一小節に満たないセレナーデ
月曜になり、透とマルコはいつも通りに登校する。いつも通りに靴を履き替え、教室に向かい、席に座る。そしていつも通りに透は二度寝の体勢に入ろうとしたが、一時中断。今日は何かがおかしい。いつもより教室が静かで、眠るにうってつけだったが違和感を感じた。背中に視線を感じ、振り返ってみると幾人かが顔を背けた。
「……ねぇ、マルコ。私の背中に貼り紙とかある?」
「いえ、ありませんけど」
「そうか、それならいいんだが」
独自に視線の理由を考えていると元凶の方から歩いてやって来た。
「やぁ、里見透。おはようさん」
燻製にされたはずの馬詰が上機嫌にいつもはしない朝の挨拶をしてきた。勘で、こいつが違和感の原因だとわかる。
寝起きでカツカレー大盛を食わされたような胸焼けを感じながら透は対応する。
「これはこれは馬詰さん。ご機嫌麗しゅう……今日は随分とご機嫌なようで。何か良いことがありまして」
「いやー、ずっと喉の奥にひっかかってた魚の骨が取れてさ」
「……へぇ、この私に具体的に教えていただけませんこと」
「クラスメイトの超能力が何なのか暴いてやったのさ」
心臓が飛び跳ねた。まさか昨日の一件で透視能力者だということを見抜いたのか。それともマルコが念動力だということだろうか。やはり昨日の行為は軽率すぎたか。
クラスメイトたちの視線が馬詰に集まる。マルコも横目で事態を見守っている。
「この俺がいつまでも気付かないと思ったのか、甘いな!」
馬詰は透を指を指して大見得を切る。
「里見透! お前が念動力者だということはとっくに見抜いているんだよ!」
透はこの時思った。
(……あぁ、馬鹿で良かった)
「紙袋を俺に当てたのお前だろ? そうだろ?」
馬鹿は放っておき、この視線の理由を今一度考えようとしたが馬鹿のほうから話してくれた。
「お前が念動力者だということは学校の裏サイトやSNSのグループトークで拡散してやったからな、どこにも逃げ場はないぞ」
自信満々で嘘の情報を流している。呆れるのを通り越して尊敬してしまう。否定しても良かったが、この嘘は力を暴走させてしまうことのある未熟な念動力者のマルコにとっては好都合かもしれない。クラスメイトの目を欺くにはうってつけだった。
「……あっそ。どこにも逃げないけど」
肯定も否定もしなくても噂は勝手に広まり、そのうち消えていくだろう。しかし長引くだろう。人間は噂が大好物だ。学生ならどこの参考書が良いか、とか次のテスト範囲とかせめてアイドルの恋愛事情で盛り上がってほしいが現実はそうは行かない。身近な存在なら逐一新たな話題が提供される。積極的だろうと消極的だろうと誰かが会話間の沈黙を嫌ってそういえば、なんて前置きしてから噂する。
「とぼけても無駄だぞ、証拠はいくらでもあるんだ」
馬詰の狙いはとにかく透の不利益を及ぼすことだけだった。ここまで執着する理由に大義も遺恨もない、ただ純然たる悪意が心を蝕んでいた。
「もう平穏な人生は送れないと思えよ。覚悟しておけ」
捨て台詞を吐いて立ち去ると土尾が教室の中に入ってくる。チャイム直前のたった今、登校したようだった。透と土尾ははっきりと目が合う。土尾が先に目を逸らす。
(証拠はいくらでもある、か……)
馬詰の言葉が気になった。土尾が証言、あるいは助言したのだろうか、里見透は念動力者だろうと。
透は土尾と少なからず親交があり、そして好いてる部分もあった。それは個人的な事情だ。彼女には思考の透視が通用せず、気疲れなく接せられる数少ない隣人だった。だから決して盾となり守ろうとしたわけではないがナイフを躱そうとする行動が鈍ってしまった。別に借りを作ったつもりはないが、もし馬詰に助言、証言したのだとしたら、それはちょっとした裏切り行為なのではないかとほんの少し思った。
