番外編 バレンタイン

 とある日、アイは工房にある自室の窓から、女性が職人の男性に対して、手編みの防寒着をプレゼントしているところを目撃した。


 お互い照れながら、初々しい二人を見ていると、アイの脳裏にデジャヴみたいなものが思い浮かぶ。


 まだ、アイが転生してくる前、学生だった頃の甘い記憶。


 ただし、甘いのは自分ではなく、今と同じように他人の告白現場を教室の窓から眺めていた。


(そういや、バレンタインなんてイベントあったわね……)


 当時と同じことを思いながら、アイは窓の外の二人をジーッと見つめる。


「お、親方!?」


 職人の男性は見られていることに気付き、声を上げると女性の方が恥ずかしくなり、逃げていってしまった。

気まずい中、女性が自分の邸宅で働く使用人と同じ制服であったため、取り繕ってやろうと思うのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 その夜、アイはベッドに寝転びながら天井を見上げる。


(バレンタイン自身はともかく、何か贈るのはいいわね)


 隣で寝息を立てているリーンを横目で見ながら、計画を立てるのであった。


 翌朝、アイが目覚めると隣で自分の寝顔を見ていたリーンと目が合う。

二人は自然と顔を近づけ唇を交わす。


(結局、チョコレートに決めたのはいいけど、この世界にあるのかしら?)


「リーン、チョコレートって知ってる?」

「なんだい、それは? 新しい発明かい?」


 富豪でもあり、帝国の国境沿いの領地出身のリーンがチョコレートを知らないと言うならば、無いのかもと今度は似たような物を模索する。


「甘くてほろ苦くて、口どけの良い甘味? ゼリーじゃないのかい?」

「ゼリーは苦くないでしょ、別に」

「そうかい? ウチで出たのはちょっと苦かったから、ゼリーは苦手なんだ」


 結局、似たような物も見つからず、蛇の道は蛇と邸宅で雇う料理人達の元へ向かう。


「チョコレート……ですか? 聞いたことありませんね」

「それじゃ、甘くてほろ苦いものは無い?」


 料理人達は、一斉に顔を見合せ「それならタワの実ですね」と青リンゴにも似た果実を持ってくる。アイに試食させる為、皮を剥くと中からは白く柔らかい果実が現れた。

一口食べると、なるほど苦みが若干強いが甘みもあり口どけもまろやかである。


(これに砂糖を加えて甘味を足せば、似たものが出来るかも)


 アイは調理場の一角を借りることにした。


 皮を剥き鍋に直接果実を放り込み火をかける。甘みを足すべく砂糖をドバドバと放り込んだ。


「アイ様、こんなところに居た──」


 調理場に、ひょっこりと顔を覗かせたラムレッダが顔を青ざめ慌てて入ってくる。


「あ、あ、あ、アイ様! アイ様が料理を!?」

「何よ、ラム。私も料理くらい──」

「お願いです! すぐに止めてください!」


 ラムレッダは鍋の前からアイを引き離そうとするが、頑として聞かず、心配なら側で見ておけばいいと料理人の提案を仕方なしに飲むことに。


「うーん、色味がやっぱり真っ白ね……ちょっと火を見てて、ラム」


 そう言うとアイは小走りに調理場を出ていく。放っておけば、砂糖が焦げそうでラムはヘラで鍋の中をかき混ぜていると、再びアイが戻ってくる。


「絵師から赤茶色の塗料を貰って来たわ、これで色味を……」

「アイ様! 何するつもりなんですか!」

「何って、色味が違うから塗料を……」

「それならせめて食べれる物でお願いします!!」


 今度はアイを鍋に近づけさせないようにラムレッダは料理人と協力して邪魔をする。


「もう! わかったわよ。じゃあ、赤茶色に出来る材料ちょうだい」


 アイの料理の腕を知った料理人達協力のもと、これ以上アイにおかしな事をさせまいとラムレッダは付きっきりで見張るのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 数分後、料理人がくれた材料により、色味はチョコレートへと近づく。しかし、鍋の中身はシャバシャバの液体のままであった。


「これ、冷やしたら固まるかしら? ラムレッダ?」

「うーん、アイ様、これは固まらないと思いますよ?」

「寒天を入れて固めてみますか?」

「そうね、やってみましょう」


 流石に固まらなければ意味がないと料理人のアドバイスの元、寒天を鍋へと放り込む。徐々にだが、固まりそうな気配を感じとりアイは鍋から容器へと移し荒熱を摂ったあと、地下の冷蔵室へとしばらく置いておくことに。


 三時間ほどして取り出したアイは、容器から皿に移して遂に完成させた。


「……どうみてもゼリーよね?」

「ゼリーですね」

「寒天入れましたからね……」


 皿の上でプルンと揺れる赤茶けたゼリーが完成したのであった。


 リーンをリビングに呼び椅子に座らせると目の前に完成したばかりのゼリーを置く。


「アイ……僕、ゼリーが苦手だって言わなかったっけ?」


 しかしアイは自信満々の笑みでリーンの隣に座ると「召し上がれ」と強要してくる。

仕方ないとリーンがスプーンを手に取ると、アイはこれがバレンタインのチョコレート代わりだと思い出して、その手を止めた。


「アイ?」

「忘れていたわ、美味しくなる魔法の呪文を」


 そんなものがあるのかとリーンだけでなく、周りで見守るラムレッダやメイド達も驚き、胸踊らせる。


「ふふ、リーン……愛してるわ」


 アイからの告白。リーンは顔を真っ赤にしながらも誤魔化すようにゼリーへと向き合い、一口口に入れた。

不思議と苦みは全く感じず、苦手意識もなくなる。


「美味しいよ、アイ。ありがとう」


 アイはリーンを愛おしそうに目を細めて見つめるのみ。バレンタイン特有の甘い雰囲気を作り出すことにも成功したアイであった。


 この後、見守っていたメイド達から話は伝わり、この日は好きな男性にゼリーを作って贈る日なのだと、広まるのであった。

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