吐露

 透が目を覚ましたのは気を失ってから三十分後。埃っぽい嫌な臭いから逃げようと寝返りを打つと肘が脇腹に刺さる。その痛みのおかげでいつもより覚醒が早くなる。目を開くと視界は暗く閉ざされ、瞬きをしても視界は真っ暗なまま。透視を行い目隠しの外を確認する。トイレで倒れたはずなのになぜか古ぼけた黒板があり、現在位置が旧校舎だとすぐにわかった。今度は教室の外を覗く。気絶したトイレと違う二階の空き部屋に寝かされていた。

 立ち上がろうとするも身体の自由が効かず頭を軸に天と地が一周する。今度は自分の体を見てみると両腕両足を紐で縛られている。


「なんじゃこら」


 思わず声を漏らす。彼女の現状一番の疑問点は呑気にも拘束にしては稚拙すぎる紐の縛り方だった。


(フィクションで学んだセオリーだけど普通、腕は後ろ手に縛るはずなのに結び目は胸の前にあり、しかも一本引っ張れば容易に解けるチョウチョ結びになっている……足も同様。自由を奪うにしてはあまりにお粗末……寝相が悪かったから縛られた?)


 寝転びながら首を傾げていると、


「お目覚めのようですね」


 透の死角の背後からマルコの声が聞こえ、腹筋の力だけで上半身を起こし体育座りの体勢になり腰を捻らせて振り返る。


「マルコか…………ふあぁぁ」


 ここまで運んだ誘拐犯が不審者ではないとわかるとアクビをして二度寝に入る。


「ちょっと寝ないでください!」

「冗談冗談。いい反応ありがとね」


 強力な念動力を持っているがやはり普通の子だと再認識する。

 こほん、と彼は咳払いをした後に、


「このように強引な手段を取ってしまい申し訳ありません。これからあなたを尋問させていただきます」

「あ、なるほど。だから逃げれないようにこうやって縛ってるのね」


 尋問は嫌なので紐を解こうとすると、


「ちょっとちょっと! 勝手に解かれたら困ります!」


 慌てて止めに入る。


「わかった、わかった。尋問続けて」

「いいですか? 絶対解いちゃだめですよ? 絶対ですよ?」

「ウンウン、ゼッタイにトカナイヨー」

「だから言ってるそばから! もう!」


 自由を奪っている自分のほうが立ち位置が上のはずなのにひっくり返ってしまっていることが悔しくて頬を膨らませる。


「はいはい、今度こそ本当に聞きますから。拗ねないでね」

「拗ねてません!」


 ちょっぴり涙目になる彼。気を取り直して咳ばらいをまた一つ。


「……では単刀直入にお聞きします。透さん、あなたは透視能力者ですね。目を覚ますと目隠しをされて身動きが取れないのに動揺されないのは見えているからですよね」


 尋問とは言ったが小学生の考えることでハッタリに違いなかった。薬を一服盛るわけでも目の前に熱々のカツ丼を出されるわけでもない。


(何の目的があってこんな真似事をしているのかわからないけど身の危険は感じないし、適当にはぐらかすか……)