(勝手に期待して、勝手に裏切られた気になって……いかんな、いかんいかん)
天パ気味の髪をかきむしる。せっかく今日は噴火レベル1なのにまたもぼさぼさになってしまった。
「透さん……あの」
マルコが心配して声をかけてきた。
「僕にできることがあったらなんでも」
「グッモーニン! はい、皆さん席についてー! チャイム鳴りますよー! 鳴る前から教室にいるなんて私ってば勤勉!」
言いかけたところで物部にかき消されてしまう。
「また後で聞いてあげる。今は席に戻って」
「……はい」
朝のホームルームのチャイムが鳴る。教室の空気と裏腹に間の抜けた音をしていた。
馬詰の思惑はじわじわとその効果を発揮した。張子の虎が倒れて威を借りていた狐を下敷きにしてしまう事態に陥っていた。
書き込みの内容が旧校舎のトイレ半壊事件と念動力者疑惑の透が結び付けられて全校生徒に容疑者として疑われているようになってしまった。
廊下を歩くと生徒の反応を大きく分けて二つ。噂を鵜呑みにし目を合わせないように忌避する者、そして噂を半分信じ興味深めに遠くから観察する者。
この学校に超能力者里見透を知らない者はいない。しかし彼女のことを真に知る者もいなかった。
このような人気者状態に陥るのは初めてではなかったが、トラウマを蘇らせるには充分だった。
「馬詰……この展開は予想してなかっただろうがお前の一手は効果覿面だぞ……」
下手なツボ押しマッサージを処置されてるような片頭痛が発症する。
マルコは杖のように側に付き添っていた。
「それでは保健室へ行きましょうか。あそこなら人が少ないですしゆっくり休めるはずです。僕……私もついていきます」
その移動の最中、とある二人組が透たちを呼び止めた。
「おや……まさかお二人は今学校で有名な透さんとマルコさんでいらっしゃいますか」
制服のリボンの色からして透より一つ上の三年生。二人とも眼鏡をかけていたが話しかけてきた一人は丸眼鏡、もう一人の無言を貫く生徒は四角の眼鏡をかけていた。
「えと……どなたでしたっけ……見覚えはあるんですけど」
透の言葉に四角の眼鏡の先輩が瞳を三角にして叱る。
「あなた、自分の学校の生徒会長も知らないんですか!」
大きな怒鳴り声にますます頭痛が酷くなる。
「まあまあ、就任してからまだ一か月ですから。怒るほどではありませんよ」
丸眼鏡の女性は襟を正し女子高生らしからぬ気品ある挨拶を見せる。
「初めまして、私は武蔵(むさし)武蔵(たけぞう)と申します。華枕女子の生徒会長です。そしてこちらが副生徒会長の大和(だいわ)大和(やまと)ちゃん。怒りっぽいけど本当はいい子なので仲良くしてあげてね」
「ちゃん付けはやめてください。仲良くなるつもりもありません。不良疑惑生徒とは特にね」
透は直感する。これは偶然と装い、挨拶と見せかけた視察なのかもしれないと。
旧校舎のトイレの半壊事件。あれの犯人として疑われているのかもしれない。
しかし彼女たちが何の目的で会いに来たか、結局実証できなかった。思考の透視をしても彼女たちの考えがわからなかったからだ。
(片頭痛のせいかな……使いたいときに使えないなんて役に立たないにも程がある……)
「透さんが不良疑惑とはどういうことですか。説明してください」
大和は眼鏡をくいっと上げてから説明する。
「居眠り90回、遅刻未遂86回、宿題提出期限切れ33回……これでも文句ある?」
「透さん、居眠り90回、遅刻未遂86回、宿題提出期限切れ33回とは一体どういうことですか? 説明してください」
「なんてこった、マルコが一瞬で大和さん側についた……」
武蔵が口元を隠しながら無邪気に笑う。
「うふふふ、面白い人ですね。今後とも仲良くさせていただけませんか、透さん」
「え、私ですか?」
「驚くことですか?」
「あんまり慣れてなくて。みんなはマルコと仲良くなりたがるので」
