ロージーの暗殺①
「公爵様、ご無沙汰しております。それで、早速なのですが……」
アイはラヴイッツ公爵の前で
「……言いたいことはわかる。ロージーには後で儂から言っておこう。それと、弟のことだな。残念だが国が不介入を決めた以上、儂としても動けぬ」
体よく断られるのは承知の上であった。国の不介入とは言うが、要は公爵の方へ刃先が向くのを避けたかっただけである。
「公爵様、こちらをご覧頂きたい」
それは、レヴィのサインが入った告訴状。公爵はアイから受け取り、一言一句間違いないか確かめるも、おかしな点は見当たらなかった。
「これが?」
「はい。実は弟レヴィは、父から伯爵家を受け継いでおりません」
公爵はアイから話を聞き、もう一度告訴状を確かめる。これだけで、公爵はアイの言いたい事の九割がた理解した。
「なるほど、この告訴状は無効になる。しかし、動き出した戦争を止めるには時間が無いな。一応、儂の方でも動いてやらんでもない」
それでもアイは安堵する訳にはいかなかった。ただで、公爵が動く訳もなく。
何か公爵にメリットとなる物を差し出さなければならない。もし、これが解決すれば、スタンバーグ領は丸々空白になる。レヴィからアイへと代表として交代するだろう。しかし、土地は元々国のものだし、何より痩せ細った土地である。
公爵に、メリットなど皆無であった。
「解決すれば、この身をご随意に」
「アイ様!?」
「ほう、その身を儂に差し出すと言うのか」
ラムレッダが止めるのも聞かず、アイは頷く。
「しかし、リーン殿と事を違えるのは困るからのぉ」
「ご心配には。恐らく今回の事が終われば、きっと私とリーンの婚約は解消されると……」
態度は乗り気ではない公爵であったが、アイの姿を下から舐めるように確認しているのをアイもラムレッダも気づいていた。
(ふむ、年はそこそこだが、恐らく初物か。儂好みの女に仕立てるのも悪くないな)
「良かろう。儂自ら国王に話を通してやろう。誰か、馬車を用意いたせ!」
「では、私はこれで。他にもやることが、何より少しでも時間を稼がねばなりません」
アイは一礼して出ていくが、結局ロージーは、一言も発することなく、そっぽを向いたままであった。
父もアイ達も居なくなった部屋でロージーは、ギリッと歯軋りをたてる。
(リーン様を裏切ってまで、お父様に取り入るとは。……あの女!)
ロージーは、決断すると自室へと向かう。自室に戻ったロージーは、部下に対して躊躇うことなく、アイを殺せと命じる。
「いいか。お前達は手を出さないよう。仕事は、ロージーにくれた、あの方の部下にやらせなさい。決して誰にもバレないよう、万一の事があれば、あの方の部下共々……いい?」
「はっ!」
部下が出ていくとロージーは窓からアイ達の帰る姿を見てほくそ笑む。
「さようなら、アイ様。もう会うことはないですわね」
ロージーは部下からの朗報を楽しみにしながら、ロッキングチェアに腰を降ろすのであった。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
アイはすぐに馬車を用意させ、帰宅の準備に取りかかる。その間、何度もラムレッダからどうしてあんな取り引きを持ち出したのか、責められるも、アイは黙りを決め込んでいた。
この時、アイは自暴自棄になっていた。そばにいたラムレッダどころか、本人さえも気づかずに。
それほど、アイはリーンに裏切られたショックが大きかった。自分が一体どれだけリーンを愛していたのか、計り知れずに。
出立した馬車の中でも、アイは一言も喋らず窓の外を見ていた。せめて見守ろうと決めたラムレッダは、アイと対面した状態で同じように外の景色を眺める。
ラムレッダは馬車の背後の景色を眺めていたのだが、周囲を警備してくれている者達の乗った馬とは、別の馬がついて来ていることに気づく。
「アイ様!」
「なぁに、ラム。私は今考え事を……」
「いえ、気のせいかも知れませんがずっと追いかけて来ているような馬が……」
ラムレッダの言葉にアイはラムレッダの隣へ移動して背後の景色を見て確かめると、言葉通りに数頭の馬が付かず離れずの距離を保っているように思えた。
アイは御者に向かってノックをする。
「どうかしたんですかい?」
「急いで! 誰かつけて来ている!」
馬車の速度が上がると追いかけてくる馬の速度も上がる。ついてきている事に確信したアイは、窓を開き警備で並走している男にこの事を伝えた。
隊列を崩さないよう、皆が一斉に速度を上げると、みるみる相手を引き離す。しかし、安心したのも束の間、馬車は急停止してしまった。
「どうしたの!?」
「お、お嬢様……ま、前に……」
窓から顔を出したアイは顔を青ざめる。三十騎ほどの馬が馬車の進行を妨げていた。
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