「イエスでもあり、ノーでもある」

「真面目に答えてください!」

「ふざけてないよ。これが私の導きだした答えなの」


 納得されず憤慨される。


「真面目に答えたんだから目隠し外していい? 肌に合わなくて痒いんだよね。透視できるんだから目隠しなんて意味ないでしょ」

「まだ透視と確定したわけではありません。テストをさせてください。僕が指を立てますのでそれを当ててみてください」


 彼は背中で指を動かす。


「もう答えてもいい?」

「どうぞ」

「……生憎引っ掛けには乗らないよ、答えはゼロ」


 本数は即座に分かった。彼は背中でグーを握っている。


「……正解です。当てずっぽうではないようですね」


 特に驚きもせずにすぐに目隠しを外した。透の目の前に中身男の子の外見美少女が現れた。

 今度はお返しに透が気になることを質問する。不本意だったがアレに頼ることにした。時間が過ぎても解決しない、死ぬまで一生背負い続けるであろう悩みの一つに頼る。


「それよりもさ、マルコ。私のほうが聞きたいことあるんだけど」


 透はマルコの目を見て話す。当たり前のようにマルコもまた目を合わせて話す。


「今は僕が質問してるんです」

「単刀直入に聞くね。さっきトイレでさ、超能力を使ったでしょ?」

「そそ、そんなことあるわけじゃないですか! 僕は男の子です!」


 嘘を隠せない性分なのか明らかに動揺する。


「そ、そう……君はとてつもなく可愛くてリボンとスカートが似合ってるけど男の子だよね。それは間違いない。でも何事にも例外はある」


 演技の可能性はゼロだろうが、念のため、目を合わせたままでいる。


「ありえません。超能力の絶対条件は絶対です」


 この時、透は確信を持って彼の嘘を見抜いた。事実確認が済むとすぐさま目を逸らす。


「大丈夫だよ、認めてくれても。こう見えても私は口が堅い。話したくても話し相手になる友達いないから安心安全だよ」


 マルコを視界に入れないために屋外を透視で眺める。ついでにまだ体育の授業に間に合いそうなことを確認する。次は市街地方面をぼうっと眺めた。風が吹いて松林が揺れる。さらに目を凝らせば海が見えた。


(なんて晴々しい日なのか……こんな埃臭い部屋を抜け出し授業に戻らずお外に遊びに行きたい……おや?)


 ふと、眺めていた風景に違和感を覚える。風が強い様子はないのに建物がやけに揺れて見えるのが気にかかった。


(これは使える……ふふふ)


 理解した透は悪戯心を起こす。


「マルコちゃん、頭伏せてたほうがいいよ」

「またそうやって誤魔化すんですか!」

「3、2、1っと」


 カウントダウンが終わるより早く部屋が揺れだした。今度は超能力による超常現象ではない、自然現象の地震だった。


「う、うわっ、うわ」


 小さな体躯をした彼は腰が抜けて転んでしまう。


「ちょっと大きいね……これは私もちょっと怖い……」


 木製の旧校舎のため、大げさに音を立てながら激しく揺れている。地震慣れのしている透も多少ビビっていたが両腕両足を縛られながらも落ち着いて身の回りを把握する。


「倒れてくるような家具、落ちてくるような照明がないから危険はないけど……!」


 自由に避難が可能なはずのマルコはパニックに陥っていた。


「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」


 さっきまでの元気や威勢はなく、頭を抱えダンゴムシのように丸まって目元から大粒の涙をぼろぼろとこぼす。この場にいないはずの、所在もわからない姉を呼んでいた。

 その光景を目の当たりにし、


「やれやれ……ほんと手間のかかる子だこと……」


 そう呟きながら縛られたまま尺虫のように体の動かし、泣き虫の彼に覆いかぶさった。


「とうる、さんっ」


 恐怖心に囚われている彼は反射的に手で振り払う。その際首の下のふわふわした女性が女性たる部位を鷲掴みにしてしまう。


「わっ、これっ、ごめんなさいっ」


 怒られると思い、両手でガードする。しかし透は咎めずにそっと優しく包み込むように抱き締める。


「男の子がこれくらいで泣いちゃダメだぞ」


 抱擁には抱擁で返す。


「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」


 呟きながら姉以外の女性の脇の下に手を伸ばし、服をぎゅっと掴んで放さなかった。

 震えが治まる頃には地震も治まっていた。


「崩れたりしないよね……?」


 透は屋内と屋外を透視し、異常がないこと、安全を確認してから開放する。


「どうする、まだ尋問を続ける? 泣き虫さん」


 泣き虫は目を赤くしていた。それと顔を紅潮させていた。


「そ、その前に……」


 おどおどしていた手で透の手足の束縛を解き、


「これはその……縛ってなくても逃げることがないとわかったので……それと気を失ってる間にこんなことしてすみませんでした」


 ぺこりと頭を下げた。


「それと、さっきは取り乱してるところを助けて下さってありがとうございました。気が動転して、また超能力が暴走するかもしれませんでした。透さんの冷静な対処のおかげです」