最初の三日間は特にすごかった。廊下を歩くだけで歓声が上がる。アイドルと勘違いしてるのかスマートフォンで勝手に撮影しようとする輩もいた。
対策として透が側に立つと熱狂的なファンは激減した。今は彼女が話題の人になっているがマイナスイメージの側面を持っているため近寄ろうとする人間はいなかった。
「外国人は珍しいですから……それも飛び級となるとみんな珍しがるんです。まあその中に私も含まれてましたけど」
「言われてみればそうですね。確かに皆さんから見れば外国の小さな子が学校にいるというのは非日常に映るかもしれませんね」
武蔵の感覚のずれた発言に大和が補足する。
「彼女は小学生まで櫻濱(さくらはま)市内のインターナショナルスクールに通っていたんだ。まるで貴族の上から目線に聞こえるが至って悪気はない。許してやってくれ」
「大和ちゃんの発言こそ嫌味に聞こえるな」
「だからちゃん付けはやめてください」
「良いじゃない、友達なんだから。それと透さん、あなたともぜひお友達になりたいな」
武蔵は透の手を取る。
「あなた、超能力者なんですよね? 本当の本当に超能力者なんですよね? 能力は何かしら、王道の念動力? それともクールな瞬間移動? それともいぶし銀な透視能力!? はたまた予知能力者!?」
「あ、あの……」
旧車(クラシックカー)を目の前にしたマルコに似た目の輝かせ方をしている。純然たる無垢な好奇の目を向けられると思考の透視が始まらなくても目を逸らしてしまう。
「あぁ、言わなくてもいいの! 大丈夫! 言いたくないならそれでいいの! わかってるよ、秘密にしてるんだって! ……でもいつかこっそり教えてほしいな、なんて。私こう見えて口は固いほう。だからこそ信頼を得てなりたかった生徒会長になれたの」
「は、はあ……」
「でもね、いくら努力しても叶わないことはある。そのうちの一つが超能力者になることとか。だから透さんがとても羨ましいの。だって稀少な一種の才能ですよ? あと風の噂によると透さんは県内でも好成績を残す超能力者だとか。本当ならなんてかっこいいの! 本気を出せば優秀なのにあえて力や素性を隠す、まさしく能ある鷹は爪を隠す! あぁ、そんな人生送ってみたい! 憧れます!」
片頭痛が隠し切れなくってきた。笑顔の表情が苦痛になる。
汗が滲む。痛みを和らげようとぎゅっと強く瞼を閉めると、アイコンタクトのつもりはなかったが大和が反応する。
「む、里見透。ひょっとして体調が悪いのか?」
ここぞとばかりにマルコが強く出る。
「そうです! 透さんは保健室へ行く最中です!」
透が相当な痛みを感じてると気づき、緊急性があると理解した。
「あぁ、ごめんなさい。全然気づけませんでした。止めちゃって本当にごめんなさい。こんな時に超能力があればもっとお互いの為になるのに」
道を譲る武蔵。自分が思ったよりも症状を悪化させている自覚はない。
「いえ私こそもっとすぐに話すべきでした。それじゃあ失礼します」
やっと解放された。そうほっとした瞬間だった。
「体には気を付けて。あなたは第二のカレン・リードになれる逸材なのかもしれないんだから」
「……」
振り返らずに聞こえなかったフリをして会釈も手も降らず足を早める透。平穏な生活のために自分を曲げて話を合わせることも辞さない彼女だったが、この時初めて先輩の言葉を無視した。
保健室に逃げ込んだ瞬間、空のベッドに倒れこむ。靴は脱がずに布団を掴んだままロールして、ちくわの中のキュウリになる。もう誰ともしゃべりたくなかった。話しかけられることも声を聞くことも拒んだ。
「透さん、お行儀悪いですよ」
「……」
「透さん?」
しかしマルコの言葉は無視できなかった。
「ごめん、マルコ……気分悪い……もう早退する……」
「悪化したんですか?」
