リーンの決断

 アイとリーンの二人は謁見する為にスタンバーグ領を馬車で出発する。今回、ゼファリーとラムレッダの二人は留守番である。

 昨夜、ゼファリーが二人きりの場を邪魔した、その罰であった。


 アイはスタンバーグ領を出た辺りで不意に不安そうな顔をする。


「どうかしたのかい?」

「いえ……昔を思い出してしまって……」


 アイにとっては、かなり怖い出来事であった。仲の良かった御者が殺され、拐われ、危うく汚されそうになった。

リーンは、察したのかアイの手をそっと握る。


「大丈夫。百回同じ事があっても僕は百回君を助けるから」


 アイは握られた手を強く握り返してリーンの肩に頭を乗せると、握られた手はどちらからともなく、指を絡ませていた。


「アイ……」

「リーン……」


 馬車を操る御者は、気まずくなり気配を殺して見て見ぬフリをする。

王都までの道中の殆んどを、二人がその手を離す事は無かった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 王都に到着すると、華やかな街並みには目もくれず二人は真っ直ぐ王城へと馬車を向かわせた。

アイは、一度王様とは面識があるものの、城に近づくにつれて、高級店に初めて入るような緊張感に襲われる。


「アイ、大丈夫。堂々としていたらいい」


 リーンはアイの緊張を解すように肩を抱き寄せる。今まで社交界には無縁であったアイ。他の貴族達もアイに興味を抱いているのは本人も分かっており、リーンの婚約者として恥をかかさないか不安からであった。


 城の中庭に到着するとリーンは先に降りてアイの手を取る。今回、リーンの婚約者の御披露目も兼ねており他の貴族達も当然中庭に注目が集まり始める。


 馬車の中にいてもその視線は感じており、アイは恐る恐る一歩を踏み出す。


 姿を現したアイに視線が更に集まり表情が固く強ばる。ひそひそと周囲が話す中には、嘲笑も混じっており、完全に畏縮してしまったアイは顔を伏せ、前を見れずにいた。


 突然、周囲の嘲笑が止み、ざわざわと騒がしくなる。何事かと感じたアイはゆっくりと顔を上げると目の前に此方へ近づく四十歳ほどの男性が。

片手に瓶を持ち、千鳥足でふらふらと歩く、その男性の顔はとても赤くなっていた。


「あんたがアイリッシュ・スタンバーグ?」


 アイがコクりと頷くなり、男はアイの背中をバシバシと叩き始める。


「いやぁ! 会えて光栄だよ! あんただろう? ブドウ酒を発明したってのは! いやぁあれは旨い!! 旨いねぇ。この中には、ブドウ酒を楽しむ者もいるのだろうが、何せ、この女性が居なくては生まれなかった酒なんだよな! 感謝すれど、嘲笑うのはおかしな話だと思うがね!」


 男はわざとらしく仰々しく手を広げ辺りに大声で訴えた。


「しかも利権を放棄して皆が楽しめるようにしたと言うではないか! いやぁ、素晴らしい女性だ!! な、リーン殿」

「恐縮です。フロスト第二王子」

 

 リーンが畏まりながら礼を述べアイは男の正体を知り驚いた。

 さらさらの金髪に青いサファイアのような瞳、唇と鼻の間には整えられた口髭が。酔っ払いでなければ、かなり凛々しい姿なのだろう。酒に酔い赤くなった顔が全てを台無しにしていた。


「ささ、どうぞ。お二人とも。父上がお待ちだ」


 フロストに導かれリーンとアイは並んで城内へと入っていく。


 城内でもアイを好奇な目で見る視線は減らないが、フロストの存在によりうざ絡みをしてくるような輩は現れる事は無かった。


「ここからはお二人だけで」


 城の最上階、背の二倍はゆうにある朱色と白の荘厳な扉の前でアイは大きく深呼吸をする。


 二人の兵士が観音開きの扉を開くと、中には既に王様が玉座に座り待ち構えていた。

失礼がないように慎重に謁見に向かうアイは、赤い起毛の絨毯の上を歩いて行くが、まるで雲の上にいるかのように足元が覚束ない。


「よく来たな、リーン。そして、久しぶりだな、アイリッシュ」

「お招き感謝致します」


 アイは自分が覚えている最大限の礼を尽くす。リーンはというと、慣れたもので手短に挨拶を済ませると、隣の畏まるアイを見て笑いを堪えていた。


「ふふ。そう笑ってやるな、リーン」


 王様が目配せで周囲の兵士に合図を送ると、兵士や召し使いなど全てが退席してアイとリーンと王様だけになる。

玉座から降りて行き、アイの傍にやって来た王様はアイの手を取り頭を下げた。


「王様!?」


 突然の事に戸惑うのも無理は無かったが、王様はアイに非礼を詫びた。


「話は聞いている。公爵の令嬢の件など随分と怖い目に遭わせてしまったようだ。済まない」

「い、いえ。王様、あれは私の不徳のするところ。私がもっとロージーの真意に気づいていれば」

「それだけではない。これは王である私が情けないからだ。そして、今度はリーンにも……」


 リーンは周囲を確認して誰か聞き耳を立てていないかを確認すると、アイに今回の本当の目的を告げる。


「王様、それは僕から……。アイ、僕は今度王命を受けて出兵するんだ。行き先はブルクファルト辺境伯領!!」

「お義父様の所!? まさか!?」

「ああ、僕はこのラインハルト王国のために、父を討つ!!」


 アイにとってそれはあまりにも意外な事であり、まだ信じる事が出来ずにいた。 

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