 さらに深く頭を下げた。


「あー……そのつもりはなかったんだけどな……。そういえば念動力者だっけ、忘れてた」

「感情の揺れは暴走を誘発します……透さんの行いは決して安全とは言えません……爆弾の上に覆いかぶさったようなものです……」

「んー? 爆弾は言いすぎじゃない?」


 気になることが解明されてしまうと今度はすっかり気にならなくなってしまう。

 虹が何故できるのか図鑑で調べ原理がわかった後は知識と吸収されることはなく、すり抜けていってしまう。昔からの悪癖だ。


「じゃ、じゃあ、なんで僕を介抱してくれたんですか」

「えーと……強いて言うなら可愛かったから?」

「ぼ、僕は男なのであまり可愛いとか言うのやめてください」


 可愛いと言われ、自分の正体を隠していることを忘れるほど慌てる。男として嬉しいような恥ずかしいような混ざりあった感情を浮かべる。


「えぇ、いいんじゃない。私、可愛い男の子も好きだよ」


 自然と透はマルコの目を見てそう言った。今度はマルコが先に目を逸らした。目だけでなく顔から耳まで真っ赤になっていることに透は気づかない。


「僕のことを可愛いというのはふさわしくありません。どちらかというと……ダンディーです」

「自分のどこをどう見たらダンディーだと思えるんだ……。そんなこと言っても可愛い分類に入っちゃうよ。あっという間に自然な流れで男の子の超能力者って自白しちゃうところとか特にね」

「そ、それは、その……違うんです! 僕は女の子で超能力者として普通でいやでもこれは透視で嘘だとすぐにバレて」


 自分の正体が完全にバレてるのにそれでも誤魔化そうとする姿に透は萌えてしまう。


(こんな子だったら……私の秘密を教えてあげてもいいかな……)


 ふわっとした諦めが心に訪れる。


「マルコが秘密を教えてくれたし私も秘密教えてあげる。他の誰にも言ってない秘密。超能力関係でね」

「は、はい、聞きたいことがたくさんありますのでぜひお願いします」


 マルコはこれ以上誤魔化せないので自分に触れられない話題に乗る。


「これはそう、本当にとっておきの秘密。世界の常識を覆す秘密」

「そ、それは一体……!?」


 もったいぶりながら大げさに言うと好奇心の塊である彼は模範的な反応を示しながら食いつく。


「そういえば指の数を当てただけでなく地震を予知されましたよね。透視能力者じゃなくて未来予知能力者なんですか。だからイエスでもありノーでもあるなんて」

「あれはそう意味で言ったわけじゃないよ。予知できたのは遠くの建物が揺れてたからわかったの。物体の透視の恩恵。未来予知じゃなくてね」


 透は服に付着した埃を払いながら立ち上がり、窓の前で仁王立ちする。窓からは華枕市の街並みが見えた。いつもとは違う角度から眺める街は別の町のように新鮮に映る。


「絶対条件は知ってるよね? 男の超能力者はいない、そして二つ以上の超能力を所持している超能力者はいない」

「はい、確かに。でも片方は僕という存在がいるので絶対条件は絶対じゃなくなりました。あ、もしかして……」

「気付いたかな? そう私は」

「男性なんですね!」」


 早とちりに鉄槌を下す。


「誰が男性だって? おっぱい触っておいて」


 笑顔を浮かべていたが握った拳を震わせて怒りの感情を露わにしていた。胸を触られたことではなく男と勘違いされたことに腹を立てている。


「すみません……」


 げんこつをされた頭をさすりながら謝る。


「それじゃあ、気を取り直して……もう片方の、能力が二つ以上の絶対条件も絶対じゃなくなってるって言ったら信じる? 透視だけでなく、人の記憶や感情を読み取れることができるとか」

「にわかには信じられません」

「それもそうか。じゃあ、また実験しようか。何でもいいから、好きな色を頭に浮かべてみて。当ててみせるから」

「色……ですか」


 マルコは色を思い浮かべてから透を見る。


「あ、言い忘れたけど条件があってね、目と目が合わないと読み取れないの。それとこれは一方通行しかできない。私からマルコには送れないし流れない。言葉を発せずとも意思疎通の出来るテレパシーとは少し違う、一方的な能力。私はこれを思考の透視と呼んでいます」


