第27話

「何日分の徹夜で終わりますか?大きな案件でしょうか」

「まあそうなるよね」


 きっと予め言われる程の事だから準備も必要なんだろうと思えば、軽い溜息が楚良の前髪を揺らして直ぐに顔が戻る。

 何がですかと楚良が呟きながら、差し出されたタオルを受け取った。一條に言わせれば間違い無くこの反応になるのは予想できた。


「勘違いなら謝るけど、羽柴が面白い事を言ってたんだよね」

「――――面白い事ですか?」

 指先まで丁寧に水気を拭って、そしてひらひらと手を揺らして乾かすのは兎の毛に水分がつかない様にする為。間違っても滴一つ垂らさない楚良を視界の端、先に歩き出した一條がサチを抱き上げてソファの方へと向かうのが見える。


 一度時計を眺めた楚良だったが、彼がいいなら良いかと自分も茶々を抱き上げた。


「君は反対色を使うより補色を多用していくタイプだって」

「面白いというより事実ですよ。私は余りコントラストの強い色は…」

「それって、刀司さんがそうだから?」


 ソファへと腰を下ろした一條が、膝の上へとサチを乗せてその毛並みへと指を埋めている。その口から零れた言葉は指先ほどには柔らかくない、どちらかと言えば鋭い指摘だと思えば楚良もその前にあったコーヒーテーブルの傍に座り込んだ。


「凄く難しい質問です。勘違いという訳ではありませんが、そもそも芸術性とかそう言うものは、かなりメンタルに左右されるので」

「ごめん、不躾すぎた」

「いえ、仕事にも関係する事です。事情を知らない方には話すわけにはならない事ですが、一條さんが営業課にいらっしゃるので…寧ろ昔の話は言っておいた方が良いのかも」


 改めて指摘されてみればそうなのかもしれないと、膝の上へと茶々を置いた姿で一條の方へと向き直る。

 図星、というのなら、図星だが深く考えた事も無かった。


「君が良いというなら…聞いてもいいかな。それってどういう意味なの?」

「私は幼い頃は父の傍に居て、物心ついた時には既に絵筆を握っている様な生活でした。かなり絵に傾倒していたかと思います」


 今の楚良には言葉に揺れが無い。迷いは無く、過去を探り出す様な間はあったけれども、楚良自身良い切っ掛けだと思った。

 迷惑を掛けるついでになるが、多分これは言いがたい事を話す良い機会になる。どうせもう話のメインである、父が何者かは彼には知られているのだから。


「その頃から題材は殆どが父の模倣で、自分の絵も殆どが父のレプリカでした。もう殆ど染みついた画法でしたね」

「いつ頃から今の画法に?」


「一條さんは…美術館で『秋』を見ましたか?」


 問いかけには質問で返されて、一瞬だけ男の瞳が細められた様だった。それは不快ではない様に思える、楚良にとってあの絵はある意味転機だった。

 見にいかなくとも分かる、あの絵は。


「見たよ。完璧な絵だった」


 一條の感想に楚良は小さく頷いた。あれは、構図も配色も完璧に計算し尽くされて描かれている。楚良は美術館に描かれる前にその全てを見たことがあるし、その絵が――――どう作られたたのかも見たことがある。一部を除いては。


「父は四季の構想を25年前にはもう持っていたんです。その中でも最も執着したのは秋。構想時点で秋が中心になると父は考えていたんです」

「絵の解説にあったね、豊穣の季節は最盛期であるって」

「そうです。中には力強い絵の夏だという方も居ますし、春や冬が一番精緻であるという方もいます。でも少なくとも父本人はあの秋を描くために、母と結婚しました」


 は、と。吐息の様な言葉が一條の口から漏れて、楚良の指が兎の耳元を撫でる。彼の疑問は楚良にとっても当然だ。

 それを知った時、幼心にショックを受けた。本当に、心の底から。


「父はあの絵の題材にする為の完璧な被写体を求めていました、母は父に心酔していましたし、父も情があってのことですから、騙されて、という訳ではありませんでしたが。描きたいときに描くのならば、傍にいた方がいいと」

