2

 俺は、右手に人形を抱えて、左手に住所の紙を持ち、人形の言う通りに進んだ。

 だんだん進んでいくにつれ、俺の知らない場所が多くなっていくので、俺は帰れるのかどうか心配になってきた。

「次はここの路地に入ってちょうだい」

 人形は、そんな俺の心配もよそに、どんどん道を指名していった。

 俺はしぶしぶその路地に入っていった。

 その路地は人一人がやっと通れるくらいだった。おまけにやけに長い。


 なんとか路地を抜けると、小さな広場に出た。

「へえ~すごい。こんなところがあったんだ……」

 俺はその光景に思わず呟いた。

 中央に立ってきれいな水をあふれ出している噴水。その噴水を囲むように立ち並んでいる木々。

 その近くにはベンチが置いてあり、そのひとつに老夫婦が仲良く座っていた。

 子供たちが噴水の周りでかけっこをしている。夕日でよりいっそう赤や金に染まった枯葉が風に舞い、子供たちの上に降り注いでいる。

 まるで、自分たちもかけっこにまぜて欲しがっているように。

 俺が見とれていると、人形が言った。

「いつまでも見とれてる場合じゃないわよ。早く私を届けてちょうだい」

 そんなあっさりと現実に引き戻さなくても……。もう少しくらい見てたっていいじゃないか。

 俺は人形を睨むと歩き出した。

 広場からしばらく進んでいくと通りの一番奥に赤い屋根の大きな家が見えた。

「あそこよ」

 人形は家を指して言った。

 近くまで行って分かったのだが、それは家ではなく店だった。

 看板にはこう書いてあった。


『Doll'sHome~人形の家~』


 俺は中に入ってみた。

 ドアを開けると、ドアベルがチリンチリンとかわいらしい音を立てた。

 部屋の中にはテーブルや椅子、暖炉や棚もがあったが、どれもたくさんのいろんな人形であふれていた。

 フランス人形から、テディベア、キューピーの人形まであった。

 棚の中を見てみると、俺が今抱えている人形と良く似た人形たちが行儀良く並んでいた。

「ここが、お前の家ってわけか」

 俺は人形に話しかけたが、返事がなかった。

 俺の腕に身体を半分にしてだらんとぶら下がり、ぴくりとも動かなかった。

 俺が不思議がっていると、奥の階段から声がした。

「お客さんかな?」

 声の主は腰の曲がった老人だった。おそらくこの店の主人だろう。

「何か用かね、ぼく?」

 おじいさんはにこにこと言った。

「あ、あの、この人形にここまで連れて行けって言われて来たんですけど、なんか、ここに来た途端、動かなくなっちゃって……

お、俺が壊したんじゃないですよ、ホントに……」

 俺は人形を老人に見せながらあたふたと言った。

 すると、老人は驚いた表情をした。

「その人形……君はその人形にここに連れて来るよう言われたのかね?」

「あ、は、はい……」

 俺が答えると、老人は人形を見ながら、ふむ、と手であごをこすった。そして暖炉の近くにあるテーブルの方へ向かった。

「まぁ、お座りなさい。お茶でも入れよう。ビスケットは好きかね?」

「は、はい……」

 俺は、よく分からないまま、老人の言われるがままに席に着いた。


 しばらく待っていると、老人がお茶とビスケットを運んできた。

 ビスケットは焼きたてらしく、おいしそうな匂いが俺のところまで漂ってきて、俺の腹を鳴らした。

 テーブルにお盆を置くと、老人はにこにこと笑って、俺にお茶を入れてくれた。

「お茶もお菓子もおかわりがあるから、たんと召し上がれ」

「ありがとうございます」

 おれはビスケットをひとつとって口に入れた。

 すると、ビスケットは小麦の味がしたと思ったら口の中でとろりと溶けてしまった。

「こんなにおいしいビスケットは初めて食べました」

 俺はつい口に出して言った。

 本当においしい。

「それは良かった」

 老人はまたにこにこと笑って言った。

「さて、その人形を私に見せてくれないかね?」

 俺は、あっ、と声を上げた。

 そういえば、これのためにここまで来たんだっけ……。

 俺は老人に人形を渡した。

 老人は人形を受け取ると、まるで診察ごっこでもするかのように、すみからすみまで人形を調べ出した。

 俺はビスケットをかじりながらその姿を見ていた。

 しばらくすると、老人は人形から顔を上げて言った。

「この人形はどうして君にここまで運ばせたんだね?」

「えぇと、確か、ここに来る途中に故障したとかなんとか……」

「なるほどなるほど」

 老人は確認するように何度も頷いた。

「君はずいぶん珍しい良い体験をしたね」

「良い体験、ですか……」

 そうだったか……?

 老人は微笑むと言った。


「君は『秋の御使い』に出会ったんだ」

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