人形の届け物

朝日奈

1

 人形を拾った。



人形の届け物



 人形を拾った。

 フランス人形みたいなヤケにリアルな人形だ。

 学校の帰り道に落ちているのを見つけたのだ。

 ホントは放っておこうと思ったけど、なんか呪われそうな視線を感じたんで、仕方なく拾った。

 その人形は中世ヨーロッパにありそうな、レースだらけのひらひらのドレスを着ていた。

 女の人ってよくこんな動きづらそうな服着れるな。

 ……。

 そういや昔の人って下着はいてなかったって聞いたことが……。

 と思ってスカートをちょっとめくってみた。

 そしたらいきなり人形が俺のあごを蹴りあげた。

「なにしてんのよ、この変態!」

 人形が、蹴った……

 っていうか、しゃべった?!

 とりあえず、俺は冷静になって、電源を探してみた。

「ちょっと、何触ってんのよ! セクハラで訴えるわよ!」

 俺が服の中をガサゴソとやっていると人形がそう言って俺に向かって蹴ったり殴ったりしてきた。

 しかし、人形のリーチなんてたかが知れてるので、俺はひょいひょいと避けながら探し続けた。

 人形の方も負けじと、体をよじって殴りかかってくる。

 そしてついに、二度目の蹴りを俺のあごに食らわした。

「ってー……」

 俺は痛みであごを押さえた。

 こいつ二度も同じトコ蹴りやがって……あごって結構痛いんだぞ……。

 人形はその間に俺の手からするりと抜け出して、地面に着地した。

 しかし、上手く着地できなかったのか、人形はそのままゴトッと音を立てて床に転がった。

 人形はじたばたともがいてはみたが、起き上がることすら出来なかった。

 終いには俺にあたってきた。

「ちょっと何ボーっと見てんのよ! 起こしなさいよ!」

 ずいぶんと生意気な人形だな……。

 俺は蹴り飛ばしてやろうか、という気持ちを抑えて、人形を自分の目の高さまで抱き上げた。

「まったく、トロいんだから。レディに恥をかかせる気?」

 こ、こいつ……

 せっかく人が起こしてやったってのに、まるで自分は俺の主人であるかのような態度取りやがって。

 俺は文句のひとつでも言おうとしたが、先に口を開いたのは人形の方だった。

「さて、私たちが出会ったのも何かの縁。というわけであなたに頼みがあるの。聞いてくれるわよね」

 何が「というわけ」だ! 俺は早速断ってやろうと思ったが、

 吸い込まれるような青い目がやけにリアルで怖かったのでやめた。

 これだから西洋人形は……。

「頼みって何さ?」

 俺はできるだけぶっきらぼうに答えた。

「実は、私をある人物のところまで届けて欲しいの」

「ある人物?」

「そう。私の服のポケット中を探ってみて。住所が入っているから」

 そう言われて、スカートの部分についているポケットの中を見てみると、確かに小さな紙が折りたたんであった。

 俺はそれを読み上げた。

「Corl Town, Mideast Street 16……どこだ、ここ? こんなところあったっけ?」

「あるのよ。ホントダメね、あなた」

 人形はそう言って、やれやれとため息をついた。

――落ち着け、俺。相手はたかだか人形じゃないか。そうだ、大人気ないぞ。

 俺は、心の中でそうつぶやいて、限界だった自制心をなんとか保った。

 人形は続けた。

「私はそこまでの行き方を知っているわ。

だから、あなたは私を運んでくれさえすればいいの。私が教えるから」

「運ぶ、って……俺家に帰らなくちゃいけないんだけど。

それに道を知ってるんなら、自分で行けばいいじゃないか」

「実は私、ここまで来る途中に故障してしまって、動けなくなってしまったのよ。

でなければ、誰があなたのようなお子ちゃまに頼むものですか」

 自分は人ですらないくせに……。本当に口の減らない人形だな。

 俺は小生意気な人形に言ってやった。

「お子ちゃまで悪かったな。

じゃあそのお子ちゃまは早く帰らなきゃいけないから、お前なんかの相手なんて出来ません。

じゃあな」

 俺は人形を道端に置いて帰ろうとした。

 さすがに焦ったのか、人形は体をジタバタさせて、必死に俺を止めにかかった。

「ちょ、ちょっと待ちなさい! あなたそれでもジェントルマン?! 困ってるレディを放っておく気?!」

 俺は人形が何を言おうと、無視して立ち去ろうとした。


「お、お願いだからこんなところに置いていかないで!」


 さっきまでの生意気な言い方ではなくなったので、俺はちょっとだけ振り向いて見てみた。

 俺は目を瞠った。

 なんと、人形は泣いていた。

 いや、人形だから涙を流してはいないが、顔をゆがませ、その姿はまさに泣いている小さな女の子そのものだった。

「お願い、見捨てないで……」

 人形は小さく呟いた。

 俺は小さくため息をつくと、人形の方へ戻り、彼女を抱き上げた。

「冗談だよ。さっきからお前があんまり生意気だったからちょっとからかってやろうと思って」

 俺がそう言ってニッと笑うと、人形はキョトンとした。

「私が……生意気? どこが?」

 無自覚だったのか?!

 俺はもう一度、今度は大きなため息をついた。

「まぁいいや。お前をある人の家に届ければいいんだろ? どうやって行けばいいんだ? 教えてくれ」

 それを聞くと、人形は少しうれしそうな顔をした。(それを見て、俺はちょっとかわいいと思ってしまった)

 でも、またすぐ、生意気さを取り戻した。

「そうね、お子ちゃまなあなたにも分かるよう丁寧に教えてあげるわ」

 やっぱり捨てていこうかなぁ……。

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