ブルクファルト攻略戦 前編

 ブルクファルト辺境伯領を攻略する為の準備が整え終わる。

王都の前では、五千に及ぶ国の精鋭と新たに徴兵されたばかりの新兵が二千ほど列を乱すこと無く並んでいた。


「それでは父上、あとはお任せを」


 第二王子であるフロストを先頭にして、計七千の兵士が王都から出陣していく様は、平和な暮らしに慣れていた貴族や王都に住まう者達に戦争の実感をしらしめた。


 五千の内二千の騎兵、そして二千の新兵は輜重隊としては異様な数ではあるが、布を被せた荷を積んだ荷車を運んでいく。先頭を行くフロストもその速度に合わせて進軍の速度を遅めていた。


「フロスト様。良いのですか? ブルクファルト辺境伯はかなりの手練れ。迅速に攻めなければ、待ち伏せに合うのでは?」


 フロストの脇を固めるのは精鋭中の精鋭。百人あまりの白面はくめんを着けた者達。その中の一人がフロスト相手に臆すること無く進言してきた。


「最もだ。だが、それも承知よ。我らは今回の戦の肝になるあの荷を辺境伯領まで運ぶのが重要な仕事。何よりあの新兵達は全員職人だからな」


 フロストの周囲にはリーンの姿もなく、アイの姿もない。二人は既に次の手へと移っていた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 フロスト率いる七千の兵は、途中ラヴイッツ公爵領に立ち寄る。そこではラヴイッツ公爵自ら鎧を纏い千の兵士と共に待ち構えていた。


「お待ちしておりました。フロスト殿下。このラヴイッツ、命を賭しても必ずやラインハルト王国の為に役に立ちましょう。それが地位と命を救ってくれたアイリッシュ・スタンバーグに報いる事になる」


 ロージーの件で帝国と蜜月な関係と疑われたラヴイッツ公爵。地位だけでなく命すらも取られかねない状況だった。

 リーンは反対したものの、アイから王様へラヴイッツ公爵に救いの手を差し伸べたのだ。

娘が犯したたった一度の誤りで、親が責任を取る事はないと。


 何もしてやれず両親を失ったアイには、親より先に逝ってしまった娘ロージーへの悲しみを背負ったラヴイッツ公爵があまりにも哀れで、追い討ちをかける事が出来なかった。


 だからこそ、リーンがブルクファルト辺境伯に大義名分があろうとも親を倒そうとすることに、まだ納得出来ずにいた。


 リーンとアイの二人は現在、ザッツバード領へと戻って来ていた。

巨大な木馬に関してある程度は、王都にいる職人に任せられるようになった為であった。


 リーンの部下であるレントン男爵がかき集めた二千の兵。寄せ集めなだけあって、その練度はブルクファルトの兵士と比べて圧倒的に弱兵だった為だ。


 辺境伯領境界線で合流すれば、王国の軍は一万にも及ぶ事となる。

しかし、長年、たった一人で帝国を抑え、力を付けてきたブルクファルトにはその倍の兵士がいる事を、当然リーンは知っている。


「リーン。ちょっと話があるのだけど」


 出陣前にアイはリーンを寝室へ呼び出し、二人きりに。


「戦争前だ。僕もさすがに高揚しているとはいえ、それは戦争に対してであって、別にアイに興奮しているだけじゃないよ」

「誰もそんな話をしたい訳じゃないわよ!」


 下着が透けて見えるほど薄手のネグリジェ姿で、アイはリーンの頭をそっと自分の胸に押し付ける。

説得力の欠片もなかった。


「アイ?」

「リーン……お願いがあるの」


 アイはリーンの耳元で囁く。しかし、アイの願いに答えリーンは首を縦に振ろうとはせず、アイの腰と背に腕を回して力強く抱きしめ返す。


「アイ。僕は君を愛している。だからこそ、許せないものがあるんだ。そして願わくば、全てが終わった時、慰めや労う言葉は要らない。『お帰り』と一言だけくれないだろうか?」


 アイの頬を一筋の涙が伝うと、アイは小さく消え入りそうな声で「わかったわ」とだけ伝え、そのまま寝室のベッドの上に誘い入れた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 翌日、リーンはフロストと合流するために出立する。見送りにアイの姿はなく、隣にいたレントン男爵は心配そうにリーンの横顔を眺める。


 その横顔は齢十二になったばかりの子供だと忘れるくらいに、とても凛々しく、雄々しい姿。一点、ブルクファルト辺境伯領の方角を見つめるエメラルドグリーンの瞳は力強い光を放っているように思えた。


「心配はするだけ無駄なようだ」


 レントン男爵は軽く微笑みを見せた。


「よし、出陣!!」


 リーンの合図でレントン男爵は背後の兵に銅鑼を鳴らすように指示を飛ばした。


 銅鑼の音は、リーンとアイの家の二階の寝室まで聞こえて来て、窓からアイは顔を出す。リーンが振り返ること無く真っ直ぐにブルクファルト辺境伯領に向かう姿をアイは少しだけ淋しげに見送っていた。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



「ゼロンよ、本当に来たな。リーンのやつめ……」


 屋敷の奥で深々と椅子に座ったリーンの父ブルクファルト辺境伯は、落ち着き払っていた。

その傍らには、ゼロンの姿もある。


「はい。そこで辺境伯様。奥方を避難させないので?」

「ふっ! バカな。万が一もリーンがこの屋敷まで辿り着くことなどないわ! それよりも帝国から援軍は向かっているのだろうな?」

「それは滞りなく」


 ゼロンは内心焦りを見せていた。今回でさりげなく二度目のリーンの母親を避難させる進言は、また却下されてしまった。

ユノ商会のジェシカとは連絡が取れてはいたが、いまだに安全な場所へ避難させる事が叶わなかった。


(辺境伯様は負けるつもりは毛頭無さそうだ。こうなればギリギリ攻められてしまった所で、助け出さねば)


 帝国側の門はジェシカの助力もあり、火を放ち塞ぐ準備は出来た。

あとは、リーンに任せるしかゼロンにはなす術がなかった。

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