第4話

「お客様、何かお探しですか?」

 紺色の、ぴったりしたラインのワンピースを着た女主人が声をかける。

「あの、枯れにくいのを探してるんです。私、世話するの苦手で」

 しのぶが言うと、和也が隣でクスクス笑う。

「それでしたら、こちらのグリーンネックレスなどいかがでしょうか。一応、水遣りは一ヶ月に一度でいいということになっております」

「ああ、可愛いですね。和也さんの部屋に、どう?」

「俺の部屋に飾るんなら、食虫植物しかないな」

「もう」

 しのぶは他の鉢植えも、一つ一つ葉を触ったり、鉢を持ち上げてみたりしながら吟味した。

「これ、可愛いんじゃないか」

 和也は一つの鉢に目を留めた。

しのぶはそれをみてはっとした。それは、レデイハートという植物で、ハート型の葉っぱが蔓に沢山ついているものだ。

「恋愛運アップ、とか書いてあるぞ」

 和也はからかうように札を読み上げた。しのぶは微笑んだが、その表情はどこかぎこちなかった。


 高校生だった頃、しのぶは高橋とともに、図書委員をしていた。高橋とはクラスも一緒だったから、流れで当番の日も同じになった。二人は毎週木曜日、放課後の一時間をともに図書室で過ごすことになったのだった。

 たまたま二人とも本が好きで選んだ委員会だったので、お互い面識はなかった。黙っているのも気まずいので、カウンターで、人が多くざわざわしているときを見計らって、しのぶから話しかけた。

「高橋君、どんな本が好きなの?」

「うーん、そうだなあ、時代小説とか、SFとかが好きだなあ。篠原さんは?」

「私は普通の小説が好き。特に外国人が書いたのがいい。月並みだけど、赤毛のアンとか、クリスマスキャロルとか」

 今は会うこともない実の父親は、しのぶが幼いころに「世界名作文学」という全集を買い与えてくれた。しのぶはそれらを夢中になって読んだ。二人が離婚して家を出て行かなくてはならなくなったとき、母は「重いから」と、それらを荷物に入れてくれなかったので、今はもう手元にないのだが。

 悲しい思い出ではあるものの、しのぶは今でもその頃読んだお話の数々を思い出し、一人で懐かしい気持ちに浸っていた。

「ふうん。俺はそういうのあんまり読まないな」

 そう言いながらも、高橋はしのぶが読んでいる本を、「それ貸して」などと言って、読むようになった。読み終わると、「けっこう面白かった」などと言いながら、必ず何かしら感想を添えてくるのだった。


 しのぶはそれまで本の話をする友人がいなかったので、新鮮だった。高橋はクラスメイトを気にしてか、教室ではあまり話してくれなかったので、毎週木曜日が待ち遠しかった。図書委員の仕事が終わると、二人で帰りながら話したりした。駅までは二十分も歩けばついてしまって、それから駅の目立たないところで話し続けたこともあった。

 ある日の帰り道のことだった。

「ねえ、高橋君がよくいくっていう古本屋、私先週の日曜日に行こうとしたんだけど、場所がわからなかったの。もう一度教えてもらえない?」

「ああ、今週の日曜でよかったら、俺も行くから一緒に行かない?」

 これはもしかして、デートのお誘いなのだろうか、とどきどきしながら、しのぶは、

「うん!」

 と力強く頷いた。

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