救出
「一体どういう事だっ!?」
バンッと木目調の白地のテーブルを両手で叩くと、リーンは目の前にいる急所だけを守るだけの軽装な鎧に身を包んだ男性を怒鳴りつけた。
「ですから、報告の通りです。アイリッシュ・スタンバーグ嬢を乗せていた馬車は襲われ、彼女は拐われたと」
「そうじゃない! 僕は、何故それを
「私は辺境伯様からリーン様の警護の為にここにいます。目撃したのは、リーン様が自ら迎えに行くと言うので、安全確保の偵察で偶然見かけただけですし」
「ゼロン、お前は忠実過ぎるぞ! くそっ……仕方ない。公爵様! ラヴイッツ公爵様は居られるか!」
リーンは眉を吊り上げながら、部屋を出ると公爵邸を大股で歩き回り公爵を探す。
「くそっ、僕が迎えに行く予定に変更したせいで!」
本来は、ラヴイッツ公爵から迎えの兵士を寄越す予定であったが、リーンは自ら迎えにいけば、アイも喜んでくれるのではないかと、ラヴイッツ公爵領まで出向いていた。
しかし、大雨が降り予定を変更した為に遅れが出たせいで、アイが何者かに拐われるという失態を犯してしまった。
「リーン様、お待ちください。公爵様に迷惑をかければお父上の顔を汚すことになられますよ」
まだまだ子供のリーンと大人であるゼロンでは歩幅が違う。あっさりリーンに追い付くと、腕を掴み止めた。
「黙れ! 彼女は僕の妻になる予定の女性だ!」と憤り興奮覚めないリーンは、腕を振りほどく。
「もう遅いかもしれませんよ」
「遅い? なにがだ!?」
「拐ったのが盗賊であるならば──公爵様!!」
会話の途中でゼロンは、廊下の曲がり角から現れた人物に対して頭を下げる。リーンも自分の背後にやって来た人物に対して、軽く頭を下げた。
屈強そうな体格の男性である。絢爛豪華な服も、内側から筋肉で破れるのではないかと思わせるほどパンパンに張り悲鳴を上げており、顎髭をさわりながら「何かあったのかね?」とリーンを見下ろす。
「ラヴイッツ公爵様。それにロージーまで」
リーンと同じ年齢くらいの少女が体格の良いラヴイッツ公爵の後ろで隠れていたのか顔をひょっこりと出していた。
「リーン様ぁ、お久しぶりです。もう、どうしてすぐにロージーに会いに来てくらさらないのですかぁ」
後ろ手に組み、身体をもじもじと恥ずかしそうに動かしながら、ロージーは淡い琥珀色の瞳をリーンへと向ける。
「ごめん、ロージー! それどころじゃないんだ。公爵様、僕の妻になる方が盗賊と思われる方に拐われたのです! 手を貸して頂きたい!」
「まぁ、大変! お父様、リーン様が可哀想ですわ。ロージーからもお願いします」
しかし、公爵は、緊急だと言うのに顎髭を触ったまま思慮に更けている。一秒でも惜しいリーンは、ギュッと拳を強く握りしめていた。
「リーン殿は、この儂が治めるラヴイッツ領に盗賊が出たと?」
「はい。あ、いえ、まだ盗賊と限ったわけじゃ……」
「もしかしたら、嫁ぐのが嫌で逃げ出したのではないか? 何せ二十八にもなって、まだ一度も結婚しておらんのだろ?」
「しかし! ここにいるゼロンが見ております!」
「うーむ、しかし盗賊ではなかったらどうするのだ? リーン殿。辺境伯、ひいては儂の顔に泥を塗ることになるのだぞ」
渋るラヴイッツ公爵に苛立ちが増すリーンは、公爵の手を借りるのを諦めたのか「失礼します」と
「お父様、どうしてリーン様に手を貸してあげないのですか、お可哀想です」
娘の懇願も、ラヴイッツ公爵はその金糸のような髪を撫でてやるだけで、答えない。リーンの助けになれず悔しいのか、ロージーは爪を噛んだ。
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
一度部屋に戻ってきたリーンは、そのまま剣を携え再び出掛けようとする。
「リーン様、どちらへ。勝手は困りますな」
「どけ、ゼロン! 僕自ら探しに行く!!」
「もう手遅れかもしれませんよ。相手が盗賊だとすれば奴隷商人にでも売っているでしょう、それに既にその身を盗賊に
「関係ない! 彼女は彼女だ! 万一、そうだとしても妻として迎えるつもりだ」
真剣な眼差しで、ゼロンの青い瞳を見つめると伝わったのかゼロンも大きく婉曲した刀を手に取る。
「あくまで私の役目は、リーン様の警護ですからね。ついて来てください、案内します」
「案な──ゼロン! お前、もしかして居場所を知っているのか!?」
「部下につけさせましたから」
「なっ!? お、お前は……早く言ってくれ、そう言うことは」
「このまま勝手に出歩かれては警護しにくいので。それなら私の後ろにでも居てくれた方がやり易いと判断したまでです」
あくまでも警護と言い張るゼロンに呆れ気味にリーンは、部屋の扉を壊す勢いで開けて出ていく。
「待ってろ、そして無事でいてくれ。アイ……」
リーンは黒い毛並みをした馬に乗ると、雨が降り注ぐ中、ゼロンを先頭に公爵邸を飛び出して行った。
その様子を濡れる窓から眺める者がいた。
「いい? リーン様より先回りして、捕まえた女と連中を殺して」
「はっ」
配下とおぼしき人物が、その部屋から出ていくと、リーンの慌てる様子を眼下に眺めながら爪を強く噛んむのであった。
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