たとえ裏切ったとしても

 心労がたたって気を失ってしまったアイは、邸宅まで運ばれて寝室のベッドで横になっていた。


 ラムレッダやリムルが付き添うも、リーンの姿はそこにはない。当然、アイが倒れた事を知らせたが、気のない返事だけで様子を見に来ることもなかった。


 寝室の扉がノックされ、リーンかと思い勢いよくリムルが開けるが、扉の前に立っていたのはゼファリーであった。


「お嬢様の様子は?」

「まだお目覚めには……ねえ、ゼファリー。リーン様はやっぱり……」

「忙しいから来れないそうだ……」

「そんな……」


 ラムレッダは顔を手で覆うと、さめざめと泣き始めた。


「アイ様が余りにも不憫です……ゼファリー、何とかならないの……」

「……今は俺からは、なんとも。ラムレッダ、お嬢様のそばに居てやってくれ」


 ゼファリーは一度眠るアイの顔を伺うと部屋を出ていく。その足で向かったのは、リーンの書斎であった。


「失礼します」


 書斎の扉をノックして、中から返事が返ってくると書斎に入ったゼファリーはリーンと対面する。


「また君か……。言っておくけど僕は忙しい、それほど時間は取れないぞ」

「いえ、二つほどお知らせしておかなければならないことが。一つは俺の実家であるバルバス男爵家、それと妻の実家であるスカーレット子爵家は、表向きはレヴィ様に、しかし、いざ戦争となればリーン様につくそうです」


 バルバス男爵、そしてスカーレット子爵。両家は、軍らしい軍を持たないスタンバーグ伯爵家において、貴重な戦力とも言え、それらがリーンにつくとなると、丸裸同然を意味していた。


「そうか……。しかし、これで勝敗は決したようなものだな。はは……ますますアイには嫌われるか……」


 苦笑いを浮かべたリーンに対してゼファリーは不敵な笑みを見せる。


「何故、笑う?」


 リーンはカチンときて、声のトーンを一つ落とすが、ゼファリーの表情は変わることはない。


「先ほど言ったお知らせのもう一つですが……リーン様は、まだまだお嬢様の事を分かっていないご様子」

「なにっ?」

「今はショックで寝込んでいますが、起きたら動きますよ、お嬢様は。それと、お嬢様の執着心をあまり舐めない方がいい。たとえ裏切られたと思っていても、お嬢様はとことん好きなモノに関してしつこいですから。因みに俺も諦めていませんから」


 ゼファリーはそれだけ言うと満足そうに書斎を出ていく。そして、また再びアイの眠る寝室へと戻るのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 アイが目覚めたのは、結局その日の夜中であった。寝室には付き添うラムレッダと先程まで忙しなく出入りしていたゼファリーが。

リーンは寝室には戻って来ておらず、書斎に泊まるつもりなのであろう。


「気分はどうですか、アイ様」

「はぁ~、最悪。まだ頭がズキズキする……」


 アイはラムレッダに渡された水の入ったコップに口をつける。よく冷えた水が喉を通っていき、小さな吐息を漏らした。


「では、反撃は明日からで宜しいのですね?」

「反撃? ゼファーは何を言って……! もしかして、何か手があるの!?」


 ゼファリーは一枚の紙切れをアイに手渡す。枕元に置かれた魔晶ランプを手元に持って来て、紙切れを眺める。

それは、以前アイも見たスタンバーグ家からブルクファルト辺境伯に対する告訴状。


「これが、何?」

「スタンバーグ家のサインを見てください」

「レヴィの名前があるわね。筆跡の癖もレヴィのものだわ」


 きっちりとスタンバーグ家当主としてサインが書かれており、アイが見てもおかしな箇所は見当たらなかった。


「どこかおかしなところでもあるのかしら?」

「では、ヒントを。現在のスタンバーグ家の当主の名前は?」

「何を言っているのよ、ゼファー。そんなのレヴィ……あっ!! そ、そうよ! だとしたら、この告訴状自体無効じゃない!」


 現在スタンバーグ領を取り仕切るのはアイの弟のレヴィ。それは、間違いではない。以前はアイが取り仕切っていたし、それを受け継ぐ形で。


「そうよ、どうして気づかなかったのよ! 当主は今もお父様だわ! そして、レヴィは正式に伯爵の称号を継いでいない!!」


 政治的手腕のなかった父親に代わり、財政の立て直しなどでアイが取り仕切る形を取っていたが、レヴィはそれを受け継いだだけ。

自然とこのままいけば受け継ぐものだから、誰もが気に止めていなかった。


「これをすぐにリーンに……。いや、ダメね。無効とはいえ、辺境伯に喧嘩を売った形だもの」

「そこでお嬢様にお聞きします。誰か知り合いに国の介入を頼める人はいませんか? 流石に『この告訴は無効だ』と国に介入されれば、戦争は回避出来ます」


 一人だけ。本人とは親しい訳ではないが、その娘はアイによくしてくれる。


「ラヴイッツ公爵にお願いすれば……!」


 早速と、アイはラヴイッツ公爵の娘のロージーに向けて面会出来ないかと、手紙を書き始めた。

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