「そう。生徒会長さんと話してたらね。あの人、苦手。もう会いたくない。帰りたい」
悪気はないにしてもおだてられようとストレスには変わらなかった。
「悪い人には見えませんでしたけど」
マルコは変わらず側にいた。しかしこの場合いないほうが正解だったかもしれない。
「マルコにはわからないんだよ。完璧に超能力を隠せてるから。あーだこーだ言われない自由の身。晒し者の身にもなってよ」
この状況の原因はマルコにある。彼が念動力を暴走させたから旧校舎のトイレは半壊した。もっとも暴走させた原因が透にもあるのは明白だが。
どちらが悪いか、責任かと追及しても何の得はない。二人はそれをわかって沈黙する。
しかしマルコにもわからないことがあった。
「どうしてそんなに気分を悪くするんですか。皆褒めてくれるのに」
責め立てるように透に質問を投げかけた。超能力のことを明かせない身として彼女の立場が正直羨ましかった。できるなら代わってあげたいぐらいだった。
別に彼はちやほやされたいわけではない。厳密には全く賞賛されたくないわけではない。人並みの承認欲求はあるがしかし自らを超能力者と名乗り堂々と存分に力を発揮したいのに叶わずにいる。
それなのに何のしがらみがないはずの透がこそこそと隠れ、少し褒められただけで体調不良になってしまう軟弱さに少しのいら立ちを覚えていた。
「……」
透は何も言わず靴を脱ぎ、布団を被る。より守りを強固に、カタツムリのように頭まですっぽり隠す。
「何が嫌なんですか。カレン・リードって持て囃されるのが嫌なんですか」
マルコの追撃を止めたのはケイトだった。
『やめなさい、マルコ』
「ですが」
『元気だけが取り柄みたいな馬鹿がこんな風になるってことはそれなりの訳があるのよ』
「わかってます……わかってますけど」
知っているとも。言われなくとも透が透視能力を隠し続け人との関わりを避けていることを知っている。自分との会話には遠慮がなかったから忘れそうになるけども裏に何かを抱えていることを知っている。
『あなたにはわからないことでしょうけど超能力をもつことが誰しも必ず幸せじゃないのよ。貧乏くじを引いたと思ってる人もいるの』
「でも! 僕は!」
詮索をしたいわけではない。力になりたいだけだ。だから何に辛く感じ、どうしたいのかを聞きたい。
こんな自分でも微力ながら支えになりたい。
それだけなのに、
『口答えするんじゃありません。透は早退。今日の捜索は中止よ。いいわね?』
取り付く島もない。マルコはただ言うことを聞くことしかできなかった。
「ありがとう、ケイトさん。助かります」
顔を見せない透だったが言葉に落ち着きが戻っていた。
『お礼は結構。カレン・リードに例えられるなんていい迷惑ね』
「あはは、カレン・リードに申し訳ないですね」
『ええ、全くのその通り』
「……あはは、わかってはいましたけどえげつないですね」
自分はバカですと言いながら他人にバカと言われたような感覚。
『……里見透、あなたはもうちょっと骨がある子だと思ってたわ』
「何を期待してるんですか。私は非力で無力な超能力者ですよ」
ケイトはそれ以上何も言わず、マルコと一緒に保健室を出て行った。
その日の夜、透は一言も話さなかった。帰っても暗い表情のまま、制服から部屋着に着替え、いつもは騒ぐ夕食ですら静かだった。
「それじゃあ透さん、おやすみなさい」
ケイトの指示通りにマルコはなるべく透をそっとしておいた。先日の約束通り、側を離れなかったが一切の会話はなかった。
傘状の蛍光灯から垂れるヒモを引っ張り、明かりを消した。部屋の借主がケチって橙色に光る豆電球を交換していないため、部屋は真っ暗になった。
今宵は新月。部屋を照らすのは星明かりのみ。四方八方を闇に囲まれ、マルコは少し不安になった。
