第2話

 切り花もいいけれども、一人暮らしのアパートには少し贅沢な気がする。

 一週間足らずで枯れてしまう花よりも、あまり世話をしなくても一月くらいは持ちそうな観葉植物のほうが、コストパフォーマンスが高い。しのぶはちょっと真剣に観葉植物を吟味し始める。

 観葉植物が好きな母のおかげで、植物を見ると、おぼろげに名前と特徴が頭に浮かぶ。乾燥に強いものを思い出す。ワイヤープランツ、パキラ、ポトス。


「このふわふわしてるのはどうだ?」

「ちょっと、今はパスかな」

 それはアジアンタム呼ばれる羊歯の一種だった。たしかに可愛いけれども、かなり乾燥に弱かったはずだ。母が霧吹きで水を与えていたことを思い出す。

(もしこれから、和也さんのお家にお泊りすることが続くようになったら、しばらく水遣りしなくても枯れないのにしないと)。

 「和也さんの家にお泊り」、という言葉。心の中での独り言だったにも関わらず、頬が赤くなるのが感じられる。

 そう、ついこの間までは、柳田と付き合うことになるなんて、夢にも思っていなかったのだから。


 柳田を初めて見たのは、新入生のためのサークル案内のイベントでだった。入学式が終った後、新入生全員を対象に、ステージで各サークルが数分間自分たちのアピールをする。そこで、文芸同好会の案内をしていたのが会長の柳田だった。

 ステージに彼が現れた瞬間、彼女は目を見開いた。

(好みのタイプだわ)

 しのぶはうっとりと見とれてしまった。ステージからこちらが見えるはずなどないのに、彼女の視線に気づいた柳田が、自分に向かって微笑んだような気さえした。彼女はその場で文芸同好会に入ることを決心した。

 しかしその後何度かキャンパスですれ違った彼は、常に女性と一緒に歩いていた。それは同じ人だったり、違う人だったりしたのだが、その親しそうな様子から、どの女性も彼の恋人に見えた。

 それでも、柳田はしのぶにとってアイドルのような存在で、近くで見ていられるだけでよかった。そうしてしのぶは文芸同好会に入った。もしかしたら、自分もガールフレンドの一人に加えてもらえるかもしれない。自らの幼さの残る容姿を見て、これではいけないと思い、化粧や服装の研究に熱心になったりもした。

 サークルの後輩、ということで、たまにキャンパス内ですれ違うと、あいさつし合える仲になった。会長でありながら、サークル活動にはほとんど顔を出さない柳田と触れ合う機会は、そんなときだけだった。それでも彼女は幸せだった。


「しのぶ、あの人と知り合いなの?」

 一緒に歩いていた同級生のささやきに、

「うん。サークルの先輩なの」

 と答えるとき、自分でも得意気な表情をしているのがわかった。

「いいな、私も文芸に入ればよかった」

「バトミントンだって、いいじゃない」

「でも、男女別れて活動してるからね。つまんない」

 嫌ならやめてさっさと他へ移ればいいのに、と思う。そんな思いとは裏腹に、しのぶは無邪気な微笑みを浮かべるのだった。

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