friendly fire
透は家で私服に着替えてから馬詰が運ばれた最寄りの病院を探していた。無謀にも本人に問い詰めようと考えていた。到着する頃には昼を過ぎていた。
本名を名乗っても通してもらえないだろうし知り合いの振りをして面会か、もしくはマルコを探した時のように透視をしながら練り歩いて探そうと考えていたが、最初に立ち寄った受付で馬詰はすでに退院して自宅へ帰ってしまったと知り出鼻をくじかれる。住所を聞こうとしたが知り合いなのにそれを知らないと怪しまれそうなので早々に立ち去った。
次に事故現場に向かうついでに道中にある中華料理屋に立ち寄る。入り口に準備中の看板が立てかけてあったが戸が開いていたので一声かけてから入る。
「あの……空いてますか……」
弱々しい声が出た。入店直前に知っているおばちゃんが店番しているとは限らないことに気付き、億劫になる。
「おや、こんな時間に珍しいね。さぼりかい?」
準備が済んだのか、さぼっているのか、おばちゃんは客席で堂々と新聞を読んでいた。
「ごめんなさい、見逃してください。今日はこの前のお勘定を払い直そうと思いまして」
「別にいいのにー。今更ー。計算が面倒くさいからそれぐらいオマケしておくよ」
「でもこの通りレシートもありますし」
「それよりも今日は妹ちゃんと一緒じゃないの。すっごい可愛い外国の子」
「妹……? 弟じゃなくてですか?」
「あれ、男の子だったかしら。スカート履いてたからてっきり女の子かと。いやぁね、最近どうもぼけてきちゃって」
「ああああ妹です、妹で合ってます! いやぁ、やんちゃすぎて妹だってこと忘れちゃうんですよ! お姉さんの記憶は正しいです、はい!」
必死で誤魔化した。危ないところだった、念動力だけでなく性別も隠さなくてはいけないことを失念していた。
「……あなた、話してみると案外明るい子ね。いっつも一人で黙々と食べてたから、友達がいないんじゃないかと思ってたの。余計な心配だったかしら」
「えへへ……」
誤魔化すように愛想笑い。察し通り、友達がいないとは言えなかった。
「妹ちゃんとまた来て頂戴。お代払いたかったら二人以上で来なさい。また餃子オマケしてあげるから」
「餃子? おまけ?」
「やっぱ気付いてなかったかしら。あなたがいつも頼むラーメン半チャーハンセットには餃子付かないのよ」
「え、なんでオマケしていただけたんですか」
「そりゃあね、いつも一人の常連さんが初めてお友達を誘ってくれたんだもの。うちの店を紹介してくれたんでしょ」
紹介した理由が味ではなく、漫画雑誌であることは口が裂けても言えない。
「だからまた来て頂戴。待ってるから」
「……はい、ありがとうございます」
お礼を言い、中華料理屋を立ち去り、今度こそ事故現場に向かう。
おばちゃんの誘いは嬉しかったがあまり乗り気になれなかった。胸だけでなく胴回りが原因で下着交換する羽目になりそうだからだ。しかしまた来たいとは思っていた。今度は使命感ではなく、ただ純粋にそう思えた。
昼過ぎの事故現場の交差点は国道で道幅が広く直線に伸び車通りが多く交通状況は渋滞気味だった。しかし早朝の時間帯なら車が少なく、信号に捕まらないよう飛ばして走る車が出てくる。青信号で飛ばしている最中に信号無視の歩行者が突然侵入してきたらと思うと背筋が凍る。
学校で警察官に聞いた話によると赤信号で青になるのを待っていた馬詰は急に後ろから押し倒されたかと思うとそのまま地面に押さえつけられたと証言している。通りかかった車がもう少し大型でブレーキを踏むのが遅くければお煎餅になってしまっていたかもしれない、と不愉快なおっさんは楽しそうに話していた。
現場に足を運んで得られた情報は一つのみだった。現場付近に事故車以外にグレーの自動車が停まっていたらしい。これはガリガリに痩せた九十代のおじいさんの証言だった。他にナンバーなどの情報を得ようとしたが、色しか覚えていないらしい。グレーの車など、日本中にいくらだって走っている。何の手がかりにもなりはしなかった。
「早速手詰まり感が出てきたぞ……」
そう言って、はねた髪を乱暴に指で梳く。