 少し屈みマルコの目の高さに合わせて徐々に顔を近づけるとみるみるうちにシミもホクロもない彼の白い肌が紅潮していく。


「あ、あの……こ、こんなに近づく必要はあるんですか」

「いいや、ない」

「ないんですか!」


 目を逸らした上に両腕で押されて距離を取る。


「ちぇっ、チュ~するチャンスだったのに」

「もう! からかわないでください! もう!」


 顔に赤みを残したままマルコは呆れる。


「これでテレパシーが嘘だったら怒りますよ。トイレを覗き見されたって訴訟を起こしますからね」

「それだけはまじで勘弁してください……」

「それで? 実験は成功しましたか?」

「そちらについてはご心配なく。実験は成功しちゃったよ」

「しちゃった?」

「あぁ、そこは気にしないでいいよ。目が合った時間は一瞬だったけどそれで充分」


 透は何でもお見通しだと言わんばかりに微笑む。


「透明は色の内に入らないよ」

「まさか! 何かの手品?! いや、でも……透さんの言うことを信じます」


 目を丸くして驚いたが、すぐに彼女の言葉を信じた。彼もまた絶対条件に入らない者だからこそすぐに信じられた。

 お互い世界の異端者。異端者だからこそ芽生える共感があった。

 しかし透はこの奇跡を素直に喜べず、


「ははは、気味が悪いでしょう。裸も思考も好き勝手に覗きに来るプライバシー無視の超能力者なんて……罵るなら好きだけ罵ってくれてもいいよ、訴訟は勘弁だけど」


 今度は自嘲気味に笑う。


「……透さんはその能力を悪用されたんですか?」

「まあね。軽蔑されてもおかしくはないかなって思ってる」


 マルコは若くして正義感を持ち、義憤に駆られていた。ドラマに出てくるような刑事らしく、自白と懺悔を迫る。彼の中には半日という短い期間だったが能力不明の超能力者を尾行、観察をして疑問に思っていたことがある。


(どうしてこの人はクラスから孤立しているんだ……?)


 それは彼女がクラスから孤立をしていることだった。


(悪用がバレて弾劾されている?)


 彼女の孤立は尋常なものではないと感じていた。


(でも、こうやって話し合ってみても悪人にはどうしても見えない。それに思い出すと恥ずかしくて仕方ないけど介抱もしてくれたんだ。それよりも前に授業に参加しない自分を旧校舎まで探しに来てくれた。こんなに優しい人がどうして孤立するような悪事を働いてしまったのか?)


 理由が知りたかった。


(もしも悪事を働いていて償いたいと思うなら、その時は僕は彼女の力になりたい)


 彼はそう決心していた。

 透のクリームを必要としないほど潤った、艶めく唇が開く。


「そうだね、日常的に……クラスメイトの下着の色を確かめたりしてる」

「…………え?」


 九回裏満塁フルカウントでヒットを打てば逆転さよなら勝ちの緊張の場面でピッチャーに山なりのスローボールを投げられたようだった。


「なんだか平凡な答えが返ってきた……いや、よく考えると平凡じゃないですけど……」


 想像していたものと違った。

 透の懺悔は続く。


「それと教科書忘れた時とか、隣に見せてもらうように頼むの恥ずかしいから、前の席の人を教科書を覗き見したりもしてる」


 平々凡々な答えが続く。


「……テストをカンニングしたとか、友達の秘密をばらして人間関係を崩壊させたとかじゃないんですか」

「テスト? 登録されている超能力者は透視能力関係なしに一般生徒と別の日、別会場で強制的に受けさせられるし。思考の透視はまだまだ未発達で秘密らしい秘密を覗いてしまったこともないな」

「……他には?」

「他は……ない」


 対人経験の浅いマルコでもなんとなく分かる。


(このあっけらかんとした態度は嘘や演技ではできない……素だ……)


 孤立の理由を知りたくてマルコは質問する。


「……下着の透視がバレてるんですか?」

「それはバレてないな」

「バレていないんですか……」


 呆れながらも困るマルコ。


(恨みを買うような人ではないかな……)