「君のお母さんが、被写体になった、っていうこと?」

「いいえ。そうなら私も此処まで拗れなかったと思うのですが」


 言うのを迷っているというより、何といえば良いのか分からないというのが楚良の正直な感情で、こういう時に人付き合いが不味いと言葉が出て来なくなると思った。

 兎が見上げているのに気付けばそれに助けられる様に、一度楚良の肩が上下する。


「秋は女性の曲線を追求したものです。最初は母を被写体にと考えていた様ですが、どうしてもそれに至らなかったと。それで二人は自分達に娘が生まれた時に、理想的な身体のラインが出るように、育てようと」


 彼女の言葉にそれこそ一條は顔を顰めてあの秋という絵を思い出した。彼女の寝室に伏せられた絵と、酷似した絵。楚良の話を聞けばあの絵の見方は全く変わってくる。


 そもそも刀司伽藍というのは被写体を立てる事は殆どない。その筆は現代アートにしても、写実的な絵にしても、殆どがモデルを用いずに描いた絵であるというのは美術界でもデザイン界でも良く語られている。だからこその、天才なのだとも。

 それを特別に、それこそ何十年もかけてだと言うのなら彼にとってあの絵こそが特別なのだろう。


「でも母は私を育てている間に情が湧いたと言いますか、我が子としてちゃんと見る様になったと言いますか。母としては複雑だったかと思いますよ、父の事を夫として見限った訳ではないし、でも父は何れ娘の裸婦像を世に公開するのが前提だしで。母は流石に教育に悪いと思ったんでしょうね、自分の病気を理由に里に私を連れて帰ったんですが」

 最初は彼女が浮かべた苦笑が楚良の強がりか何かかと一條が案じたが、本人は割と本気であの時の事を思い出せば、笑うしかない。


「母がいよいよ死の際に、父が駆けつけたまでは良かったのです。最後の時を二人で過ごしたのも。でもその後の葬式で、娘の絵は必ず完成させると宣言してしまってですね。――――大荒れでした」


 身内だけの葬式で報道されなかったのは本当に幸いだ、父方の祖父は現在でも兎の飼育を手がけているちょっとした歩く筋肉だから、無言で近付いて父を殴り飛ばしたあの一撃は相当なものだった。


 母がどうして娘を連れて帰ったか彼らは知っていたし、訪ねてきた父親を母方の祖父母は母も致命的に嫌ってはないし有名人だからと下手に出ていたが、父方の祖父母などは繰り返し母方の方に塩でも投げつけて送り返して良いとか言っていたとかいないとか。

 当人達にとっては誰も笑い話に出来ないし、祖父母にとっては致命的な絶縁状態になる切っ掛けだが、その最中にある楚良はその時はどちらかと言うとその時は絵にしか興味が無かったから悲惨な記憶という程ではない。客観的に見ると充分悲惨だとしても。


「そんな事言われたら誰でもそうなるよ」

「私はその頃はちょっと…芸術に傾いておりましたので。祖父母に引き取られて暫くは、望みのものを一から育てる事は何か悪いのだろうかと割と本気に考えていましたし、幼い頃からの生活習慣もあって幸か不幸か身体作りは止めなかったんですよね」


 なる程彼女の歪さはそこから来たのかと一條は思う、楚良は楚良であの頃の自分は馬鹿だったなあ等と考えて溜息を吐いた。

 膝の上にいる茶々がいつの間にか腹を上に向けていて、口まで半開きになっている。


「その後は父方の祖父母の元に引き取られたのですが、兎飼育に関わっている間に、少しだけ広い視野になったというか。まあ、依存対象が変わったという方が正しいのですが。私が父の事をどう受け止めて良いのか迷っている間に時が過ぎて、…18になる前だったと思います」


 彼女の指先は魔法でもかけているのだろうか、すっかりと眠ってしまったのだろうか茶々の四肢が伸びていて殆ど力が入っていない。首の据わらない赤子を支える様に彼女が背中を腕に沿わせて腹へと指先。