現場に着いて情報を収集していると同じように目撃情報を集めている警察官数人を見かけられた。学校を早退して事故現場にいるとなるとよくある犯人は現場に戻ってくるという謎の風潮で見つかれば怪しまれる。あまり深く情報を集められなかった。
こんな時、マルコがいればもう少しやりやすくなるだろうが、彼は側にいない。例え、いたとしても頼ることは出来ない。脅迫文のことを教える訳にも巻き込む訳にもいかない。あの手紙は自分に対しての脅しであり、むしろ一緒にいるほうが彼に危険が及ぶかもしれない。
行き詰まったので気分転換をしようと自動販売機で買ったジュースを飲んでいると、向かいの歩道にクラスメイトが歩いているのが見えた。
「あれって土尾煌……?」
彼女も平日の昼間に私服で街を車輪が付いたキャリアケースを引きながら出歩いていた。荷車が荷車を引っ張っている。
学校を休んでこれから旅行だろうか。なんと良いご身分なんだ、と元気に早退した自分を棚において嫌味を考えつく。そんな彼女の下着は何色か。今朝は行わなかったルーチンワークを今ここでする。
「意外に派手な色してるな……」
結果は上下共に赤という持ち主とギャップのある色だった。続いてキャリアケースの中を覗くとこれまた大きな赤が見えた。鞄の中にいっぱいの赤い下着が詰め込んであると思ったが、それは見間違いであり、正しくはポリタンクが入っていた。中に何の液体かは正確に認識できないが水のように透明だった。
明らかに怪しい。大量の液体を持ってどこへ向かうのか、気になり、ほんの少し胸に湧いた不安を払拭するべく尾行することにした。
透視能力は尾行にも役が立った。目標人物が歩いて移動しているなら絶対に見失わない。新たな発見に少し喜ばしく思うのも束の間、土尾が足を止めた。そこはただの一般の一軒家だった。彼女の自宅かと思ったが、表札は馬詰と書かれていた。
全身の血流が止まったようだった。嫌な予想、妄想、仮説が頭の中で出来上がる。
まさか、と思ったが黒幕はあの地味で冴えない土尾なのだろうか。確かな動機が彼女にはある。彼女は馬詰に隷属し、学校ではパシリ、休日も荷物持ちをさせらていた。何の理由でそうなったかはわからないが恨んでても不思議ではない。自分も馬詰には恨みがあるから気持ちはわかった。できるなら、いないほうが助かる。
馬詰の家に来て、もう一度試みようとしているのかもしているのかもしれない。できるなら間違いであってほしい。彼女が馬詰を事故に見せかけ、殺そうとするような人物ではなく弱気なままの人物であってほしいと傲慢にもそう願っていた。体育でたまに組むぐらいの仲だが、それでも顔なじみには違いない。特に友達の輪がビーズのように狭い透にとって土尾はただのクラスメイトではなく、一方的だが特別な存在だった。
嘘であって欲しい、と思いながらも最後まで信用できずに足が動いていた。
「土尾、こんなところで何してるんだ!」
後ろから大声で名前を呼ばれ電気ショックを受けたように土尾の体が跳ね上がった。その隙にキャリアケースを奪う。キャリアケースから異臭が漏れていた。
「ダメ! 見ちゃダメ、里見さん!」
予想はしていたが開けて液体の正体がはっきりした。
「……まさかお前、これで馬詰を殺す気じゃないだろうな」
目を見ているが彼女の思考は透視できなかった。
「それと……お前、私と同じ、超能力者なのか」
「なんでそれを……!」
返答をじっと待つ。透は聞いておいて何だったが、同時に聞きたくもなかった。聞く前にその場から逃げ出したくもあった。知人の知らない一面を見たくなかった。知ることで日常が壊れてしまいそうで怖かった。
強い風が三回ほど吹き去り、ようやく土尾が重い口を開いた。
「……そうよ、馬詰さんに仕返ししてやろうと思ったの」
あぁ、やはり彼女が黒幕なのか、と透の中の希望がロウソクの火のように呆気無く消えた。
「馬詰は確かに嫌な奴だ」
七不思議の正体、トイレ破壊の犯人、丸々勘違いして名前を伏せずにネットにばら撒いた嫌な奴だったが、
「でも殺すほどでは」
透の諭しに土尾は耳を貸さなかった。
「事情を知らないからそんなこと言えるのよ! 私は中学からずっと、ずっと馬詰さんに脅されてたの! お前の超能力をばらされたくなかったら、言いなりになれって!」
