リーンの為に出来ること

 リーンの辺境伯討伐は内密に進められており、かなりの時間を要して準備されてきていた。


 その全容は驚くべき事にリーンが僅か八歳の頃から始まっていたと言う。


「僕が異変に気付いたのは、帝国がブルクファルト領に攻めて来たのを初めて見た時だ。当時、何故帝国が攻めて来たのか分からなかったのだけれども、本気度が感じられなかった。攻めては退き、退いては攻めるを繰り返す。結果、父は防衛費と称してラインハルト王国本土から多額の金銭を受け取っていたんだ。そして、それらは帝国に流れていた。彼らが攻めては退くを繰り返すのは、逃げ出した時にわざと落とす帝国製の武具を拾わせる為なのさ。帝国製の武具は優秀だからね」


 アイは我が耳を疑う。幾度となく、アイ本人も帝国が裏で手を引いてるような場面に遭遇している。

今回のスタンバーグ領の事件も同様だ。

帝国とブルクファルト辺境伯が繋がっているならば、今回のことも、両親が亡くなったことも無関係とは思えない。


「アイには辛い想いをさせたと思っている。確かな証拠が出ない為にしばらく放置させた結果がこれだ。謝っても許されないと思っている」


 自分に向けて深々と頭を下げてくるリーン。アイは首を横に振り頭を上げさせて「許すわ」とだけ伝えた。

本当は実の父を討たなくてはならないリーンも辛いはずだとアイは理解していた。


「アイリッシュ本人への誘拐や殺害未遂なども帝国が関与している。ラヴイッツ公爵の娘ロージーの裏で手を引いていたのがブルクファルト辺境伯だ。そして遂に辺境伯が動き出す。その前に迎え撃つつもりなのだよ」


 玉座から降りてきた王様がアイにそう伝えると手を二回叩く。

扉が開かれて入って来たのは、第二王子であるフロストだった。


「国からは助力としてフロストを向かわせるつもりだ。兵も策も準備が出来ている。しかし、アイリッシュを呼んだのはその事を伝える為だけではないのだよ」


 フロストは小さなキャビネットの上に地図を広げて見せた。

それはラインハルト王国側からブルクファルト領近辺の地図だと文字から見て取れた。


「父を破るには、ラインハルト側の砦を攻略しなければならないのだけれども、幾つか問題があるんだ。堅固な上に地形も厄介なんだ。攻めるには砦の前の丘を登らなければならないのだけど、そうなると此方の動きが丸見えになってしまう。その為にアイの発想力を借りたいんだ」

「もしかして武器を開発しろと? そんなのは無理よ! 考えたこともないもの!」

「僕たちだけでは、常識の範囲内しか思い付かない。別に武器をとは言わないが、何か手はないかとアイの突飛な発想が欲しいんだ」


 攻略する砦のことは、何度かアイ本人も通っており理解している。リーンの言うように、その手前が丘になっていて、ブルクファルト領に入るにはそこを通る必要がある。


 リーンから砦の詳細を聞くと本当に厄介で、木組みで作られた砦本体に石垣が取り付けられているのだが、昇れないように上に行くほど反り出しているという。


 頭の中で、幾つもの案を思い浮かべては消すの作業の繰り返し。転生前の記憶も引っ張るも、もっと歴史を勉強していればと後悔していた。


 手っ取り早いのは砦を壊すこと。しかし、丘の上から岩を転がしたところでゴツゴツした岩が真っ直ぐ丘を下っていくとは思えない。


(木組みなら火が弱点でもあるわ。でも丘を兵が下りても砦からは丸見え……多数の犠牲者が出そう。何とかして火だけ丘を下りることは出来ないかしら……)


 アイは何とかリーンの為にと考えながら、リーンの顔を見つめていた。

しかし、顔ばかり見ても思い浮かぶのは、いつものリーンの変態的な姿。


 縄で吊るされた姿や、望遠鏡で着替えを覗かれた時や、最近では三角木馬のことも。


(……そう言えば、木馬と言えば昔何か戦争に使われたとか聞いた事が)


 トロイの木馬、もしくはトロイアの木馬と呼ばれる物の事である。アイにはどのように使われたのかは知らなかったようだが、同時に木馬で思い出した幼き頃に、よく遊んだ車輪付きの木馬のオモチャが目に浮かぶ。


「少し時間が掛かりそうだけど、もしかしたら上手く行くかも」


 アイが王様、フロスト、そしてリーンの三人に話をすると、王様は外で待機していた兵士を呼び寄せ、多くの職人を集めろと命を下した。


「砦攻略は上手く行くかもしれない。それと、もう一つ。母の事だ。父の行動をある程度知っているようだから同罪とは思えるけど、やはり僕は母を救いたい。その為に配下を潜り込ませているのだけど、出来れば連絡を密に取りたいなだが」

「あら、それならジェシーがそろそろ帝国から戻る頃だから彼女に頼んでみたら?」


 商人である彼女なら怪しまれることなく、砦の内外への移動も、戦争状態という緊迫した時でもなければ、容易い。


「ああ、それならば! そうそう、一応教えておくけど、僕の配下ってのはゼロンの事だから」

「ゼロンって私が拐われたときにリーンの側にいた? でも、彼って辺境伯がリーンに付けた部下って言ってなかったかしら?」


 リーンはクスッと笑ってみせると、ゼロンの正体を教える。それは辺境伯の部下というのは表向きで、実際はリーンの忠実な部下のようだった。

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