疑惑

 リーンは馬から降り、アイの前にひざまずくと手首の縄を外してやる。縄が解かれ安心したのかアイは、我慢していたものが溢れ出して思わずリーンに抱きついた。


「遅れてごめん、怖かったろ」

「こ、怖かった……怖かったよおおっ! うわああああぁん」


 アイは肩と声を震わせながら、大きな声で子供のように泣き出す。リーンは優しくアイの背中を叩いて慰めてやった。


 リーンは片手をアイの頬にあて指で流れる涙を拭ってやる。自然と互いに見つみ合う。今、アイにはリーンがさぞ凛々しく映っているのだろう。見惚れているかのような眼差しをリーンへと向けていた。


「はいはい。リーン様、賊は処分し終えましたよ。いつまでもアイリッシュ様をそんな格好のままにさせておくのですか?」


 急かすようにゼロンが手を叩いて雰囲気をぶち壊し、アイも今の自分を改めて見ると恥ずかしくなり、胸元を腕で隠してリーンから離れた。


「ゼロン……君はもう少し空気を読め」

「ははは、わざとですよ。私の役目はリーン様の警護・・。アイリッシュ様は、婚約する相手ですが、まだ婚約者ではありません。ですからリーン様を惑わすアイリッシュ様から守ったまでです」

「ちょっと。惑わすって……人を悪女みたいに言わないでよ」


 アイは自ら涙を拭い、ゼロンに対してキッと睨み付ける。しかし、ゼロンは何処吹く風と戻る準備をしに立ち去っていってしまうと、一つ溜め息を吐いたリーンは自らの上着を脱ぐとアイに渡す。流石にリーンの服では小さくて袖を通せないが、胸元を隠すくらいは出来た。


「立てるかい?」


 リーンは立ち上がりアイに手を差し出すと、アイもその手を受け取り立ち上がる。


「えっ……ちょっと……」


 リーンはそのままアイの手を離すことはなく、腕を引っ張り血生臭い掘っ立て小屋から早々に出ていく。


 掘っ立て小屋の外では、賊だったもの達が積まれておりアイは思わず目を逸らした。


「アイ。迎えに遅れてごめんよ」

「あっ、そうよ。どうしてリーンがここにいるの?」

「もちろん、それは君を迎えにさ。でも、そのせいで予定が狂ってしまって……君を怖い目に遭わせてしまった」


 申し訳なさかリーンは、視線を自然とアイから逸らし俯き加減になる。


「そんなことないわ。さっきのリーン、ちょっと格好良かったわよ」

「そ、そうかな……」


 照れ臭さいのかチラリとだけアイを見ると直ぐに視線を明後日に向ける。その仕草はリーンがまだ子供だと思い出させて、アイは微笑ましく思えたのか、慈愛のような瞳をリーンへと向けたのだった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 雨はいつの間にか止んでおり、リーンはアイを後ろに乗せると馬の足がぬかるみで滑らないように慎重に歩みを進める。


「ふむ、それでは奴等はアイリッシュ様とわかって拐ったと?」

「ええ、それに盗賊だとしたら、馬車の荷物に手をつけないのはおかしいわ」


 並走していたゼロンから襲われた状況を説明してほしいと言われて、アイは自分の私見も交えて話をしていた。


「他に気になったことは?」

「そうねぇ……あ、そう言えば初めは私を奴隷商にでも売るつもりだったようだけど、リーンが助けに来てくれる直前かしら、私を殺して逃げるように予定を変更していたわね」

「アイ! それは、本当かい?」


 リーンは驚き馬上で振り返ったあと、すぐにゼロンと目を合わせる。ゼロンもリーンの言いたい事を理解したのか黙って頷いた。


「だとすれば、私たちの動きが漏れていたようですね。そうなるとアイリッシュ様を拐った連中……その裏には」

「ゼロン! あくまで推測だ。だけど警戒するのに越したことはない。アイ、君は絶対僕から離れてはいけないよ」


 詳しい事情がわからないアイは、小さく頷くのみ。疑念を抱きながらリーン達は、公爵邸へと戻っていくのであった。



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 リーン達は、ラヴイッツ公爵邸前へと到着すると、門番に自分達を入れるように声を掛けた。


「少々お待ちください」


 確認を怠らない門番に、リーンとゼロンの纏う空気間がひりつく。門番にしたら当然の行為ではあるが、一つの疑惑がリーン達の警戒心を煽っていた。


「お待たせしました、どうぞ」


 アイを乗せたリーンとゼロンだけが、邸内へと入る。流石に兵士を入れる訳にはいかないため、邸前へと置いていくしかない。


「リーン様、お帰りなさいませ」


 金色の髪をなびかせロージーが満面の笑みでパタパタと走り側へとやってくる。アイから見たロージーの印象は如何にも公爵令嬢らしい高価な服装や身なりと愛らしさを感じると同時に、今の自分の服装が惨めに思えてくる。


「ロージー、いいところに。済まないけど彼女に服を用意してくれないか」

「まぁ、そちらがアイリッシュ様ですね。初めまして、ラヴイッツ公爵が娘、ロージーと申します。以後お見知りおきを。ささ、どうぞこちらへ。新しい服を用意させますわ」

「あ、ありがとう。ロージー様」


 アイが馬上から降りようとすると突然リーンが腕を掴んで離さない。


「リーン?」

「ロージー、済まないが服を用意してくれるだけでいい。今は彼女を目の届く所に置いておきたいんだ」


 ロージーは嫌な顔一つせず「わかりましたわ。では服はリーン様のお部屋にお持ちしますね」と笑顔て返した。


 リーンは馬を公爵邸の使用人に渡して、アイを連れて一度部屋へと戻って行く。部屋の前には既に侍女が新しい服を持って立っていた。


「ありがとう。ロージーにもリーンが礼を言っていたと伝えてくれ」


 侍女に伝言を頼み、服を受け取るとリーンとアイは部屋の中へと入っていく。


「すぐにでも公爵に会いたい。悪いけど早く着替えて欲しい」

「えーーっと、リーンの前で」

「前で」


 アイの前で椅子に座ると、リーンはちょっとニヤつきながらアイを凝視してくる。アイは言われるがまま、まずはリーンに借りた服を取ると、ステイズが露になった。


 アイはそのままリーンへと近づき、リーンの背後へと回ると借りていた服でリーンに目隠しをする。


「ああっ! 見えない!」

「取っちゃダメよ、リーン」

「うぅ……はい」


 大人しく言うことを聞いたリーンに安心したアイであったが、この手を予想していないリーンではなかった。


「はぁ、はぁ……今、この向こうでアイがあられもない姿に……しかも目隠しさせて僕に我慢させるなんて高等技術。従いますよ、僕の女王様ぁ!」


 アイは着ようとしていた服を床に落とすと、負けたと大きく膝をつくのであった。

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