涙ながらに絶叫する。
「私にとって超能力は不幸の元凶なの! 全部、全部、全部、超能力が悪いの! でも超能力は消えない! だからこうでも、超能力で復讐でもしないと気が済まないの!」
わからないわけがない、むしろそれは、
「土尾さん、同じだよ。私も超能力は貧乏くじだと思ってる」
教室ではそよ風でも散りそうな影に咲く花のような幸薄そうな彼女が顔を歪めてヒステリックに叫び、手を振り上げた。
「同じなわけないじゃない! だってあなたは登録してて、肩章まで付けてるじゃない! 愚図な私とまるで違う!」
透は手痛いビンタを食らった。柔道部の掴みは躱せたのに、格闘技とは無縁そうな土尾のビンタを躱せなかった。
土尾煌は超能力者国家登録していない。俗称として野良と呼ばれている。
中学生の頃、彼女は過去に親友と呼ぶに値する人物を慣れない超能力が暴走し傷つけてしまい恐れられ疎遠になってしまった過去がある。それ以来、誰も傷つけないように超能力は封印している。しかし親友は超能力を黙っていたが、暴走した現場を最悪にも馬詰に目撃され、脅されるようになってしまった。
土尾にとって超能力とは水をかけても消えない火のような存在だった。消すにも消せない、放っておいても炎のように広がっていく。
「ぶっちゃった……ご、ごめんなさい……」
手を出してしまったことで頭が冷えたのか、ヒステリックが鎮火した。
「里見さんお願い見逃して……これはあなたのためにもなることなの……あなただって彼女を恨んでるでしょ? 私が代わりにするから……不幸の元凶の超能力は消えてくれない……だから消える馬詰さんを消すの……大丈夫、死にはしないよ……千載一遇の好機なの……ビンタのお詫びは何でもするから……」
思考の透視が全く通用しなかったが、一点だけわかることがあった。その一点を信じ、透は応える。
「……わかった」
強奪したキャリアケースをあっさりと返す。
「ありがとう、里見さん……」
「だけど条件がある」
透は今度は玄関に立ち塞がった。腕を組んで、ふんぞり返る。
「殺すなら私も殺すと良いよ。今ここで」
「……冗談だよね」
「好都合じゃない? だって目撃者を消せるんだよ?」
「そんな……私……」
「あー殺されるなら超能力が良いなー。普通にナイフで刺されて大量出血死じゃなくて、もっと派手に死にたいな」
恐怖に土尾は後退する。狂い始めた透が怖いわけではなかった。
「できないよ……殺すなんて、できない……」
自分が人を傷つける、命を奪う行為が怖くなっていた。不思議だった、先ほどまで計画を進めていたのに。機械のように感情なしで動いていた自分が怖くなった。
「へーそう、じゃあ、殺してくれないなら私が殺してあげようか。超能力で。ド派手に」
土尾にじわじわとにじみ寄る。森の中で足を怪我し逃げられない兎とそれを見つけた狐のように追い詰めていく。
「どうしたの、ほら、反撃しなよ」
肩を掴んだ。もう逃げられない。狐の牙が皮膚に突き刺さり抜けなくなる。
しかしこんなに隙を見せても反撃のビンタはなく、ただ土尾は涙を流すだけだった。
「殺すなら……殺してよ。これ以上誰かを傷つけるくらいなら、殺されたほうがいい……」
手を力を抜くとと土尾は膝から崩れ落ちた。本当に抵抗の意思はなくなっていた。
先に手を出してしまったのは自分だ。後は煮るなり焼くなりグリルにするなり好きにすればいい。またやってしまったのだから仕方ない、また性懲りもなく人を傷つけてしまったのだから報いを受けなければいけない。
「土尾さん……いや、土尾」
透視せずともわかったこと、それは土尾煌は人を殺せないことだ。ロウソクの火はまだ消えていなかった。
泣き崩れる彼女をそっと抱きしめた。
「……間違ってたら悪いんだけど、嫌われるのが嫌なだけじゃないの?」
腕の中で体が跳ねた。どうやら図星だったようだ。恥をかかずに済んだ
「土尾は間違ってない。身の丈以上の力をちゃんと使いこなしている。いつだって馬詰に復讐できたのに我慢できてたんだ。我慢できてたのはお前が優しいから他ならない。優しい人間を誰が嫌うんだよ」