羊の数でも数えようかと思った矢先、何者かが布団に潜り込んでくる。迎撃しようと思ったが香りと温度で不審者の正体がわかった。
「えへへ、来ちゃった」
透だった。
「寝れないマルコのためにお姉さんが一肌脱いであげよう」
「いいですよ、一人で寝れますよ」
「よいではないか、よいではないか」
透はマルコと体を密着させる。抱きついて身動きを取れなくした。
「ととっとっとと透さん! こういうのはあんまりよろしくないかと暑くて寝苦しいんじゃないでしょうか!?」
「静かに。ケイトさんに聞こえちゃうよ」
口を手で塞がれる。指の先からもしっとりとした良い香りがする。
「二人だけで内緒話したいんだけど、いいかな」
マルコは無言で頷いた。
透は気休めのハンカチを腕時計に被せた。
「まず最初に謝らせて。今日は付き合ってあげられなくて本当にごめんね。ほんの少し昔を思い出しちゃってね」
そっとしておけ、とケイトに言われたが、マルコはそれに納得が出来なかった。
マルコは透に一歩歩み寄った。
「……僕が力になれることはありますか」
「うん、そうだね……それじゃあちょっと愚痴聞いてもらおうかな」
透は深呼吸を繰り返す。そして吐露する。
「日本にはね、超能力助成金っていうのがあるの。診断証明書を持っていけば未成年でも保護者なしで貰えるお金。中学の時に私はそのお金を目的にお母さんに相談なしで登録した。自分のお小遣いのためじゃない。お母さんのために登録したんだ。うちのお母さんは病弱なのに弱った体を騙し騙しで働いてくれて、ずっと私を一人で育ててくれたんだ。だからその負担減らそうと思ってちょっと早いけど自立しようと思ったの」
「立派ですね」
「……立派かな、自立なんて普通のことだからあんまり誇れるもんじゃないでしょ。それに働くんじゃなく皆の税金を貰うことだからやっぱり誇れることじゃあないね。まあそれはともかく、私はもうあなたの手助けは要りませんって言いたかったんだ。学校は授業料全額負担で寮もある学校に一人で通います。自立します。お母さん元気でねってね。お母さんの負担が減るんだからそうした。今の学校には推薦枠で入ったんだ。スポーツじゃなくて超能力者枠で。まああんま納得してくれなかったけど」
「お母さんは喜んでくれたんじゃないですか?」
「まあまずそれよりも」
マルコの問いかけには答えず、透のペースで話を続ける。
「そんでそのうち学校で定期テストが行われるけど私がいなくなるもんだからクラスメイトに登録したことがばれちゃったの。覚えてる? カンニング対策でテスト中は締め出されるの。それが噂になって学校中に広まったの。その頃はまだ超能力が珍しかったんだ。そりゃあもうゴールデンタイムのドラマに主役として出演した子役みたいに持て囃されたよ、何の能力かも知らないでね。皆に教えて教えてって言われるけど言えなかった。ただの透視だったからさ、恥ずかしくて隠してたの。後ろめいたこともあったし」
後ろめたいこと、それは彼女のルーチンワークだ。
「それなのに勝手に盛り上がるんだ、サイコキネシスだのテレパシーだのテレポーションだの。言い出すにも言い出せなくなった」
このような色眼鏡で見られるのは世界共通であり原因の一つとしてカレン・リードにあるとされている。彼女のイメージが強烈で誰もが超能力者は彼女のような熟練した実力者だと勘違いするようになっていた。
こればかりはファンであっても逆恨みをした。
「ごめんなさい。僕も初日に同じことを言いました」
「それはいいの。問題はその先。超能力者だからといって何でもかんでも結びつける奴がいっぱい出てきた。十人分の荷物を代わりに持てだの、家に忘れ物をしたから取ってこいだの、テストに出る問題を教えてだの……。それだけじゃない、教室内で起きるトラブルを全部関係のない私のせいにするんだ。物が消えれば私のせい、物が壊れれば私のせい、給食がまずいのは私のせい、告白してふられれば私のせい。勿論冗談なのはわかってて流していた。透視能力だと公言していればこんなことにはならなかった。そうなったのは私のせいなんだ」