「秋を描くときが来たのだと、そして筆の速いあの父が初めて半年程も捧げて描いた絵が『秋』です」


「でも――――…あの絵は。…あの、絵は、君じゃなかった」

「多分誰にも信じて頂けないんですけど、あの絵は2年前に完成した時には私の姿だったんです」


 彼女の言葉は一條の耳を滑る。あの絵を見た時の驚きは、違和感でもある。最初に彼女の絵を見ていたからだろうと一條は思っていたが多分違うと彼女の言葉で確信に変わる。

 あの絵は確かに完璧だ、あの絵だけを見れば。だがそう、彼女の言葉通りにあの絵を見たときの印象を思い出して見れば、顔が違うという事に一條は一番驚いたのだから。


「じゃあ、あの絵は元の絵とは違うってこと?」

「あの絵を完成させた時に、父と藤森さんは即世に出すつもりだったんでしょうが…私はそんなつもりではなくて、それで父と大喧嘩になりまして。そもそもあの絵に秋の題を付けたその被写体が、父の関係者だというのは直ぐ分かります」

「モデルを滅多に起用しない刀司さんの絵のモデルになったら、君の顔も知れ渡るね」

「これを世に出す様な事があったらそれは私の暮らしを乱すことだから、父親と認めないと言って喧嘩になったんです。それで一旦別れた後に、父親がまた会いにきまして。顔さえ違うのに描き直せば良いか?なんて言うんですよ」


 ああ、と、疲れた様に一條の口からも声が漏れて、自分の手元の方へと目が落ちた。サチは茶々ほどには寛いではおらず、彼女の珍しく長い話に耳を傾けている様だった。


 楚良を普通に育った人間だ、とは何故か最初から思わなかった。それこそちょっと世間知らずな所も有る位だとは思っていたから、寧ろこの程度は想定内だとさえ言ってもいい。

 ただし、その父親も充分変人だという事までは想定していなかった。


「父をぶったのは初めてでした」

「その位で済んだなら穏便な方だと思うよ…?」


 あの時の母に詫びられる様になってから出直せというのはそういう事だったのかと、寧ろ腑に落ちる。今の彼女も然程歳は変わらないが、18歳と言えば多感な時期だろうし、ある意味潔癖な頃ではないだろうか。

 それだけで済めば穏便、という一條の言葉は本心からのものだった。


「いやでも、刀司さんにとって娘の顔ってその程度なの?――――っ…いや、ごめん」

「実際そうですよ。父にとって悲しいかな、首から下しか興味は無かったのは事実でしょう。あの時あの絵を世に出すのは諦めたと思っていたんですが…どうしても世に出したいなら顔を替えるのは苦肉の策でしょうね」


 思わず言葉を無くしたのは一條で、彼女の方へと視線を投げる。あの顔は誰かという事よりも、楚良を軽んじた事に怒りの様なそれがある。

 どちらをより知っているかという事も影響はしているが、それよりも、彼女が絵のモデルを引き受けた時にはそれなりの葛藤があっただろうという事は直ぐ予想がついて、まるでそれを全て無視して素材にしか興味がない様な振る舞いが。


「二年も寧ろよく我慢したなと思う位しか。でも私も芸術家としてのやりようとしてはそこまで怒っていません――――父親としてどうかという、そういう微妙な所なので」

「君はもう少し怒った方がいいよ」

「二年前にしこたま怒りまして、絶縁状態ですから。その位は怒っていますよ」


 彼女は羽柴とも口汚く応酬をしているが、暴言を吐いてもだから嫌だとか無理だとか出来ません等というのは聞いた事が無い。

 その彼女から明かな拒絶、絶縁というならそうかもしれないが、結局藤森にしてみても風呂を貸してやっているぐらいには優しさがある。もし自分ならと思いかけて、一條は辞めておいた。自分は男だし実の父親なら間違いなく手が出る。