馬詰と土尾の力の上下関係は実際には逆だった。馬詰は土尾にとって歳の離れたワガママな弟のような存在だった。いつでも仕返しできるが、それに伴い馬詰に大怪我を負わせてしまう。だからずっと耐えてきた。それでも我慢の限界はいずれやってくる。
「復讐じゃなくてさ、不意打ちじゃなくてさ、一騎打ちの喧嘩をやるべきなんじゃないか。喧嘩で馬詰に大怪我を負わせたとしても私はお前を嫌ったりしない……同じクラスで、同じ悩みを持ってて、同じ超能力者で、同じ嫌いな奴がいる…………友達だから」
最後の一言に自信がなく、早口でか細くなった。それをごまかすように、
「ピンチになったら私も加勢するから」
一言付け加える。その一言がツボだったらしく、土尾は笑みをこぼす。
「……良いこと言ってるのに、最後で矛盾して全部台無しだよ」
突風が吹き起こり、思わず目を瞑る。目を開けると目の前には友と呼ぶにふさわしい人が確かにいた。夢ではなく、現実にいた。幻ではない。お互いをわかりあえたとは言えないが、お互いを傷にほんの少し触れ合えた。
二人は微笑み合う。それを引き裂くように、
「誰だ! 人の家の前で騒いでるのは!」
馬詰がドアを蹴り破って家から出て来た。
「あ、なんだ、里見透と土尾じゃねーかよ」
今日の彼女は非常に苛ついていた。
透はいつぞやのように飄々とした態度で話しかける。
「見舞いに来てやったぞ。元気そうで何より……あれ、元気すぎない? 骨折すらしてない? もしかしてなんだ、傷は両膝の絆創膏だけか。それで私を人殺しって叫びまくったの? 酷い奴?」
「うっせー!」
激昂し、顔が真赤に染め上がる。
「しかし飛んで火にいる夏の虫だな、里見透。警察から聞いたぜ、お前、透視能力なんだってな」
「イエスでもあり、ノーでもある」
「いいさ、別に。ネットに広めてもただお前がちやほやされるだけで何の楽しくもない。今日は気が立って仕方がないんだよ。念動力者探すのは後回しでまずはお前をボコボコにさせてくれよ。土尾、手伝え」
「そのことなんだけど馬詰さん、もう透ちゃんと関わらないでくれる?」
「あ? お前誰に」
「というかもう話しかけないでくれる?」
荷車が口応えしたことに怒りが増す。ポケットから折りたたみナイフを取り出した。
「やばっ、煌、一時撤退だ」
しかし煌は一歩前進した。ナイフに素手で立ち向かおうとしている。
「大将はそこで見てて」
「いやいやいや!! 土尾煌さん冗談きついっすよ!!!」
煌の手を引こうとするが、
「本当に大丈夫だから、ね」
眼鏡越しにウィンクをされる。相当念動力に自信があるのかもしれない、と何度も言い聞かせながら引き下がる。今度は最後まで彼女を信じようと思い、手を貸さないよう心がけた。
ウィンクした後に煌は落ち着いた様子で馬詰を真っ直ぐと見据える。
一方は武器を持ち体格が大きく、一方は丸腰で体格が小さい。この差を超能力だけで縮められるとは到底考えられない。しかもこの二人の関係はいじめっこといじめられっこだという。
西部劇のように風が吹き起こる。タンブル・ウィードの代わりにアルミ缶が転がる。
先に動いたのは馬詰だった。昂ぶった感情を抑えられなかった彼女は激情に任せて中腰でナイフを煌の腹を目掛けて伸ばす。
煌はそれを避ける動作ひとつもしなかった。ただ少し片腕を振る。迎撃はひたすらシンプルに手刀で、剣道の小手のように見事に馬詰の手首の痛みの走るツボを捉えた。
「ぐっぁ」
馬詰は激痛に堪えかねて呻くより先にナイフを地面に落とす。拾おうとする前に煌はナイフをつま先で蹴り、サッカーの股抜きの再現をする。
「鈍臭いんじゃない、馬詰さん」
教室では壁際に溜まる埃のような彼女には考えられない、自信に満ちた誇らしげな笑みを煌は浮かべる。
とっておきのナイフを封じられ益々馬詰は激高する。今度は吠えながら両腕を広げて襲いかかった。身長差や理性を失った表情がさながら熊のように見えた。
「隙だらけよ」
覆いかぶされる前に煌は瞬時に腰を屈めて猛獣の鳩尾に一発、弾丸のような正拳突きを決める。
「うががが」
