自害
「いやっ! 触らないで! 離して!!」
アイは懸命の抵抗を試みる。しかし相手は大の男。暴れる片足を掴まれてしまうと思いっきり持ち上げられて下着が露になる。
「いやぁッ!」
残った足で男の股間を自分から引き離すように蹴った。
たまらず足から手を離した男を、情けないと周りで順番待ちをしていた男たちが笑う。
「このっ……女ッ!」
「──っ!」
顔を真っ赤にして憤った男は、アイの頬をたまらず平手で叩くと、腰に差していた刃渡り十五センチほどのナイフを引き抜いて首筋に当てた。
「可愛いがってやろうかと思ったが、ヤメだっ! 無茶苦茶にしてやる」
アイの首筋にナイフを当てたまま、男は無造作に服の胸元を掴み、強引に引っ張る。袖からビリリと破けステイズが丸見えに。コルセットと下着も兼ねたステイズは、男たちを更に興奮させて血眼になり生唾を飲み込んだ。
アイは自分の今の姿を恥じらうより、首もとにあるナイフにしか目が行っていなかった。
(このまま
アイはナイフに向かって首を持ち上げた。
「おいっ」
ところが、他の男たちと違い傍観していたリーダー格の男は、アイに股がる男からナイフを取り上げてしまった。
「その女、自害するつもりだぞ」
「──っ!!」
見抜かれたアイは絶望する。この状況から抜け出す手段を失ってしまったのだ。
「そういう覚悟、嫌いじゃないがな──っ、ちょっと待て」
リーダー格の男は再び襲おうとした男の肩を掴んで止めると、扉を開いて入ってきた小柄な男から何かを耳打ちされる。
「……そうか。おい、予定変更だ。その女殺して逃げるぞ」
「なっ──リーダー、ちょっと待てよ! そりゃねぇだろ、殺すならあとでも……」
不満を露にする男たちにリーダー格の男は布の隙間から見える鋭い眼光で睨み付けた。
「ダメだ。死にたくないなら言うことを聞け」
時間がないのか焦る様子のリーダー格の男は腰の剣を抜き放ち白刃をキラリと煌めかせる。
(辱しめを受けるくらいなら……いっそ)
アイは覚悟を決めたのか、何も言わずに瞳を閉じたのだが、その時──。
「た、大変だっ! 此方に向かってくる馬が複数やって来たぞ!」
小屋の格子窓の外から顔を出して、中にいる連中へと報せが入ると連中は慌てふためく。
「に、逃げよう。兄貴ぃ!」
「潮時か……」
リーダー格の男はせめてアイだけでもと凶刃を振り上げる。連中の慌てる様子から、アイは
「くっ──どけっ!」
リーダー格の男は邪魔だと言わんばかりに男を無理矢理退かせるも、アイも必死に足で床を蹴り這いながら、他の男の陰へと移動して時間を稼ぐ。
アイの耳に馬の
「アイっ!! 無事か!?」
「リーン……」
アイは、雨避けのローブから覗く険しい表情のリーンの顔を見ると、抑えていたものがこみ上げてきて、堪らず瞳が潤む。リーンも、アイの乱れた服装や憔悴しきった顔を見て怒りで顔を赤くする。
「お前らッ! よくもアイをッ!!」
「うるせぇ! ガキがぁ!!」
先ほどアイを襲っていた男が一目見て安物と判断出来る剣を抜き、血気盛んにリーンへ襲いかかるも、リーンは馬を操りその場で背中を見せる。チャンスだと、男は背後から迫るも、後ろから迫る男に驚いた馬により後ろ蹴りで吹き飛ばされた。
臆病な生き物である馬の習性を狙ってのことだった。当然、無防備に馬の蹴りを受けた威力は凄まじく、ぐったりとした男の胸には蹄の跡がくっきりと残っていた。
「お前らは絶対に許さない! アイに……アイに、よくも!!」
リーンは馬上でアイを指差して叫ぶ。
「見ろ! 手首の縄が
男達も、アイもポカンと口が開いたままで戸惑いを見せていた。そこへゼロンが拍手しながら小屋に入ってくる。
「はいはい、リーン様。ご高説ご苦労様です。さて、皆さん。外には兵が取り囲んでいます。投降するなら今のうちですよ」
呆けていた男達もゼロンの言葉に我に返ると、逃げられないと悟り次々と武器を床に捨てて座り込む。
「おや、貴方は投降しないのですか?」
リーダー格の男のみ、婉曲した剣を握りしめたまま立っている。カチャリとゼロンが腰の剣に手をかけた瞬間、リーダー格の男はアイやリーンではなく、仲間を次々と斬り始める。
あっという間に血の海と化し、今度は自らの首へ剣をあてようとする。
「させませんよ」
ゼロンは男の腕を掴むとギリッギリと、力の差を見せつけるかのように、腕を強引に背中へと回して、壁に押し付けた。
「──っ、まだ、まだよ! 今何か飲み込んだわ!!」
アイはリーダー格の男から目を離すことはなく、男の喉を何か通過したのを見逃さなかった。
「ぐ……ぐふっ!」
「まさか、毒を!?」
ゼロンは、ぐったりと動かなくなったリーダー格の男の布を外して素顔を明らかにする。布からは、ひらりと花が落ちた。
「これは!? クダンの花……ですか? かなりの猛毒です。この男は、いつでも自害出来るように布の隙間に仕込んでいたようですね」
リーダー格の男の覚悟が半端なものではないことから、明らかに陰謀めいたものをアイやリーンは感じ取っていた。
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