 弾劾されるほどの悪ではないとわかり喜ばしいが疲れが湧いた。


「はあ~……」


 まだまだ若いのにため息が出た。


「なんでため息なんかつくんだよ……」


 透は透で彼の反応に困惑をしていた。てっきり罵倒や口に出されなくても内心で軽蔑されるという目算があった。

 ところが現実はどうだろうか。

 マルコはあどけなく微笑んでいた。


「それじゃあ超能力を悪いことには使ってないんですね」

「いやいや悪いことだろう。下着見られるんだぞ? 勝手に見られるんだぞ?」

「それはそうですけど……それは一旦置いておきましょう」

「置いて置くの? 置いて置いちゃうの?」

「それにしても僕が言えたことではないですが、不思議な話ですね。能力が二つもあるなんて……二つ同時に目覚めたんですか」


 話題は透の罪から能力についてに切り替わる。


「元々は物体の透視だけだったんだけど、テレパシー……というか思考の透視は高校から。こういう話ってアメリカであったりする?」

「いいえ、前代未聞です。初耳です。未曾有の事態です」


 もしこの未曾有の事態がバレたらお互いの生活は一変、平穏ではなくなってしまうだろう。絶対条件を破る超能力者は世界的大発見だ。最悪死ぬまで研究機関に縛り付けられるか、死んでも貴重なサンプルとしてホルマリン漬けにされてしまうかもしれない。


「お姉さんとして一応言っておくけど未曾有ってのは悪い意味で使うんだからね。使い方によっては人を傷つけるので注意」

「す、すみません」

「謝らなくていいよ。それじゃあ、これで晴れて、他の人には絶対に話せない秘密を共有する仲だね。これからは仲良くしてくれる?」


 笑顔で右手を差し出す。マルコは躊躇いながらも右手を差し出し握り返す。


「今、柔らかいと思ったでしょう」

「勝手に思考を読み取らないでください!」

「今のは顔に書いてたの。それに私も同じこと考えてたし」

「透さんもですか?」

「マルコの手、ふにふにしてて可愛いなぁって…………舐めていい?」


 瞬時に右手が逃げる。


「ダメです!」

「そういや尋問はどうする? まだ他に聞きたいことある?」

「あ! 忘れていました!」


 からかわれ続けたせいですっかり忘れていた。どうしても体裁を取り繕いたいらしく何度も咳払いをする。


「聞きたいことはほとんど聞けたので最後に一つだけ」


 充分に余計に間を空けてから、最後の質問に入る。


「カレン・リードと面識はありますか」


 透はその名前に聞き覚えがあった。と言うよりも世界中を探しても彼女の名を知らない者はいない。

 聞き覚えのある、どころか絶対に忘れない。透にとってその名前の人物はそれだけの価値があった。


「カレン・リードというと超能力の女王カレン・リード?」


 齟齬がないように確認した。


「はい。彼女に間違いありません」


 透は即答する。


「ないよ、あるわけない」


 カレン・リードとはアメリカ合衆国が誇る事実上最強の超能力者であり史上最高のエンターテイナー。彼女の特技は手品でありそれを生業として自らの名を世界中に広めた。ただのマジシャンではない。超能力を活用した、より高度に、先進的で、だれにも真似ができない、あたかも魔法のように見える夢のようなショーを創り出した天才だ。彼女は先天的に念動力に目覚め、その才能を幼少より遺憾なく発揮していた。

 最初は手の中でコインが消えるなど簡単な手品だったが時を重ねる毎に次第に大掛かりとなり、ラストステージはロープ無しで自由の女神像を垂直に歩いて登るという種はあっても仕掛けはない大胆なイリュージョンをやってのけた。松明(トーチ)まで登り切っても彼女のステージは終わらない。何を思ったか、彼女はパラシュートを投げ捨ててから飛び降りる。無残に地面に叩きつけられると誰もが思ったが落下速度は次第に緩やかになり、タンポポの綿毛のようにふわりとつま先から着地し、無事に無傷で地上へと帰還した。その様子はテレビ、インターネットを通じて生中継され全世界に広まった。

 当時時差があったものの透はテレビの生放送を齧るように見入っていた。


「カレン・リード……私、大ファンだったよ。歳が近いのに同じ超能力者なのに夢の世界にいる人みたいで好きだった。今でも大好き」


 カレン・リードの名がアメリカの東海岸まで知れ渡った頃、アメリカ政府は秘密裏に超能力の調査を始めていた。その結果、彼女だけでなくほかの女性も次々と超能力に目覚めていた事実が判明した。またその傾向はアメリカだけでなく世界規模であり、超能力者はすでに一億人いるとも確認された。


