第10話

 手放した絵がどういう評価を受けるのか、いつもそれを待つ間は兎を抱きしめたくなる。


 緊張というよりは焦燥感だろうか、胸の中がもやもやとするというか、腹の底がぎゅっとするというか、頭の奥が冷たくなるというか。

 駄目で良いから今すぐ返事をくれと叫び出したくなる様な感情で、家の兎の毛の中に顔を埋めて迷惑そうな顔をされたい気分になるのだ。


 しかし流石に羽柴はそういう部下の気持ちをよく知っているのか、次から次へと仕事をくれていて、横の鳴海も察した様に色々な指示をくれて本当に飛ぶ様に時間が過ぎた。

 出したデータは羽柴が殆ど校正もせずに一條に投げてしまっていて、感情のままに書き散らかした絵を展覧会に出された恥ずかしい気分にもなるのだけれども。


 休憩室にでも行こうかと一旦区切りのついた仕事を置いて、キーボードを脇に押しやり仕事の一覧をもう一度だけチェックしてから立ち上がった。この調子であれば21時か22時までには何とか終わる。

 明日は土曜日だから出社したとしても他の部署に気を払う必要のないデザイン課の独壇場なので、とりあえず今日さえしのげれば良いかと思った。


 いつもの休憩室に辿り着きその扉を片手で押し開ければ、いつも通り人影もない。一応オフィスで誰も立っていない事を確認したから当たり前と言えば当たり前なのだけれども、浮ついている様な感覚に少し気持ちを落ち着けたいという意図もあったから安堵の吐息が漏れた。


 此処に来てから最初の、全てを任された仕事という自覚が自分にもあったのだなと思う。

 以前の事務所に居た時では本当に手の届かない大きな仕事、しかも難関相手というのは自分にも猛るものがあったのだな、等と。


「空木、ここに居たのか」


 今日はココアではなくブラック珈琲を買い求め、冷たいそれをテーブルの端に置いた所で落ち着いていたら扉が開き、それと同時に声が飛び込んでそれが羽柴だとすぐに理解した。


「どうかしましたか?〆が間に合わない仕事は無かったと思うのですが」

「おー。全部綺麗に上がってたからそっちじゃない。出来たぞ」

 告げられたその言葉に僅かに首を傾げる形となっていたが、羽柴が差し出した物に思わずその睫毛が二度瞬く。


 近付いた羽柴が伸ばした指先に携えられていたそれ。両手を揃えて上へと向ければ、羽柴の手から直ぐにそれが預けられた。

 空木楚良と書かれた、磁気カード。パスケースに入れられデザイン課の文字が記されたそれは。


「社員証――――…」


「流石にこれ以上来客用じゃ格好も付かないだろ。ひらがなで書いてくれって言ったら断られたんだが」

「私だけ幼稚園児の様な社員証にしようとするのを辞めてください。ぶん殴りますよ」

「お前に殴られても多分痛くないぞ?」


 何でですかと楚良が溜息を吐いて居る様だが、実際彼女は人を殴り慣れている様に見えない。慣れていない細腕に殴られた所で、余程当たり所が悪く無ければ痛みも感じるか怪しかった。


「確認するんですが、私時短勤務でバイト扱いですよね?副業申請通りましたよね?」

「副業の方は一応出しておいたが、時短の方は出してないな。大体徹夜が出来るかと聞いたら出来ると言ったのはお前だろ」

「私も休日が欲しいのですが。1日は兎も角、週3の休日と書いて出しましたよ」

「握り潰したに決まってるだろ。時短で取る余裕も無かったしな、もうこのままフルでいてくれ」


 何でとばかりに社員証を見つめながら切なげな顔をしている楚良が、そんなの通用するのかとか色々会社的に不味いんじゃないのかと思うが、そもそもまともな入社の仕方をしていない。

 この社員証を求めるのならば、羽柴のそれを受け入れなければならないのか。ショックすぎて兎を吸いたい。


「分かりましたと言いたい所ですが、直ぐに辞表という可能性もあるんですよね?」

「Chevalierの事を言っているなら、俺が部下を簡単に切り捨てる様な男に見えてる事がショックなんだが、察してくれないか。何で俺の部署の人間は俺を頼らないんだろうなあ」