「最初の質問に戻りますね。私は長年父の画法を好んで用いてきましたし、それが人の心に残りやすいという事を知っています。でも父の絵は同時に私にとっては、今の生活を脅かすものと同意なんです」


 楚良にとって父親は資産家である。莫大な金を遊ばせているのは知っているし、今でも藤森が上手に手綱を握っているせいで、多くの絵を描くくせに絵の価値は落ちていない。

 その彼が娘として戻って欲しいという懇願を蹴っているのは、彼の元に唯一無いもの、それが平穏だからだし、それが知られれば厄介な事になると身をもって知ったことがあるからである。


「親子関係がばれるのが怖い?」

「模倣してきたと言えば逃げられるかもしれません。でもどうしても、父の絵と遠ざけて描こうと思っている間に、今の画法で落ち着いてしまったので」

「なる程ね……。寧ろ元々の基礎と遠いから、新しい使い方も思いつくってことか」

 それを才能というのには大仰かもしれないが、一條もデザイナー達に関わる仕事で生きている。案外画法の固まった人間というのは、アイデアも固まってくるのが一般的だ。


 個人のスタイルを好まれるぐらいに顧客がついてくれればいいが、スタンスを変えないなら数で補うか新しい人間を起用するか、常に自分の才能を掘り返してアイデアを出して行くかのどれかになる。

 最後の1つはそれこそ刀司伽藍の様な才能のある人間にしか許されない、羽柴の奇妙な経歴が好まれるのも、鳴海を筆頭に若い人間が多いのも、体力勝負以前にそういう側面が大きい。


 その中で楚良は若さも特異だが、一度自分に染みついた画法を捨てて新しいそれに乗り換えたなら、それこそ新鮮さという意味では群を抜いて強い。それだけ未熟にもなり得るが、組織の中に入っているなら組織が上手く彼女を使ってくれる。


「身内の恥をさらすばかりの話で済みません」

「いや、寧ろ君の正体が気になってたから良かったよ。ある程度兎飼育に関わったのはおじいさんの所だって言ったけど、おじいさんが兎が好きなの?」

「ペット用の兎をブリードしている所ではかなり名の知れた一族ですよ。空木一族」

「そうなんだ。何だろう、牧場みたいな?」

「牧場みたいな所です。季節によって屋内飼育と屋外飼育を切り替えられるぐらいには広い場所ですよ。種類もペット用の兎はほぼ網羅していますし」


 なる程、画家と兎飼育のプロとのハイブリットが兎フェチの絵描きになるのかと一條の頭に失礼な言葉が思い浮かんだが、営業として思った事はすぐ口に出さずに助かった。


「残念ながら実家に帰ると茶々が不機嫌になるので余り帰りませんが」

「本当に君の兎は良く僕達を受け入れてくれたよね」

「勿論相性もありますが、浮気がバレて怒られるのはいつも私だけです。浮気相手に怒った事は無いですね」

 ふっと彼女の唇にまた笑みが浮かんで、一條も安堵の吐息を漏らした。本当に彼女が家族の話をするときは本当に言いにくそうではあったので、この顔を見られたのだけでも良かったと思う。


 楚良にしてみれば旅行なんて二度とご免だ。お酒をたらふく飲めるとか、酒饅頭を美味しく食べるとかだけでは絶対に割に合わない。


「随分遅くなっちゃったね」

「本当ですね。さっちゃんの用意しますね、疲れているところを引き留める事になってしまって本当に済みません」

「ああ、ちょっと待って。今日って後は眠るだけ?」

「昨日あれだけ眠ったのであまり眠気を感じてはいませんが、特に他に用はないです。写真の絵おこしぐらいはするかもしれませんが」


 彼女の視線が流れてリビングの片隅、開かれてもいない旅行鞄を目にすれば一條に溜息を吐かれた。

 多分予想範囲内的な意味で。


「じゃあ、今日泊まらせて貰っていいかな?」

「えっ…お疲れでは」

「うん、ちょっと疲れてるから雨の夜道に運転するのは避けようかなって。家に帰っても暫くサチが落ち付かないだろうしね」


 楚良が再び一條の方へと顔を戻せば、彼の膝の上でかの兎が気持ちよさげに目を閉じている。確かにサチにしても今随分リラックスしているのは分かるし、今からキャリーに押し込めて夜道を帰るのは不安ではあるが。