「彼女がテレビに出始める頃には私も透視に目覚めていてさ、お母さんの前限定でトランプの数字当てゲームで遊んでた。友達に披露して自慢したかったけどお母さんに止められたんだ」


 いくら調査を続けようと差別や迫害を恐れ隠して過ごしていたため、先駆者(パイオニア)カレン・リードと肩を並べられるほどの実力者は見つからなかった。しかし彼女が活躍することにより超能力に対する認識、態度が変わり、彼女に憧れ彼女のようになろうと自分の能力を磨き誇りを持つ者が現れ始めた。


「またイリュージョンしてくれるなら会場が月にあっても見に行きたいね……まあそれも今じゃ無理な話か」


 その世界の傾向を見極めてか、ラストステージを終えた彼女はエンターテイナーとしての引退を宣言し、表舞台を去ってしまった。超能力の研究開発に力を注ぐためだ。以前から情報を少しずつ提供する程度に協力はしていたが自ら積極的に研究に携わる意向も引退と一緒に宣言した。研究生活が多忙のせいでテレビに映らなくなってしまったがその数年後、現在(いま)から二年前のこと、彼女の名前が再び連日報道されるようになった。そのニュースはエンターテイナとしての復帰でも電撃結婚でもなかった。

 透は胸が重くなりながらも言葉を紡ぐ。今でも認めたくない、受け入れ難い事実を紡ぐ。


「……彼女はもう……この世にいないんだから」


 訃報のニュースだった。死因は自動車の交通事故と報じられている。超能力者の頂点に立ち、全世界からマジシャン、エンターテイナー、女王とありとあらゆる言語の美辞で賞賛され全世界に夢と希望を与えた者にしては非超能力者と何ら変わらない、呆気の無い、現実味のある一生の終え方だった。


「……ひょっとしてマルコがこの学校に留学してきたのって。ここの噂が目的?」


 透がちゃっかり便乗している七不思議の一つの最強の念動力者。明記されていないが誰もがその知名度からカレン・リードを連想する。

 透の前では隠し事は無理と観念し、マルコは肯定する。


「そうです、ここに来て彼女と会って話がしたかったんです」


 その言い振りはまるで、


「生きてるの、カレン・リード……」


 七不思議はあくまで噂だ。薄霧のような掴めない虚ろ。そんなもののためにわざわざ女装をしてまでこの学校に留学してきていたと言うのか。


「僕はまだ生きているって信じてるんです」

「あぁ……だから肩章付けた私を見るや否や念動力者と勘違いしたのね」

「まあはい……それはそうですね」


 故人であるはずのカレン・リードになぜ彼は固執するのか、と透は疑問に感じた。熱狂的なファンなのだろうか。いや違う、もっと迫るような、縋るような、恋焦がれるような、そんな思いが見て取れる。

 情報のピースが自然と組み立っていき、一つの仮説に辿り着く。


「……ひょっとして、ひょっとしてだけど……マルコのお姉さんって」


 朝に自分の姉は超能力者と言っていた。昼に姉の所在を聞いたらわからないと教えられないと答えていた。


「もうそこまで気づかれましたか。そうです、カレン・リードは僕の実の姉です。僕は姉を探すため、ここまで来たんです」


 カレン・リードはどのメディアにも自分は天涯孤独だと答えていた。弟がいるとは聞いたことがなかった。カレン・リードが引退する前に出版された伝記を読書感想文に選び読みふけたこともあったが弟がいるとは書かれていない。

 この子が本物だとはにわかに信じられなくて、脳漿が逆回転を始めたのか、目眩がした。


「透さん、折り入って相談があります」


 前後不覚になるもマルコの声だけはきっちりと聞こえる。


「僕と協力して、一緒に姉を探してくれませんか」


 彼の瞳を見て一切の嘘を吐いていないとわかる。

 思考の透視がなくともはっきりとわかる。

 他人にも自分にも嘘を吐けない正直な真っ直ぐな瞳をしていた。

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