 ぼやいている羽柴に思わずふっと楚良が唇を緩めたのは、彼が思う以上に彼の部下達は自分も含めて彼を信用していると思ったからだ。

 自分はまだ入って日も浅く鳴海ぐらいとしか親しくは出来ないが、何かあった時には課長宛のメールが飛び交うし、それの対応も確かなもの。

 新人にも気安くて皆が激務で冗句を飛ばしながらも結局楽しそうにしているのも、彼の人となりだと思っている。


「そう思うなら校閲ぐらいしてくれませんかね?」

「あれに手を入れろって?お前は冗談みたいな事を言う」

「冗談ではないんですが?!」

 楽しげに笑い声を零して告げる羽柴にびくりと肩が震えて、その唇から漏れた言葉は彼女の本心だった。


「空木、前の職場じゃ失敗は許されない人数だったかもしれないが、此処はそうじゃない。お前が誰かの仕事を見てる様に、誰かもお前の仕事を見てる。もし本当に失敗も余裕も許さない人間だけで回すなら、人数は今の半分でも構わないだろ」


 羽柴が自販機の前へと立ってさて何を飲むのだろうかと思えば、珍しく楚良がいつも飲んでいるココアが選ばれて直ぐに取り出し口へと派手な音を立てて落ちる。


「お前がこの仕事を受けるかどうか聞いたときに、まず俺の意見を聞こうとしただろ。まああれは俺もちょっと謝らなきゃなと思ってな」

 机の上に置いたままだった無糖のコーヒーが、そのココアと入れ替えられる様にして羽柴の手の中。


「お前にこの仕事は早いと思ってたし、デカすぎるとも思ってた。一條の前じゃなかったら絶対に断ってたからな、俺は。だが実際お前は24時間で納得いく答えを出してきただろ」

「あれは課長二人にアドバイスを貰ったからですよ。一人では――――」

「お前はそういうが、実際部下を守る事と閉じ込める事は違う。通らなかったらその時は俺がいるだろぐらいは言ってやっても良かったってな。知ってたか?上司の頭ってのは下げる為にあるんだぞ」


 告げられた楚良が前に置かれたココアの缶と、新しく渡された社員証へと瞳を落として静かに其れへと視線を投げた。

 嗚呼、本当にこの社員証が惜しくなると思えば、思わず唇がまた自然に緩みそうになってふっと小さな吐息の様なそれが漏れた。


「もし通らなかったら、その時は答えが欲しいですね。あの香水に合うコンセプトは何だったのか、本質とは何だったのか」


「確かにそうだな」

 彼女の言葉を聞けば羽柴自身も、仕事を仕事としてしか見られていない自分を思い知らされると思う。新しい人間を入れるといつもこうだ、だから自分は彼女をとろうと思ったし彼女を簡単に切りたくはないと思っている。

 特に周りから使いにくいだの何だの言われる方がいい、彼女だって経歴だけ見ればこの会社には相応しくないと人事には切られるはずだ。縁故の採用だという事は承知の上で、それを羽柴が拾い上げてきた。


 大抵の人間はこの会社に雇われる事が目的で、それを達した時点で走るのを辞めてしまう。それでは何の成長も見込めなければ面白みもない。

 クリエイティブな部門ならばそれが顕著だ、ゼロサムではない。彼女の言葉は尤もで、自分の見る目が確かだったと思い知らされる。


「でも確かに、今回の様な綱渡りはご免ですね」

「何だ、全然そうは見えなかったが流石のお前もプレッシャーを感じたのか?」

「流石というのがどういう意味か分かりませんが、プレッシャーというより単純に二徹が死にます。今日は横になりたいですね、兎も愛でたいです。この会社にペット同伴の可能性を賭けられませんか」

「二徹だったのか…全然そうは見えないな。ペット同伴は諦めろ、PCがイカれる」


 楚良が入れ替えられたココアの缶へと手をかけて、大人しくそれを飲む事にした。本当に上司は上司なりに、自分を案じて態々探しに来たのだろうし、内情を吐露してくれたのだろうから。


