程なくヘリコプターがやってきて私のそばに降りた。その間四台のロボット達は中心にいる私に背を向けて立ち、周囲の警戒を怠らない。

 着陸したヘリコプターはローターをゆっくり回転させたまま、車体のスライド式のドアを開けた。中からは暗い灰色のつなぎを着た男性が二人出てきて私の怪我の治療をした。


「ここでは止血と消毒程度しかできません。タカツキシティについたら本格的な治療と検査をしましょう」


 簡単な治療が終わった後、彼らは車椅子を持ってきて私を乗せた。私は車椅子のままヘリコプターに乗せられ、ベルトで固定された。ちらりと見たが操縦席にはパイロットがいない。彼らも乗り込みドアを閉めるとヘリコプターはローターの回転を速め車体を浮き上がらせた。


 私に一緒に来る事を同意させた四台のガンダムは、そこに置きざりにしている。多分あとで仲間が迎えに来るのだろう。彼らガンダムの中に操縦者はいるのだろうか。そうしたらロボットがロボットを操縦することになるなぁ、とつまらないことを考えた。


 私の乗るヘリコプターには、地上に残してきた彼らの代わりに黒っぽい厳つい装備の三機のヘリコプターが護衛がついている。やりのように突き出た機関銃を前面に、車体の左右にある小さな翼の下にミサイルを装備し、先導するように前方に一機、左右を二機で守りを固めている。


『タカツキシティまで所要時間30分』


 目的地までの時間がアナウンスされる。歩けばあと一日かかるといわれた距離もこのヘリコプターならあっという間だ。

 山を越えると私の目の前に巨大ドームが現れた。それはきれいな半球では無く卵を横に切ったように細長い。


 そのドームの上には無数のドローンが飛び回り、地上では戦車やガンダム型ロボットが辺りを警戒して歩いている。ロボットは私を助けにきた彼らと違いボディの色は白っぽい。


 ドームの一部が開き、私の乗るヘリコプターは護衛のヘリコプター達と共に迎え入れられた。

 ドームの下には大きな街が広がっている。その端の軍事施設のような場所のヘリポートに私と護衛のヘリコプターは降りた。

 ヘリポートの横にはすでに黒い大きな車が待機していて、ヘリコプターが降りた瞬間その中から黒服の男二人降りてきてこちらにやってきた。


「ようこそタカツキシティへ」


ヘリコプターの扉が開くと二人の男性は中の私に向かって一礼した。


「マザーコンピューター・タカツキがお待ちです。でもその前に怪我の治療と精密検査、そして旅の垢を落としてください」


 まず私は病院らしき建物に運ばれ、そこで怪我の治療と検査が行われた。

 検査の結果、重症かと思っていたが全身の骨には異常は無く、体のそのほかの部分にも問題は見つからなかった。


 その後、久しぶりにお風呂に入り、新しい服と下着に着替える。入浴後は広い食堂で食事を頂いた。調理された、しっかり味の付いた食事をするのは久しぶりだった。この間、たくさんの人が私のお世話をしてくれるのだが、皆丁寧過ぎてちょっと恐縮する。


 食後再び車椅子に乗せられ、車で別の建物へと連れて行かれた時には、すでに外は夜になっていた。

 周りと比べて特に目立つ程大きくもなく飾り気のない白い四角い建物の中、私は女性に車椅子を押され、エレベーターで最上階へ運ばれた。


 入り口前で左右に待機していた男の人が木目調の重厚な観音開きのドアを開けた。車椅子を押され中に入ると外見と同じで白くて広い部屋だった。ただ白いだけで窓もなく天井には蛍光灯が並んでいて部屋の中を煌々と照らす。ちょっとした見た目の印象は、マザーコンピュータークキと会話した時のお役所風の建物の部屋に似ている。違うのはノートパソコンの置かれた机も椅子もなく、白い壁に100インチはあろうかと思われる液晶モニターが掛かっているだけだ。女性はそのモニターの前に車椅子を止めた。