「でも明日出勤ですよね?」

「ちょっと早起きすれば時間はあるから。勿論君の家だしサチと帰った方がいいなら今日は帰るよ?」


 理想を言えば朝慌ただしく準備をするよりはサチの迎えを明日の夜ぐらいまで預かった方が良いのだろうが、と、楚良が考えながら膝から茶々を下ろした。

 半分寝かかっていただろう茶々が、膝から下ろされたという現実を受け入れられずに凝固している。


「いえ、今日は夜道も不安ですし湿度も上がり気味なので泊まっていって下さい。それと」


 告げた彼女がリビングの棚へと歩いてその一番上の引き出しを開き、白い封筒をそこから取り出した。

 あの引き出しが開かれたのは今まで見たことが無いと思いつつ、自分も立ち上がるべきかと迷っている間に再び彼女がソファの方へと戻って来る。


「此をいつでも使って下さい。どうしても私がいる時間となると深夜や早朝が多くなりますし、休日にゆっくりではなく平日の短い時間になりますので。短時間で繰り返しキャリーに詰めるのはやはり良くないので」


 白い封筒を傾けた彼女がその中から取りだしたものを、一條の方へと向けて差し出した。

 サチを撫でて居た手は一瞬驚きやら何やらで止まって、うん、と口から意味の成さない様な返事が漏れる。

 黒い頭に銀色の鍵。細いリングに兎のキーホルダーが着いて揺れていた。


「土曜や日曜に私がいなくとも茶々が迎えてくれる筈ですし、一々私の活動している時間に合わせるのも申し訳ないですしね」

「これ…受け取っても本当に、…いいの?」

「押しつける訳ではないので、不要ならそう言って頂いた方が――――」


 流石にやり過ぎだったんだろうかと首を傾げる前に、ぎゅっと差し出した手ごと握られて楚良がぱちりと瞬いた。


「――――ほんっと…有り難う。嬉しいよ」

 返すつもりなんて毛頭無い、彼女が自分を信用してくれたという何よりの証ではないか。

 大人げなくガッツポーズでもして喜びを露わにしたい所だが、膝の上の兎を驚かせれば彼女に叱られるし、大人としては冷静に礼を言うのだけが精一杯で。


「そんなに喜んでくれるなんて、茶々も喜びます」

 彼女から茶々とサチが自由に会える権利に喜んでいると思われているが、構うものか、実際サチにとっては負担が少ないのが一番であるのも認める。

 彼女がお墨付きを与えたのではないか、一條は兎を口実に女性に近付いている訳ではなく、サチの事は心から愛しているんだと。


 でもそれとは別に、本当に別の所で彼女の信頼を勝ち得た事がこんなにも嬉しい。自分がいなくとも兎を会わせるに足ると認めて、許してくれた事が。


「君が僕を認めてくれて本当に…良かったよ」

「私もですが、茶々に認められた人って本当に少ないんですよ。そう言う方がお友達を連れて来てくださるなんて、感無量です」


 見れば床で呆然としていた茶々が自分を取り戻して、ソファへと向かってきていた所だった。手を伸ばしてその頭を撫でてやれば、茶々が僅かに瞳を細めて気持ちよさげに足を止める。

 将を射んと欲すればまず馬を射よというが、多分馬の方が主導権を握って将を操っているのは間違いがない。よしよしもっと撫でろと言わんばかりの茶々だったが、撫ですぎればサチの方が不機嫌に拍車を掛けるので微妙な顔が出る前に手を離した。


 手の中に鍵、本当に何もかも兎が基準なのかと思えば不安にもなるが、それで許された事は今は素直に喜ぶべきだ。

 見れば楚良が二匹の兎を相手している一條を見ながら楽しげに微笑んでいて、やはり彼女を語るのに兎は欠かせない、と思った。

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