マルコはケイトの言葉を思い出す。超能力を貧乏くじと考える人もいる。きっと……否、彼女こそがそうなのだろう。
「超能力で仕返ししてやろうと思ってもさ、何もできないんだよ。念動力とか瞬間移動ができれば喧嘩に有利だけど、何も出来なかったんだよね」
透視能力という使いようによっては立派な超能力だが、彼女にとって何の支えにもならなかった。貧乏くじの中のさらに貧乏くじというコンプレックスになり、さらに彼女を傷つけるだけだった。
マルコはフォローする。
「それが正解です。超能力は誰かを傷つけるためのものじゃないんですから」
「ふふ、ありがと……マルコはほんと優しいね……」
髪を撫でながら彼を褒めたたえる。
「そういうことが何度も何度も卒業まで繰り返された。辛くてお母さんに相談したかったけど、勝手に登録をして以来ぎくしゃくしちゃって話しづらかった。心配かけたくなかったしね」
「理解を……得られなかったんですか……また僕は勘違いをして」
マルコを抱く力が強くなった。
「正直に言うね、私は私の超能力が大嫌いなの。消えてしまえって思ってる。何の役にも立たない能力なんていらない。持ち主を不幸にしかしない貧乏神なんだよ」
彼女にとって超能力は貧乏くじどころではなく、不幸を招く貧乏神だ。
「そんなことはありません。何かメリットがあるはずです。医療とかに役立つはずです」
当然フォローするが首を振る。
「医師でもなけれな体の透視なんてできてもしょうがないよ。それに今の時代は上位互換のレントゲンがあって写真も撮れる」
「他にも考えればいろいろと……」
必死に頭を回転さえてもすぐには浮かんでこなかった。
「ありがとう。気持ちだけでも嬉しいよ」
マルコの手に自分の手を重ねる。
「だから高校生になって、地元と離れて人間関係をリセットできた時は嬉しかった。お母さんと離れて寂しかったけどさ、これはこれでいいもんだと納得してたんだけどね、超能力者だってことは中学同様テストの時に別教室に移されたからすぐにバレたけどね。春までは平穏だったけど、とある日とある人物に目をつけられちゃったんだよね……」
「……馬詰さんですか」
「ご明察。どうしてどこに行ってもああいう構ってちゃんならぬ構いたがりがいるんだろうね。ファーストコンタクトはあんまりはっきり覚えてないけど子分か下僕か奴隷になれって突然言われてね、まあ無視したよ。次の日には鞄から弁当がなくなってて代わりに呼び出しの手紙が入ってたの。手紙の通り校舎裏に行ってみれば、待ち受けていたのは馬詰とその友達のはぐれ柔道部その一とその二がいたのよ」
「大丈夫だったんですか」
「結果から言うと全然スマートじゃないけど何とか追い返せた。その時だったね、思考の透視を自覚したのは。柔道部が掴みかかろうとした時にどう動くか読めたから掴まれた手をすぐに噛みつくことができて、そのあとは落ちていた良い感じの木の棒で応戦。死に物狂いで抵抗した。最初に馬詰が逃げて、追いかけるようにその一、その二が逃げていった。次の日にはなぜか超能力で追い払ったことになって噂が広まってた。たぶん丸腰一人に三人でかかったのに木の棒に負かされたとは言えなかったんだと思う。しばらくはおとなしくなった。そうそう、あとそれから、その一件から肩章をつけるようになったんだ。超能力で追い払った噂に便乗したの。学校の七不思議を知ったのはずっと後」
ひと時の平穏を取り戻したが、新たな悩みを抱えるようになってしまった。
