第5話

 何を着ていくか、鏡の前で何度も何度も考えた。

 どれもこれも、ぴんとこない。今までこんなにぴったりこない服ばかりで過ごしていたことに驚きだった。なんで自分はこんなにどうでもいい服しか持っていないのだろう。化粧もしてみたいが、したことがないので上手くできない……。そうこうしているうちに、その日がきた。


 男の子とデートなんてしたことはない。でも、「デートしよう」と約束をしたわけではないので、これはデートもどきなのかな、などと考えてみる。

(高橋君の彼女になれたらいいなあ)

 そんなことを思いながら家を出る。

 自分の服の好みもよくわかっておらず、さらに高橋がどんな服装が好きなのかもわからないので、最終的に、最も無難な格好で行くことになった。時計は九時半を指していた。


 古本屋の最寄り駅で待ち合わせをする。しのぶは時間より十分早く行ったが、高橋は既に来ていた。

「ごめん、遅れちゃったね」

「俺が早く来すぎただけだよ」

 高橋の私服姿を見るのは初めてである。ストライプのポロシャツがよく似合っている。しのぶは「素敵なシャツだね」と褒めた。

「ありがとう、それもいい色だよね」

 しのぶは藤色のTシャツにデニムのスカートを穿いていた。「可愛い服だね」とあからさまな褒め方をされるよりも、そのさり気ない褒め方はしのぶをいい気分にさせた。


 数分歩くと、そこは目的の古本屋だった。

「ここは、文庫本が安いんだ。でもハードカバーは比較的高い。もしハードカバーで欲しい本があったら、次行く店で買ったほうがいいかも。今流行ってる本なら、たぶんそっちにもあるから」

「他にも古本屋があるの?」

「うん、この辺には何軒かあるんだ」

「すごい、楽しみ!」

 二人は結局、午後一時くらいまでひたすら古本屋を巡ることになった。

 それが終ると、ファミリーレストランで昼食を取ることにした。

 高橋の後ろを歩きながら、周りの人には自分たちはどう見えているのだろうなと思った。

「高橋君、古本屋をいろいろと知ってるのね」

「まあね、小さいときからずっと住んでる町だし」

「私、中学校の途中から転校してきたから、この街のことほとんど知らないの。中学では部活ばかりしてたし」

「何部だったの?」

「テニス。高橋君は何かやってたの?」

「卓球」

 しのぶはクスっと笑った。

「あ、笑ったな」

「サッカーとかのほうが似合いそうなのに、と思って」

 高橋はスポーツ選手のような体系をしているし、女子にも人気がある。比較的地味な卓球をしてたなんて、意外だった。しかし、ますます親しみが持てるような気がするのだった。

「今度やるか? 俺、けっこう上手いんだから」

「自分で言っちゃうんだ」

「事実だからな」 

 二人はデザートを頼み、話を続けた。木曜日の延長上のようなその時間に、しのぶは幸せな気分だった。いつまでもこの時が続いて欲しいと思った。


「あれ、篠原と高橋じゃないか」

 聞き覚えのある声がする。そちらに目を向けると、同じクラスの遠藤が通りかかったのだった。家族で食事に来ていたようで、よく似た顔をした女の子と、両親らしき人たちが一緒にいる。

「もしかして、二人は付き合ってるとか?」

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