呻きながら蹲ろうとする馬詰の鼻先に何かが掠る。本人はそれを近く目の前にしながら何が通り過ぎたか認識できなかった。見えたのは大きく翻ったスカートの中の赤い下着。その後ようやく自分の眼前を通り過ぎた何かの正体が煌の足先だとわかり、すでに通り過ぎたにも関わらず身体が遅すぎる反射で後ろに仰け反った。持ちこたえようとしたが身体が上手く動かせない。
馬詰の身体はすでに支配されていた。鳩尾の激痛ではなく圧倒的な恐怖に支配されていた。受け身を取れずに仰向けに倒れる。一瞬は熊のような勢いだったが、煌の前では脅威ではなかったようだった。
「馬詰さん、聞こえる? もし懲りずにまた意地悪するようだったら今度はハイキック、当てるからね」
「…………は……」
「返事は?」
「………は……はい……」
呼吸もままらなかったが辛うじて返事をして気を失ってしまった。
長かった因縁がここに、一瞬にして決着が着く。
「えへへ、やりすぎちゃったかな……?」
煌は照れくさそうに、そして自信なさげに問いかけた。
加勢する必要も暇もなく、ただ見守ることしかできなかった透は、
「超能力使わないのかよ!」
ただツッコミをいれる。
「超能力なしでこんだけ強いなら最初からこうしてろよ! 何イジメられてんだよ、馬鹿!」
唾を飛ばしながら詰め寄った。
「透ちゃん、怖くないの……?」
煌は懸念していた。今の武力、暴力を見てせっかく友達になれそうな人に恐れら離れていくんじゃないかと思っていた。
「怖かったよ! だって超能力で離れて攻撃するんだと思ってたもん! 怪我するんじゃないかひやひやしたよ! もうちょっと自分の体を大事にしなさい! この馬鹿!」
いくら素人とはいえナイフを持った相手に手刀、正拳突き、ハイキック未遂をやってのけた相手を罵倒する。
それが嬉しくて可笑しくて煌は笑ってしまう。
「笑ってる場合か!」
「透ちゃん、落ち着いてどうどう」
透は煌の両肩を掴んで力いっぱいに前後に振る。
「ごめんなさい。うちが空手の道場なんだけどそこで昔、同い年の男の子がなぜかいっつも意地悪してくるから組手で本気出して泣かせてやったことがあってね、そしたら親にこっぴどく怒られたことがあるの。それから自分の力をセーフするようになったの。それと馬詰さんがその時にいじめてきた男の子とそっくりで被って見えたのよね、だからますます萎縮しちゃっていたの」
前後に振られている最中でも煌は動じずに早口で説明した。それを見て、聞いて、透は怒っている自分が馬鹿馬鹿しく思え、煌を開放した。
「それに、馬詰さんって顔が広いでしょう? そして同調する人も多い。彼女の気分次第で誰かを孤立するように仕向けられる……脅されたときもうそう。親友がどうなってもいいのかって」
「なるほど……こいつの真の恐ろしさはそこにあったのか……」
外面が良く、教師からの信頼も得ている。もしも悪さをしても大目に見られることも少なからずあった。
考えるだけでその理不尽さに不愉快になるので話題を変える。
「……そういえば大量の紙袋をぶら下げても平気な顔で歩いていたっけ。鍛えてんの?」
「毎日学校から帰ったら夜まで最高師範のお父さんと組手するのが日課なの」
聞いていないのに強さの秘訣を教えてくれた。
何はともあれ、お互いに大した怪我がないまま、無事に問題は集結したと思い、安堵のため息をこぼす。
「馬詰に勝ったから良かったけどさ、私的には煌が超能力で活躍するとこ見たかったな。ナイフで襲い掛かられたら念動力で素早く奪い取るかと思ってた」
「え? 私の超能力は念動力じゃないよ?」
「え、またまた。念動力で事故を起こさせたのは……」
「念動力で交通事故? 何それ、初耳なんだけど」
最初は惚けているのかと思い、思考の透視で確認したかったが、彼女にはそれが効かない。シンプルに訊いてみる。
「学校で話題になってただろ? 馬詰が念動力で事故に見せかけて殺されかけたって」
「ごめんなさい、今日は家の事情で休んでたからよくは知らないの。馬詰さんが事故で早退してきたって話はお母さんから聞いてたけど、超能力が関係してるとまでは知らないよ」
もう一度両肩を掴んで詰め寄る。
「そ、それじゃあ、早朝はどこにいた」
「私、低血圧だからいつも八時前に起きるの」
