透視能力者が見ていたもの 後編

 朝のホームルームのチャイムが鳴る。それでも女性のみで構成されたクラスメイト達は着席せずグループを作り談笑を続けている。その中、里見透のみが教室の窓際の一番後ろの自分の席に着き、机に突っ伏し、ため息を漏らすと眼鏡が曇る。別に生真面目な性格から友人たちとの貴重なコミュニケーションタイムを諦め、そのことに憂えているのではない。チャイムが鳴っても席に着かないクラスメイトたちにうんざりしているからでもない。今日が月曜日であったからでもない。

 悩みは二つとも解決したはずなのに謎のモヤモヤが残っていた。モヤモヤを誤魔化すようにルーチンワークに入った。


「……青、ピンク、水玉、白、ピンク……」


 赤色がないか、必死で探すも見つかりはしなかった。自分のその必死さにモヤモヤの原因が氷解した。難問を解いた特有の爽快感はなかった。どうやら悩みは未だ解決していないようだ。

 クラスメイトのブラジャーの色をほぼ把握したと同時に担任教師が教室にやってきた。眼鏡をかけた女性で一瞬ぎょっとするも前任のような若々しさはなく、行き遅れというよりも行き諦めを感じさせる人物だった。透は視線を下げ、担任の胸元に視点を変える。新任であろうと標的の一人だ。今日の下着は教壇に立つ者として相応しく色は黒で地味なデザインだった。女性だったら見られないところも少しは気にしたらどうだ、と新調した下着を身に着けた透は名前をまだ覚えてない担任の将来を憂慮する。

 担任が入室してから登壇するまでにクラスメイトたちは各々の席で起立をした。


「お早うございます」


 確か古典の担任がどこか違和感のある発音で朝の挨拶を行う。生徒たちは普通の発音で返す。

 着席を許されると同時に透はまた机に突っ伏した。


「えー、突然ですが某の挨拶より先に転校生を紹介したいと思います」


 クラスメイトから困惑の声が上がる。

 担任は同情するように、


「そうですよねー、驚きますよねー。某も今朝教頭から話されたんですよ。いやー吃驚。それではご紹介しましょう。中へお入り下さい」


 扉が開き、転校生の姿が見えないまま扉が閉まる。

 教室の前側の席から歓声があがる。

 黄熟した麦のような金髪、光が突き抜けていくような透明な白い肌を持ち、その上、両目に異なる色の宝石を嵌めたようなオッドアイの少年はスカートを揺らしながら登壇し、自己紹介を始めた。終わると担任に指示され、透の隣に近づき、挨拶を始めた。


「改めましてマルコ・マカリスターです。よろしくお願いします」


 突然の出来事に透の眼鏡が鼻先までずれ落ちる。


「…………私、寝ぼけて夢でも見ているのかな」


 透は状況を飲み込めずにいた。彼女は目の前に起きている現象が、羊の群れの中に狼が紛れて仲良く戯れているように現実離れして見えていた。


「な、なんで、いるんだ……」

「それはですね、旅行前にお姉ちゃんとゲームの約束してたんです。それの罰ゲームで」

「そういうこと言ってるんじゃない!」

「いたたたた」


 マルコの頬を引っ張る。痛がっているので夢ではないようだ。


「あの時、叫んでも返事しなかったじゃないか! てっきり、もう会ってもらえないとばかり……!」

「確かに……僕は気付けませんでしたけど、お姉ちゃんが気付いて後で僕に教えてくれたんです」

「な……無茶苦茶な……」


 しかしそれをやってのけるのが憧れて止まない大スターのカレン・リードだ。

 ずれ落ちていた眼鏡が触れていないのに元の正しい位置まで戻る。すぐにこれはカレンの仕業だとわかった。家族の格好を正す、姉仕草だ。

 ふと透の視界がぼやける。透視をしても視界はぼやけたままだった。


「透さん、涙出てますよ? ハンカチいりますか?」


 マルコの指摘通り、透の特殊な眼から大粒の涙が流れていた。


「う、うん……もらう……ちょっと花粉症っぽい……」


 捻くれ者はここでも意地を張る。その涙は花粉症に依って流れてなどいない。

 マルコは嘘を真に受けて、ハンカチを取り出そうとして透から目を離す。

 その隙を見逃さず透は脇の下に腕をまわして抱きかかえる。


 透明人間になると言ったな、あれは嘘だ。


「え、あの、これってもしかして、また!?」


 パニック状態に陥るマルコに対してお構いなしに頬に熱い口づけをした。


「うぇるかむちゅ~じゃぱ~ん」


 里見透十六歳。夢にまで見た青春がこれから始まる。

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