「少し仮眠室で休んできたらどうだ?」

「大丈夫です。今夜眠れれば文句はありません、元々眠気が出ないタイプなんです。どちらにしろ今はあの仕事の結果が気になって駄目だと思うので、鳴海さんのサポートをさせてもらってから――――――――」


 元々この業界に飛び込む覚悟をした時に、ある程度睡眠時間が確保できないだろうというのは予想済みだった。

 そんな事を考えていれば休憩室のドアが叩かれて、二人が同時に顔を向けたところでその扉が内側へと向かって開く。


「どうした、何か用か」

「羽柴、空木さんも、丁度良かった」

 その長身と相変わらず隙の無いスーツ姿と、それこそ僅かに纏った香りは間違いなく一條のものだった。

 二人の名前を出して丁度良いなんていうのは結果が出たのかと、一瞬楚良の身体に緊張が走る。


「Chevalierの担当者が来てる」


「は?」

 彼は外から戻ってきたところだろうか、その空気が外の気配を纏っている。仕事はメールで送ったと言っていたから別の出先から態々戻って来たのだろうか、彼が連れ帰って来るなら先に連絡の一つでもあるだろう。

 流石に固まった楚良と、不信を露わに問いかける羽柴に困った様に一條が溜息を吐き出して、羽柴が腕を組んだ。


「製作者と直接話がしたいって」


「……空木のデザインか」

「そう。デザイナーと直接話すのは難しいし、今は離席中だからって待って貰ってるんだけど。直接話せないならこの依頼は無しだって」

「お前、まさかYESと言ったんじゃないだろうな?」

 言葉を紡ぎながら一條がちらりと楚良を見れば、彼女は珍しく不安げに手元を眺めて居る所だった。

 彼女に言わせれば、死刑宣告なら直接ではなく今すぐ預けてくれ、である。


「調整してみる、とは」

「なら俺でいいだろ。空木からコンセプトは聞いてるし、そもそも担当部署の名前で出してるだろ」

「それはもう釘を刺されてる、あれは今までのデザイナーとは違うだろうって」

 羽柴の指先が自分の腕をやや強く掴んだのか、服に皺が入ったのを傍の空木も見逃さなかった。自分が前いた様な小さな事務所で営業を兼ねるのは当たり前だが、この部署においてそれはない。


 それはある意味珍しい、営業の席にデザイナーが同席して話を聞くのが珍しくない職場で、この会社はそれこそ羽柴にしかそれを任せておらず、他のデザイナーは仕事を受けても彼を通してメール上の遣り取りしかしていない。

 無茶苦茶な形態で働いている様な部下達の結束が固いと楚良が感じるのは、いざという時に羽柴がこうして前に立ってくれるからだと皆が知っている。


「そんな怪しい話に新人を出せっていうのかお前。何の為に名前を伏せた?こういう個人攻撃をさせない為だろうが」

「理解してる」

「ならどうして危ない橋を態々空木に渡らせようとする?お前は空木の首は賭けないと言っただろ、あの言葉が嘘だというならもう俺は二度とお前の指名には答えないぞ」


 腕組みをした羽柴に冷たく告げられた一條が、僅かだけ瞼を落として楚良の方を見下ろした。当の彼女に少し困惑したげに見上げられて、ごめん、と口から自然に言葉が漏れる。


「言いたい事も分かるけど、この反応は今までにない」

「プラスだって保証もありはしないがな」

「それなら今までと同じ様に断られてる筈でしょ、此処で逃したら多分本当に次はなくなるのは羽柴だって分かってるよね」

「今までと違うからってポジティブに考えるな。お前、もしその場でクライアントから空木を切り捨てるなら仕事をやると言われたらどうする」


 自販機に凭れた羽柴の言葉に、一瞬一條が怯んだ様に見えた。部下を守るのが課長の仕事だというなら、一條だって営業職としてのプライドがある。それこそ会社全体に影響する様なこの仕事を逃すというなら、部下を守れないのと同意だ。


