アイ、動きます!

 ラヴイッツ公爵の娘であるロージーへ手紙を書き終えたアイは、すぐに早馬を用意して手紙を持たせた。


「ここで、返事を待っている時間は無いわ。すぐに私も出発します!」


 わずかに光明が見え、寝室から勢い良く出てきたアイはリムルに準備をするように指示を出す。


「アイ様、私もついていきます!」


 ラムレッダもいてもたってもいられずに志願すると、自分の準備を行う為に、仮住まいの部屋へと戻って行った。


「ゼファー、あなたはどうするの?」

「俺はやることがあるので、残ります。ただ、お嬢様達だけで向かわせる訳にはいかないので、足しになるかわかりませんが、幾人か選抜して護衛をつける用意をしてきます」

「護衛? 大丈夫よ、私達だけで」


 ゼファリーは、アイに詰め寄り目と鼻の先まで顔を近づけ「駄目です!」と声を荒らげた。


「忘れたのですか? お嬢様は一度、公爵領で命を狙われているのですよ!? 護衛は絶対つけます!」

「わかった、わかったわよ! 近い! 近いって!!」


 無自覚に興奮していたようで、ゼファリーは身なりを整え一度咳払いをして誤魔化す。


「お嬢様」

「ん? 何よ?」


 神妙の顔つきに変わったゼファリーは、服装を正し、銀縁眼鏡を上げるとアイの前で片膝をつく。


「ゼファー?」

「俺もラムレッダもお嬢様のお味方です。それは何があろうとも変わりません。決して一人ではないことを覚えておいてください」


 アイは落ち込んでいた自分の姿を思い返すと思わず自嘲する。片膝をついたゼファリーを立たせると、両手を包むように握りしめ、「ありがとう」と目尻に涙を浮かべた。


 準備が出来たとの知らせが来るとアイとラムレッダは、急ぎ馬車へと向かう。途中、リーンの書斎の前でアイは立ち止まるも、声をかけることなく家を出るのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 手紙を持った早馬を先行させ、アイとラムレッダは馬車に乗り込むと、ゼファリーや職人達に見送られ出発する。


 その様子を書斎の窓際に立ち、リーンも眺めており、ふぅ、と小さく息を吐く。


「何かキッカケが見つかったのか……。出かける挨拶も無かったし、これは、完全に嫌われてしまったかな」


 リーンは書斎に置かれた革製の椅子に腰を降ろすと、デスクの上で肘をつきながら、溜め息を吐く。わかっていたこととはいえ、アイに嫌われてこれ程自分が傷つくとはリーン本人も思ってはいなかった。


(隠れ家の用意は出来た。あとはいかに父上を納得させれるか……)


 リーンはリーンで一人で動く。ただ、アイとはやり方が違っているだけで、目的は同じだとは、アイも思っていなかった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 馬車は限界ギリギリまでの速度で公爵領へと向かっていた。二頭の馬は、御者の手綱に応えるように脚を忙しなく動かす。


「アイ様。ロージー様、いえラヴイッツ公爵様は力を貸してくれるでしょうか?」

「わからないわ。でも、やれることは全部やりたいの。もう、家族を失いたくないのよ」

「レヴィ様も、レヴィ様です。もっとアイ様の御心を理解されてればいいのに。自分が当主じゃないことは本人が一番理解されてるはずなのに」


 アイは覚悟を決めていた。どんな形であれ、辺境伯に喧嘩を売ってしまった以上、責任はレヴィにある。

だからこそ、より大きな戦争という最悪のシナリオが起きてしまえば、助命を嘆願しても無意味になる。


 アイはどうしても戦争を回避したかった。


(本当よ……。自分が当主じゃないことくらい、一番自分が知って──えっ!?)


 アイは違和感を感じた。何かがおかしい。弟が両親を殺すことから始まった一連が。そのキッカケ自体がおかしいと。


(そうよ。もし、殺す指示を出したのが自分だとバレたら、当主になれないじゃない。それに、ラムが言った言葉……当主じゃないことは本人が一番理解している。そうよ、そもそもそこがおかしい!)


 当主の交代には、特に伯爵以上ともなると、国からの許可もいる。辺境伯を訴えた告訴状、当主名が違うことを国が気づかないはずもなく、それ自体受理されるとは到底思えず、突き返されるのがオチだ。


 公爵への説得の切り札を見つけたかもしれないとアイは希望を抱いた。


「ラム、ありがとう。あなたのお陰で一つの可能性が出てきたわ。そう、レヴィが全てを知らないという可能性が……」


(そう。レヴィに、自分が当主であると吹き込んだ人物がいる可能性が)


 急がせる馬車の中から外を眺めたアイは、ふとリーンがこの事実を知っているのかが、気になりリーンの顔を思い浮かべていた。


 

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