アメ の 子 ふんだの だーれだ ?

朝日奈

アメ の 子 ふんだの だーれだ ?

 シトシトピッチャン――。


 シトピッチャン――。


 雨が降ると、必ずあの子がやってくる……。




アメ の 子 ふんだの だーれだ ?




「雨の子踏んだのだーれだ!」

 雨が上がったばかりの澄んだ空気の元、下校中の子供達が口々にそう言った。

「雨の子踏んだのだーれだ!」

 子供達が距離をおいて囲っている円の中心には、同じ年恰好の男の子が目を吊り上げ、口を尖らせて立ち尽くしている。からかわれているのがよっぽど腹立たしいのか、両手でランドセルの持ち手を強く強く握り締めている。

「こいつだ、こいつ! 圭太が踏んだんだ! 俺見てたもん!」

円を作っている子供達の一人が中心の男の子を指差して言った。圭太と呼ばれた少年はムスッとした表情のまま、ひたすら無言でいた。動かしているのは、片足の爪先くらいだった。

 圭太は靴の裏の汚れを落とすように、ジャリジャリと地面に何度も擦りつけた。その足の側には小さな蛙の死骸がぽつんとあった。圭太は歩いているとき、急に跳び出してきたその蛙を踏んでしまったのだ。

「いやだあ」「気持ちわるーい」

 女の子達が口に手を当て、眉を潜めて圭太と蛙を見やる。

「お前呪われるぞ!」「雨の子踏んだら呪われるんだ!」

 男の子達が指を差して囃し立てた。

 彼らの住む地方では、蛙は「雨の子」と呼ばれていた。理由は簡単、雨が降ると必ずといっていい程その姿を現すからだ。そのことから、蛙は雨を呼ぶ神聖な生き物と捉えられていた。だから、その神聖な生き物を殺すと呪われる、と人々の間では信じられていた。とはいえ、それは昔の話。今では子供達のからかいのネタになる程度で、蛙自体はただの生き物としか思われていなかった。

 圭太は、あまりにもしつこい子供達の嫌がらせに、とうとう怒りを爆発させた。

「うるせえな! 蛙踏んだくらいで呪われたりするもんか! ばっかじゃねえの!」

 圭太は一方的にそれだけ言うと、子供達の輪を抜け出し、盛大に水溜りの水を弾き飛ばしながら走っていってしまった。水を被った女子達がキャーキャー騒ぎ、男の子達が圭太の背中に向かって弱虫だとか馬鹿だとかの悪口を投げつけた。

 ちくしょう! 何が呪いだ! ビビりやがって! 来るなら来いってんだ! へなちょこ蛙の呪いなんて蹴っ飛ばしてやる!

 圭太は家に着くまで、頭の中でひたすら自分をからかった子供達と、その元凶である蛙のことを罵った。


◆     ◆     ◆


 次の日、圭太が学校に行くと、昨日一緒に帰った子供達がまた圭太を囃し立てた。

「呪われ圭太が来たぞ!」

「こいつ昨日蛙踏んだんだぜ!」

 まだ言ってんのか、しつこい奴ら。

 圭太は半ば呆れながら、それでも腹立たしげに自身の席に着いた。男の子達はさらに詰め寄る。

「今日も昨日と同じ靴で来たのか?」

「きったねー。その靴も呪われてんじゃねえの?」

 男の子達はケラケラと笑った。圭太は最初は我慢していたが、とうとう堪えきれなくなり、

「呪われてねえって言ってんだろ!」

 男の子の一人に掴みかかった。周りで女の子たちがキャーキャー騒ぎ立てる。二人はしばらく取っ組み合いをしていたが、やがて見かねたクラスメイトたちにそれぞれ引き剥がされた。

 男の子が息を荒げて言った。

「そんなこというんなら、今日も昨日と同じ道を通って帰れよ! アレは踏まれた場所と同じところに出てくるって言うんだからな!」

 圭太は一瞬たじろいだが、それでもすぐに虚勢を張って、

「いいよ、帰ってやるよ! 最初からそのつもりだったしな! そのかわり、明日また俺が学校に着たら、もう呪われてるとか言うなよ!」

 二人はしばし睨み合っていたが、やがてチャイムが鳴り先生が入ってきたので、二人の諍いはそこで終わった。

 圭太はその日一日誰とも言葉を交わさなかった。特に朝喧嘩をした子とは極力目も合わせようとしなかった。ただ、圭太が帰り際に彼をまた睨みつけたので、また喧嘩が始まるかとも思われたが、圭太の方が先に目を逸らしさっさと出て行ったので、大事には至らなかった。


◆     ◆     ◆


 圭太は、昨日と同じように自分をからかった男の子と蛙を罵倒しながら帰った。

 何が呪いだ。そんなもんあるわけない。


 シトシトピッチャン――。


 みんなの悪口を考えることに夢中になっていた圭太は、いつの間にか昨日蛙を踏んだ場所まで来ていたことに気づかなかった。それに気づいたのは、パシャンという音とともに靴が湿っぽく感じたときだった。足元を見てみると、靴底が半分ほど水溜まりに浸かっていた。あたりを見回すと、ちょうど昨日蛙を踏んだ場所だった。


 シトピッチャン――。


 怖くはない。呪いなんてない。圭太は、そう自分に言い聞かせたが、だんだん胸の鼓動が高鳴るのが分かった。足の裏が妙に疼く。


 シトシトピッチャン――。


 足の疼きをごまかそうと、水溜りを足でかき混ぜた。地面にも擦りつける。だんだん水溜りで遊ぶことに夢中になり、蛙のことは気にならなくなってきた。

 しばらくそうしていたら、ふと周りが暗くなってきた。もともと曇り空だったが、そこにさらに厚い雲が覆いかぶさったのだ。

 雨が降るのだろうか。下に傾けていた首をゆっくりと持ち上げ、空を見上げる。


 アメノコフンダノ、ダーレダ?











――ぷち。









fin.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アメ の 子 ふんだの だーれだ ? 朝日奈 @asahina86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る