「そんな理不尽なこと――――」

「今までだって充分理不尽だっただろ、Chevalierは。契約額の大きさに曇ってんのか?4回没を出した仕事に新人を出した事でさえもう充分譲歩してるんだぞ俺は」

 羽柴が腕組みを一度解き、手近な机に置いてあった珈琲の蓋へと人差し指をかけて引き起こす。

 開いた瞬間の僅かな珈琲の香りに楚良が瞳を細めた。


「課長…」


「お前は直ぐ一條に同情的になるな?」

「まだ私は何も言っていないと思うのですが」

 羽柴の方へと向き直ってそれを呼んだ空木に、羽柴は何を言うよりも先に溜息を零して同じ様に向き直る。


「大体なんでお前は一條の頼みに即答えるんだ。惚れてるのか」

「今全然関係無いセクハラを受けているんですが、私が恋愛感情を持っているのは兎だけなので心配はないです。それより、此処で断ると立場が悪くなるのは私より課長の方では」

 あっさりと否定した楚良がとんでもない性癖を告げるのは聞かない様にして、相対する羽柴はもう一度深い溜息を吐いた。

 どちらかと言えば、気を取り直す様なそれだったが。


「俺はそれなりの立場だろ、お前よりマシだ」

「でもネガティブな反応だという確証もありませんよ?」

「例えそのつもりできても、お前は営業じゃないだろ。お前の一言で客が激怒って線もあり得るんだろ?そうなると完全にお前の責任になるが、それでもやるのか?」


 開けられた珈琲から僅かな香りが立ち上って、その僅かな間で楚良が視線を外して脇へと目を落とした。

 確かにそうだ、自分の辞表などどうでもよいが、実際はそうではないかもしれない。全員が巻き込まれる事になったらどうするのか、と、言うのは。


「客の前に立てばお前はもう部下や上司は関係なくなる。俺はそんな場所にデザイナーのお前を出す気はないし、一條も大っぴらに客の前では庇えない」

「それは――――」

「お前は黙ってろ」

 何か言葉を重ねようとした一條に羽柴がかけた言葉は鋭く、その声は楚良の方へも降った。


「営業の出方一つで仕事が潰れる事だってあり得る、空木、お前はプロじゃないしそういうのはプロが言い訳するのに任せとけ。大体アポ無しで飛び込んで来てるんだろ?」


「羽柴」

「何だ、お前は黙ってろって言っただろ」

「羽柴だってあのデザイン、埋もれさせるつもりないよね」


 長身二人の睨み合いというのは本当に迫力があるな、等と一瞬失礼な感想が過ぎってこれはいけないと空木が口を閉じた。

 そんな気楽な思考でこの二人を見るのは、余りにも抜けているし場違いだ。


「だからって本人が出る必要が何処にある」

「僕なら聞きたいからだよ」

 缶へと口をつけながらうんざりとした口調で問いかける羽柴に、一條が楚良の方へと瞳を下ろして僅かに微笑を浮かべた。


「4回も没出してきて諦めかけてた所に、あんなデザインが出されてきたら羽柴だってそうでしょ。どんな人間なのかって思うのは当たり前だし自然だよ」

「……お前な、そういうの我が侭って言うんだろうが」

「でもそれ以外僕には考えられないかな。だからそれが外れていた時には、僕の辞表も使っていいよ」


 さらりとその口から漏れた言葉に思わず羽柴が凝固して、楚良は一つ瞬く。彼はやはり営業職なのだろう、強気な台詞と勝負所での押しは流石だな等と思って居る間に、羽柴ががっくりと頭を垂れた。