「物体の透視だけでも手一杯なのに思考の透視までできるようになって本当に参った。二つの超能力を持つようになったけど別段喜びはなかった。私にとって貧乏神が二人……あぁ神様なら一柱、二柱だけど……どうでもいっか……二人になっただけなんだ。今もね、いつか消えてくれると信じて思考の透視はなるべく使わないように封印してる。まあそんなのありえないんだけどね」
「他人と目を合わせようとしないのは思考の透視のオンとオフができないからですか?」
「あ、やっぱり気づいてた? そうなの、目を合わせれば私の意志とは無関係に思考の透視が始まっちゃう。他にも原因は不明だけど都会に出かけた時にマルコの考えが急に読めなくなったり、そもそも全く読めない人もいる。生まれた頃からある慣れた物体の透視と違ってね、謎の要素が多すぎるからあんまり使う気にはなれないよね」
「ジレンマですね。能力を知るためには使いたいけど使えば使うほど成長してしまうかもしれない」
「そうそう、筋肉みたいだよね。使うとどんどん鍛えられちゃう。じゃあ使わなければ衰えていつかは消えてなくなるのかと思えばそうじゃない。これからも一生貧乏神たちと生きていくんだろうなって思うよ」
一生ついて回る呪いのような悩みだ。透視能力でも解決の糸口を見つけられなかった。
「そんな憂鬱なところにマルコが来てくれたんだよ」
「僕ですか?」
「そう、私の超能力を見抜いただけじゃなくその能力を気味悪がらずに買ってくれて頼ってくれた」
透にとってマルコは救世主と言っても過言ではなかった。自分の存在を知っていてくれる唯一の人物だ。
「僕は透さんを嫌ったりしません。透さんはその…………」
小声でさらに早口で呟かれ、透は聞き逃してしまう。
「その、何?」
透は聞き返す。マルコは勇を鼓して、次ははっきりと言い直す。
「……すごく、綺麗な人ですから」
予想だにしない答えに透は思わず照れ、思わず笑いをこぼす。
「マルコも綺麗だよ、瞳とか。すっごい綺麗」
「見た目の話じゃないですよ?! あり方がですよ!」
「はいはい……わかってるよ。私のマルコの目を褒めたのだってそういう意味でもあるんだよ。両目の色は違うけどどちらもまっすぐと見据えてるの。そういえばオッドアイは生まれつきなの?」
「片方は姉からの貰い物です」
深入りしてしまったと判断し、瞬時に謝る。
「あ、ごめん、言いたくないこと聞いちゃった?」
「いえ、そんなことありません。透さんになら問題はありません。信頼してます」
信頼。その言葉は遠く離れ縁のない言葉だと透は思っていた。物を透視し、思考をも透視する超能力者である自分にかけられる日が来ようとは思わなかった。
マルコを抱く力がまた強くなる。
「……マルコ、日本に来てくれて本当にありがとうね。すっごく助かってる。お返しに絶対にお姉ちゃんに会わせてあげるから」
「はい、頼りにしています」
「この生命に替えても」
「そこまでの覚悟!?」
「あはは、冗談冗談……だいぶ遅くなったね。それじゃ、明日のために寝ようか、おやすみ」
そのまま眠りに入る透。一秒で眠った。
「はい、おやすみなさい。透さん……あ、あの、その前に離してくれませんか」
静かに寝息を立てている。自分の寝床に戻らないまま、そのまま本当に眠ってしまった。
「あ、あの……透さん……」
初日で透のベッドに横になった時の落ち着くようでそわそわする香り。それに加え、彼女の体の温度と感触が加わり、眠気が飛んでしまった。女性と寝床を一緒にすることは初めてではない。姉と眠った時は落ち着くのにどうして透とではこうも落ち着かないのか。
振り払おうにも彼女の気持ちよさそうな寝顔を壊したくなかった。
「そうだ、こういう時は羊を数えよう。それなら必ず眠れる」
そしてマルコは羊の数を数え始めた。彼の羊数え終わるのは次の日の朝、透が目を覚ました時だった。
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