第一章 旅立ち ~持つべきものは…
場所は変わり、ここはフィンダン・シスト王国、騎士団訓練所である。この日は午前中、魔法騎士団の訓練が行われていた。
「次!次はいないのか!」
「もう勘弁してくださいよ…」
「情けない…。お前達それでも騎士か?」
「姉御が強過ぎなんです!」
「…あたしに一太刀でも入れることが出来たら、晩飯を奢ってやるぞ?何なら傷物にしてくれた礼に、嫁になってやる」
「それだけは勘弁してください!」
姉御と呼ばれるこの女性、ジュエル・ナイトの一人、サファイア・ナイトのズイタース・ヘラである。タンク・トップにスパッツ、着けている防具は革製の胸当てと腰巻のみ。木剣での訓練とはいえ軽装過ぎるのは自信の表れか。
「ヘラ様、ズイタース・ヘラ様。王がお呼びです。至急、お越しくださるよう」
「ああ、今行く。…今日は解散だ!ゆっくり休めよ!」
ヘラは着替えもせず、王の間に向かった。
「ズイタース・ヘラ、入ります」
「来たか。…そのなりからすると、又、団員扱きだな」
読んでいた書簡から目を離し、メガネの上側から覗き込むようにヘラの姿を見て、にやり、と笑った。
扱き…いや、訓練を途中で邪魔されたせいか、部下たちの不甲斐なさのせいか、ヘラは何も答えず、不機嫌な表情のまま、国王に質問をする。
「…王、ご用とは一体?」
「うむ、ウレイユ王国とガイ・アルブ王国のジュエル・ナイトが、お前を迎えに来るそうだ。どうだ、行ってくれるか?」
やや訝しげな顔でヘラは聞き返した。
「ジュエル・ナイトが?何故でしょうか?魔物共は魔大戦以来、野良を除けば大人しくしている筈では?」
実際、魔大戦以来、散り散りになったジュエル・ナイツが一堂に結集したことは、一度もないのである。国王は手にしていた書簡をひらつかせ、文面をヘラに向けた。
「ジュエル・ナイツを復活させると言うことなんだが、詳しい経緯はウレイユ王にも、当の本人たちも分からんそうだ」
ヘラは少し考えたが、考えても仕方のないことに気付き、王の前に膝まづいた。
「…承知しました。七代目サファイア・ナイトとして喜んで行かせて頂きます」
「ジュエル・ナイツか…」
ヘラは独り言を言いながら、城門をくぐった。すると、そこに一人の少年がいた。その少年はヘラの顔を見るや否や、
「姉御!ヘラの姉御!」
と、叫んで駆け寄ってきた。
「…相変わらず声がでかいな、お前は」
「話は聞いたよ!旅に出るって!」
「…?誰に聞いたんだ?」
少年はヘラの問い掛けなどお構いなしに話し続ける。
「もちろん、おいらも連れて行ってくれるんでしょ!姉御!」
「駄目だよ。お前はまだ子供だろう。それにお前はウルサイんだよ。声が」
少年の頭にそっと手を置いて、ヘラは優しく言葉を続けた。
「あたしにはお前を守れる自信が無いんだ。諦めてくれ」
少年はとたんに寂しそうな顔をした。
「いつ…帰ってくる…?」
「わからないよ。いつになるかなんて。…大丈夫、ちゃんと帰ってくるから。どうだ、昼飯でも食べに行くか?」
「いつ出発するの?」
「気分次第さ。行くよ」
そして一週間が過ぎた頃。城下町の門の前にヘラは居た。
「何もこちらから出向かなくても良いのだぞ?」
「今日ぐらいにここを出ればフォーラ辺りで落ち合える筈です。わざわざここまで来てもらう必要も無いでしょう」
国王と話をしていると、例の少年が叫びながら、ものすごい勢いで駆けてきた。
「姉御おぉー!!」
「…どうした」
「非道いよ!何も言わないで出発するなんて!」
涙と汗でぐちゃぐちゃになった少年の顔をハンカチで拭いてやると、ヘラは少年を抱き寄せた。
「悪かったよ。あまり心配かけたくなかったんでな」
「うう…姉御、早く帰って来てよ…」
その様子を見ていた国王は、ふと、思い出した様に話し出した。
「…ヘラよ。お主、供の者は居らんかったな。…其方、もしやランの息子か?」
「おいらっすか?はい。ラン・デルっていいます」
「やはりそうか。魔法学校の卒業式で答辞を述べただろう。…よし。ラン・デルよ。主が就いて行け」
少年は信じられない様な顔をした。そしてようやく意味が分かったらしく、突然叫んだ。
「い…イヤッホー!本当にいいんですか?!」
「王!こいつはこの間、卒業したばかりの子供ですよ!」
ヘラの言葉は国王には届いていないようだ。
「良いではないか。わしはこの者の両親をよう知っておるしな。…おい、今すぐにこの者の旅支度をして来い。そして両親もここへ連れてくるのだ。」
従者に指示をし、改めてヘラと少年の顔を見た国王は、俯くヘラの肩に手を置いた。
「…私の技量では人を守る事など…出来ません」
「馬鹿を申せ。お主はフィンダン・シスト一の騎士ではないか」
半ば諦め顔のヘラは少年、いや、デルの顔を見て苦笑いを浮かべる他なかった。
貴石騎士団 ぷぅ @ailltone
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