ロージーの企み
アイとラムレッダは馬車を走らせまっしぐらにラヴイッツ公爵領へと向かう。
何としても公爵に会い、レヴィがまだスタンバーグ家の当主ではないことを伝えなければならなかった。
アイの両親がラヴイッツ公爵領の境で殺されたことから、巻き込まれないように公爵は黙りを決め込んでいる。
レヴィが当主でないのなら、これは国を揺るがす事件へと代わり、公爵経由で国が動いてくれるとアイは踏んでいた。
ラヴイッツ公爵領への境を越えると馬車の速度が緩む。この近くで両親が殺された為、アイのための御者からの配慮であった。
車窓から景色を一瞥したアイは前を向き御者に速度を上げるように促す。
御者の意に感謝して、アイは心苦しさをグッと堪えた。
ラムレッダはアイの隣に移動して、震えるアイの手を握り、慰めるのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
馬車は走り続け、翌日の昼前にはラヴイッツ邸のある街へと入ることが出来た。
速度を緩め、軽快な走りごこちに変わり、すぐにラヴイッツ邸へと進んでいく。
今頃、先に出した早馬から手紙を受け取ったロージーが待ってくれているだろうと、アイは思っていた。
ところが邸宅前に到着すると、そこには一頭の馬と見覚えのある男が。
「ああ、追い付いてしまったのね」
馬車を止めアイは降りると遣いに出した男に話しかける。
「へぇ……いえ、実は……」
男は昨夜に邸宅前に到着しており、何とかお願いして手紙を邸宅の使用人に渡したのだが、それから返事はなしのつぶてだという。
「もう、お昼前よね? ロージーも起きていていい頃だとは思うけど」
アイは見張りに返事は無いのかと尋ねてみる。槍を携えた見張りは言葉が通じないのかと怒りたくなるくらいに横柄な態度で気の無い返事をアイに返した。
「埒が明かないわ。申し訳ないけど、もう一度ロージーに伝えてもらえる? アイリッシュ・スタンバーグが来たと」
「はあぁ……」
溜め息にも似た返事で見張りは持ち場を離れ建物の中に入っていくのを格子の外から確認した。
それから刻々と時間だけが流れ、アイの苛立ちは増していく。弟の命が懸かっているのだから当然であろうが、アイにはロージーの意図が汲み取れずにいた。
建物からようやく一人戻ってくるが、アイ達に見向きもしないで見張りの定位置につき、立つだけ。
「ちょっと!! ロージーは何て言っていたのよ!?」
語尾を強め声を荒げるも相手は首を傾げるばかり。よく顔を確かめると最初に向かわせた見張りではない。
明らかにからかわれている。
アイは怒りを越えて焦り始める。あまりにも時間が足りないと。
門の格子を掴み、アイは声が枯れるまでロージーとラヴイッツ公爵の名を呼び続けた。
さすがにこれは行き過ぎた行為で、見張りも黙ったままではいられずに門からアイを引き離しにかかる。
しかし、切羽詰まったアイと、相手は女性だと舐めてかかる見張りとでは真剣さが違い、中々引き離せずにいた。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
その頃、邸内ではラヴイッツ公爵が慌てて廊下を走る使用人を捕まえる。
「何事だ!」
使用人は、突然ラヴイッツ公爵に捕まってしまい、戸惑う。門から連絡を受け、手伝いに向かうつもりであった。
「何事だと聞いている!」
黙ったまま俯く使用人を公爵は威圧する。困り果てる使用人は、ロージーから強く口止めされていた。
しかし、相手はここの主であり、雇い主でもある公爵。話さない訳にはいかず、申し訳なさそうにアイが来ている事を公爵に伝えた。
公爵は廊下の窓から門を見下ろすと、確かに人が騒ぎ集まりだしている。しかし、ここからはアイの姿は埋もれて見えなかった。
「ふむ……良い、連れて来なさい」
「よ、よろしいのですか? その……ロージー様が無視をしろと」
「ロージーが? ……勝手なことを。構わないから連れて来なさい。それと、ロージーを我の部屋に」
ラヴイッツ公爵は、アイを待つ間、ロージーを部屋に招き入れた。
「アイリッシュから手紙が来たそうだね。見せてみなさい」
ロージーは、懐から一通の手紙を取り出し公爵へ手渡す。しかし、ロージーは一向に悪びれる様子はない。
「ふむ。やはり弟のことか。それで、ロージー。我に言うことはあるか?」
「何も。ロージーは、公爵家の娘。家を揺るがす事態を避ける為に無視をするように指示しただけですわ」
「お前と、アイリッシュは友達ではないのか?」
「ロージーが? お父様もロージーがそんな安っぽい女ではないことはご存知なのでは?」
ロージーは垂れ目がちな目を吊り上げ本性を顕す。
「全く……お前は、本当に母親に似てきたな。その性格も。いいか、今からアイリッシュが来る。口出しは無用だぞ?」
部屋の扉の外から声がかかり、返事を返すと扉が開かれ入り口にはアイとラムレッダが並んで立っていた。
ロージーはアイと目が合うとプイッとそっぽ向くのであった。
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