出発します。ミシェイルは俺の家に来い。妹も話し相手が出来ていいだろう」

「はい。そうさせて頂きます」

「王。私たちはこれで失礼します」

 二人は立ち上がり国王に一礼し背を向けた瞬間、国王が叫んだ。

「ちょっと待たんか!今夜は宴を開く。ライラも連れて必ず来るんじゃぞ」

「は…しかし王、病み上がりですよ?」

 信じられないといった感じでキセンは応えたが、国王の目は本気だった。

「わしの快気祝いじゃ!これは、命令じゃ!」

「わかりましたよ!…ったく…」


 そして宴も終わり、キセン、ミシェイル、そしてライラの三人は城門の前にいた。

「楽しかったぁ!ね、お兄ちゃん、旅のお話聞かせてね」

「ん?そうだな。ミシェイル、何してる」

「はい、今行きます」

「ミシェイルさん、明日、お買い物に行かない?いいアクセサリーショップ知ってるんだ」

「えっと…明日は…」

 ミシェイルは、キセンの方を見た。

「行って来いよ。昼飯食ってからでもいいさ。一応、出発の用意はしておくぞ」

「もう少し、ゆっくりしてけばいいのにサ。今回の旅だって帰って来たらゆっくりできるぞって言ってたのに」

 先程の楽しそうな表情からは一変し、ライラは寂しそうに俯いた。

「あまりわがまま言うなよ」

「…わがまま?…キセン様はライラさんの気持ちが分からないんですか?」

「確かにライラには寂しい思いばかりさせているな…。だが、俺がジュエル・ナイトである以上…仕方ないだろう」

 ミシェイルはキセンを見据えた。

「それは違います!私に兄弟はいませんが…ナイトである前に一人の人間です!ライラさんの言葉をわがままと取るのは間違っていると思います!」

「…わかっているんだ」

 図星なのだろう。キセンは目を伏せ、言葉を詰まらせた。しかし畳み掛ける様にミシェイルは言葉を続けようとした。…が、ライラにそれを止められてしまった。

「だったら…!ライラさん…」

「もういいよ。ミシェイルさん。これ以上お兄ちゃんを苦しめないで…。お願い…」

 ライラの精一杯の強がりなのだろう。そう感じたミシェイルはライラの震える肩をギュッと抱きしめ、キセンを一喝した。

「…キセン様!」

 キセンは頭をボリボリと掻きむしると、顔を上げミシェイルとライラを見詰めた。二人もキセンの顔を見詰めている。

「分かった!ミシェイル、お前の言う通りだ。出発は一週間後。これでいいか?」

「お兄ちゃん、…いいの?」

「ああ、俺が悪かったよ。ま、たまにはゆっくり休む事にするさ」

 空を見上げたキセンは、どことなくホッとした表情を浮かべていた。

「ライラさん、いっぱい甘えなきゃね」

「うん!ありがとう、ミシェイルさんのおかげだよ!」 

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