「それじゃあ、それじゃあ、煌の超能力は……」
「私の超能力は発火能力。英語でパイロキネシスだよ。待ってて、今から実演するから」
煌は一枚のティッシュを取り出して手のひらに広げる。そして念じると、虫眼鏡で太陽光を集めて出来るような虫食い穴がポツポツと何箇所にも出来た。その超常現象は間違いなく超能力に寄るものだがしかし、
「…………え、これだけ?」
超能力にしては地味すぎる。正直、透視よりショボイ。
「これでもセーフしてるほうなんだよ。昔はね、コントロールが効かなくてね……」
土尾煌は遠い目をした。その目は旧友を思い出しているようだった。
「親友を……火傷させちゃったとか……?」
「あと少しで全ページ埋まるところだった交換日記を焦がしちゃったの……」
平凡な答えが返ってきて前のめりになる。
ツッコミを入れてはいけない。これは彼女の深刻な悩みなのだから。
「……他には」
「他はないかな」
「ないのか……いや、なくていいんだけど」
頭ではわかっていても、ツッコミが漏れてしまった。このやりとりにはどこかデジャヴを感じる。
ちなみに発火能力は全超能力中の0.001%しか確認されていない超稀少な超能力だった。一方の透の透視能力は全体で二番目に多く割合は25%を占めている。もし発火能力と国家登録し受験すればどんなに偏差値が高い学校でも試験なしで一発で合格に、もしくは誘致されるほどの価値がある。
「あ、私のも教えなくちゃね」
「いいよ、透ちゃんは。ずっと隠してるみたいだったし。名刺交換じゃあるまいし、ね。馬詰さんの言ってたことは忘れるよ」
「……ところでさ煌の下着っていつも真っ赤で派手すぎない?」
「え、そうかな……って、何でわかるの!」
「そういうことだよ、私の超能力は」
煌の気遣いを無駄にしたくなったがこちらからも教えなくてはいけない気がした。
「わかった、そういうことにしておく」
教え合った後に二人は協力して馬詰を玄関まで運んでやる。その際に落ちていたナイフは透が預かることにした。目が覚めたら襲ってくるかもしれないので念のためだった。
その後、二人は別れることになる。
「透ちゃん、気を悪くするかもしれないけど教えてくれないかな。事故を起こした犯人は私だって疑ってたんだよね」
「そうだったね、まだ謝ってなかったね」
「ううん、そうじゃないの。犯人と疑っていたのになんで『殺せ』って言えたのかな。私が怖くなかったのかなって」
思考の透視が通用しなかったのに、どうして彼女をあそこまで信用できたのか透にも謎だった。少し省みて仮説を編み出した。
「……なんというか自分でもわかりにくいけど殺気を感じなかったんだと思う」
「殺気?」
「本気さでもいいかな。衝動的とはいえ、あまりに杜撰でさ、まるで止めてほしいように見えたんだ。まず馬詰の家に向かうのに
顔を隠さず、人の通り多い道を歩いていたところが腑に落ちなかった。旅行客として偽装してたのかもしれないけどシーズンは過ぎてるし平日だし女性一人旅行ってのも微妙かなって。何だか知り合いに見つけてください、声をかけてくださいって感じがした。あとは大声で叫んだりして、中の住人に気付いて欲しかったんじゃなかったかなって。結果的に馬詰が出てきたしな」
「どれも全部、理由として曖昧じゃない?」
「まあ一番はビンタした後に謝ったことかな。なんてヘタレな奴なんだって思った。まあこっちは大ハズレだったけど」
未遂とはいえ顔面にハイキックができる女だったとは。
「透ちゃん、将来探偵になるといいよ。名探偵になれるよ」
「ありがとう。でも人の秘密を暴いてお金を稼ぎたくないかな」
しかし今やっている任務はまさしく探偵と言えるのだから皮肉だ。超能力も戦闘ではなくこういう調査に向いている。煌は褒めてくれるが交通事故の犯人も脅迫文の捜査もカレン・リードの捜索も振り出しに戻った。
「お礼は言わなくちゃいけないのはこっちだよ、透ちゃん。今日は本当にありがとう」
煌は笑顔でそう言った。名前に勝るとも劣らない煌めく笑顔だった。
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