「お前今までそんな事言ったことないだろ…何なんだ今回は」


「期待、っていうより――――高揚かもね。羽柴だってそうじゃないの?あれは絶対してやった、でしょ」


 何が、とでも言わんばかりに彼女が首を傾げて二人を見上げてみたが、にっこり笑って寄越した一條から答えは返って来ない。

 この辺りは彼の独壇場な気がしてならない、舌打ちをした羽柴が大きく肩を上下させて楚良の方へと視線を流した。


「もうお前を新人扱いするのは辞めだ、お前には貸しがあるし好きにしてこい。どうせ答えも聞きたいんだろ?」

「そうですね、社員証も頂きましたし答えも聞きたいです。あ、でも、これを取れたら私きっと今月営業課でトップに立てますね?」

 手に携えていたままになっていた新しい社員証を首にかけた楚良が、古いものを入れ替える様にして取り去れば、思い出した様に一條の方を見上げて笑ってみせる。


 一瞬だけ瞳を見開いた一條だったが、直ぐにその様子に笑みを零した。


「そうだね、今月だけじゃなくて今期は君の総取りじゃないかな」

「じゃあ決まりだ。今回だけだからな?本当に俺の部下は言う事を聞かない」

「課長が身内に甘いのは私のせいではないです」

 言ってくれたなとばかりに手を伸ばした羽柴がその小さな頭を抱え込んで、ぐしゃぐしゃと髪を撫で回せば辞めてくださいと細い声が上がっていた。


「彼女今から人前に出すんだからね?――――返事をしてくるよ。3階の応接室の前で待ってるから、準備が来たら来てくれる?名刺は無くて構わないよ」

 くるりと身を翻した一條の声が戸口の方から響いて、やっと解放された楚良がぱたぱたと髪やら服を手直しする。

「分かりました。直ぐに行きます」

 頷いた楚良の返事を待ってから、じゃあ、と小さく声を上げた一條は直ぐに閉じられた扉に見えなくなった。


 然程待たせる訳にもいかないだろう、きっともう充分待たせた。アポ無しだと言っても、相手はクライアントである。


「お前、本当に一條に唆されてないだろうな?」

「私は一條さんをそもそも良く知らないのですが、そんなに女性関係が派手だとか人を唆して何かさせようって人なんですか?」

 珈琲缶へと口を当てて一気に飲み干した羽柴から声が聞こえて、ココアの缶を持ち帰ろうと決めた楚良が振り返り、その金髪へと目を向けた。

 楚良が知る限りの一條というのは、見た目は完璧で女性に人気がある割に、無類の兎好きでちょっと抜けている困った人だ。


「そういや馬鹿みたいにモテる癖に私生活でどうこうは聞かないな。人を唆すってのは、まあ、口は回る。さっきのもアレだし、契約数が物語ってるだろ」

「それなら女性関係も口も課長の方が回るでしょう?」

「俺は反対していた覚えしかないんだが」


 女性関係は確かに彼より派手かもしれないが、見た目云々だけなら彼の方だが認めるのは癪だ。もう一つの方はそもそも彼女が全く自分の言い分を聞かなかった気しかしない。

「人間というものは、障害が多い方が走ってしまうものではないですか」

 だからですよ、と、事も無げに零された言葉に思わず虚を突かれて、溜息さえ漏れた。


 前の事務所で経験の割にあの社長が推してくる理由は、多分彼女のこういう部分だと羽柴は痛感する。あの社長は自分を好む人物像を良く心得ていらっしゃる、本当に何故倒産などという憂き目に遭ったのか。人を見る目は確かだっただろうに。

 勝負事というのは営業の仕事だから、楚良の勝負運は是非クリエイティブな方向に向けて取っておいて欲しい。


「お前にとって二徹が可愛い物だという事はよーく分かった。泣いて謝るぐらい仕事をくれてやるから覚悟しといてくれ」

「兎に会える程度でお願いします。私から兎が消えたらこのバイタリティは無くなります」

「…お前は兎から何か吸ってるのか。俺も徹夜の為に兎でも飼うべきなのか?」

「何かの為に兎を飼うなんてそんな不純な動機認めませんからね?!」

「お前の興味はそこかよ!」


 歩き出した羽柴が告げる言葉に本気で楚良に反対されて、もう本当に彼女の人となりが分かってきた気がしてならない。

 新人扱いなんて多分するべきではなかった、最初から部署に馴染む方法を採用したのは絶対に間違いではなかったと。


 オフィスに帰れば近くのコンビニで有名な兎モチーフのキャラのキャンペーンが始まったとかで、社員達が楚良の机の上にキャラグッズの山を作っている。

 楚良がスケッチブックを手に取りつつ、絶対に期待に応えますと言っていた笑顔に、博打もたまには良いものだと羽柴もまた高揚する自分を感じた。

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