トロい木馬作戦

『トロい木馬作戦』。


 そう名付けたのはアイであった。当然、“トロい”とは何かとリーンから尋ねられたがアイは決して嘘を吐かず「のろい、にぶいって意味よ」と言い放つ。


 嘘ではない。


 ただ、今回の事も含めアイはいずれリーンに自分の秘密、この世界より遥かに進んだ文明からの転生者だと話そうと心に決めていた。

リーンならば、決して豊富とは言えないまでも自分の知識を役立ててくれるはずと。


 作戦は順調に進むかと思われた。


 苦慮したのはリーンの配下で唯一ブルクファルト辺境伯の元にいるゼロンとの連携。


 此方が攻めいれば、辺境伯は帝国に援軍を要請するだろうと予測はつく。

ゼロンには帝国軍による辺境伯領への進行を防いで貰わなければならず、それを一人でこなすには無理があった。


 協力者を送りたい。


 しかし、既にブルクファルト辺境伯も動きだそうとするこのタイミングで、警戒されている可能性が高く、今から大人数を辺境伯領内へ送りこむのは不可能である。


 ラインハルト王国側から送れないならば、帝国側から。最初、アイは、この案をリーンに伝えるべきか悩みに悩んだ。


 失敗すれば、ただじゃ済まない。


 そんな場所へ自分を大いに慕ってくれる友人に連れて行くことに抵抗があった。


「リーン、これは、あくまで向こうが了承したらという前提なのだけど……」


 アイが話をしたのは帝国に商売に向かった一団。アイの友人ジェシカ率いるユノ商団の人達が、帝国からの商売を終えて辺境伯領に戻って来ている。

既にゼロンと協力してリーンの母を救う手筈だが、協力と言っても身の安全を確保するのみだった。

だが、これ以上となると命の危険を伴う。


 アイの提案を呑んだリーンは、配下を呼び、ジェシカ宛とゼロン宛への密書を持たせて走らせた。


 その間にも着々と大きな木馬の用意が進む。此処でもアイの物作りへの知識が役に立つ。

まず、設計図が事細かに作り込まれている。

緻密な計算により、僅かな歪みも許さない。


 此処まで拘るのかと最初こそ集められた職人からは、不満が上がるが、そこは率先して自ら取り組むアイの楽しそうに作業する姿に、感化されていった。


「親方! どうですか、この車輪は!?」

「ダメね。ほら、ここ。まだ少し削りが荒いわ。それと親方は止めてもらえる?」

「了解です、親方!!」


 着飾ることなく汗だくになるアイは、実に楽しそうで。その姿を時折見に来ては、他の貴族の淑女達が嘲笑う。


 しかし、それは後にその夫や父親などは、王様直々に叱りを受ける事となる。

何せ、国家存亡を懸けている事業を馬鹿にしたのである。自分達は何もせずに……。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



「あ、あの洗濯の仕方を教えてくれませんか?」


 暫く王都に滞在する事となったアイの身の回りの世話をするためにやって来たラムレッダの元に教えを乞うのは、以前アイを嘲笑った貴族の一部の淑女達。


 王様から叱責された貴族達は、恥をかいたと今度は妻や娘に対して叱りつけ、アイの手伝いに出す事になったのだが、何かができる訳でもなく、こうして作業員の洗濯や食事の世話をラムレッダに教えて貰いながらやっていた。


「それじゃ今教えたように、ここにある分、洗濯しておいてください。私は食事の用意に回りますから」


 誰も彼も自分より身分的には上の女性相手に、ラムレッダは苦笑いを浮かべながら、そそくさと厨房に向かう。


「早く諦めて帰ってくれないかしら? 正直、二倍、三倍時間かかるのよね」


 厨房に入ると下ごしらえを終えた使用人達に片付けに回ってもらい、自分はちゃっちゃと手際よく野菜やら魚やらを切って行く。

そこへぞろぞろと、また旦那や父親に叱られて渋々やって来た淑女達が新たに増えた。


「はぁ~ぁ、少しは学んでから来てくれないかしら」


 ラムレッダの頭痛の種が新たにまた増えるのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 名目上、この作戦の責任者は第二王子にあたるフロストである。

当然、木馬作成の原案も知っているフロストであったが一向に一台も完成しないアイにやきもきしていた。


「まだ完成はしないのか?」


 我慢出来ずに、ついにアイに尋ねたのだがアイは、首を傾げるのみ。


「あの、リーンから何も聞いていないのですか?」


 アイ自身があくまでもリーンの内助の功程度だとしか認識していなかった為か、リーンに話をすれば、自然とフロストにまで話が行くのだろうと勘違いをしていたようであった。


「アイリッシュ殿自身、ここの現場の責任者になっているのだぞ?」


 フロストから聞かされ驚くアイ。初耳もいいところで、アイの立場はリーンと同等だったのだ。


「完成は何台かしてます。けれど組み立てはギリギリまで行いません。運搬に問題があるからです」


 アイはフロストを完成した木馬一台分の部品の前に案内すると、フロストもすぐに納得する。


 フロスト自身が想像していた以上に積み重ねられた部品の山が自分の体格を大きく上回っていた為であった。


「この車輪だけで、優に私の背丈を越える程とは……。どうやら、私自身が責任者として役目を果たしていなかったようだ」


 今日この日まで作業場に姿を見せていなかった自身を恥じ、フロストはこの日から、ちょくちょくとアイの元を訪れる。


「二種類の木馬?」

「はい。リーンが考えた作戦には二つ問題点がありました。一つは強固な砦の突破です。木馬はその為に作っています。もう一つは壊した砦に道を作る為です」


 自信に満ちた顔でアイはフロストに木馬の完成図を見せる。そこには突撃用の油を積める木馬と、除雪車のようなシャベルが前方に付いた木馬の二つであった。

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