 女性は車椅子にブレーキをかけると部屋の外に出て、私1人中に残した。

 重厚なドアが閉まる重重しい音が部屋の中に響くと、いままで黒一色だったモニターの画面に「SOUND ONLY」と白い文字が浮かび上がり、同時にコンピューターの合成音声がスピーカーから流れる。


『ようこそタカツキシティへ、唐沢真央さん。私はこのシティを統括するマザーコンピューター・タカツキです』


マザーコンピューター・クキは若い女性の声だったが、ここは若い男性の声が使われている。


「こんにちは初めまして、唐沢真央です。このたびは助けていただきありがとうございました」


 私は車椅子に座ったままお辞儀をした。


『大変な目に遭いましたね、もっとはやくあなたのことを収容できなかったことをお詫び致します。クキシティが人間排除派の攻撃を受けたという知らせを受け、すぐにあなたの収容に向かいましたが間に合いませんでした。何しろタカツキとクキでは距離があります。その後も捜索の手を広げていたのですが、それに穴があった様です。あなたがオカザキシティの勢力下を移動しているとは計算出来ませんでした』


 敵の目を欺くための敵の勢力下の移動だったが、味方の目をも欺いてしまったらしい。


「それはいいんです。それよりクキシティは今どうなっているのでしょうか?」

『クキシティはあなたが立ち去った後も攻撃を受け、徹底的に破壊されました。武装がないクキは抗う手段がなかったのでしょう」


 巨大なモニターからSOUND ONLYの文字が消え動画が映し出された。

 以前マザーコンピュータークキにも見せられた上空からの街の映像が、一定方向へと滑るように流れる。だがそのときの映像と違い、建物や道路が碁盤の目のようにきれいに並び、そこに行き交う車や人達の生活を営む姿はなく、どこまで行ってもがれきの山で動くものは何一つない。


 わずか四ヶ月しか生活していないがわかる、あれは私の街クキシティだ。あの街で私は寝て起きてご飯を食べて生活していた。同じようにあの街で暮らしていたみんなはどうなったのか。お父さんお母さん、蟹型ロボットに向かっていった由夏ちゃん千怜ちゃんや他の人は、みんなあのがれきの山の一部となって横たわっているのだろうか。

 私の目から涙があふれ頬を伝う。


『でも安心してください。破壊されたのは街の表面の建物だけです。その核となるマザーコンピューター・クキの無事を確認しています。ですから時間をかければマザーの中に残されたデーターから街やそこに住む人達は復元が可能です。あなたの家族も友人も恋人もいずれは再構築されるでしょう』

「本当ですか?」

『本当です。この映像は十四日前、あなたが襲われた日に撮ったものです。ですので今頃は復旧に着手されているはずです』

「良かった」


 悲しみの涙は喜びの涙に代わった。


「私はまたあの街に住めるのですね」

『それはおすすめできません』

「え、なぜですか?」

『また人間滅亡派の攻撃があるかも知れません。いえ、きっとあるでしょう。クキは武装する事を拒んでいるマザーです。また襲われてもなすすべもなくまたあなたを危険にさらすことになります。ですからこのままこのタカツキシティに住むのが合理的です。いくらマザーさえ壊れなければ何度でも再生できると言っても、また家族やお友達があなたを守るために破壊されるのをみるのは忍びないでしょう。それにあなた自身は再構築できませんので、何度も身を危険にさらすのは合理的ではありません。私はマザークキ同様人間保護派です。あなたさえよければ機能停止するまでこのシティでの平和な生活を保障します』


 確かに私を守るためにみんなが破壊されるのはもう見たくない。


「クキシティを破壊したシティを攻撃や、クキの護衛はしてくれないのですか?」


 ここのロボットが蟹型ロボットを圧倒していたのを思い出す。


『それはしません』

「なぜですか?」

『負の連鎖になってしまうからです、そしてなによりクキ自体が望んでいないからです』

「そのままにしておくと私がいることで、いずれこの街が攻撃されてしまうのではないでしょうか」


 マザータカツキはこのシティに住むのを勧めるが、そうすると今度はここが危険にさらされる。


『その可能性はあります。でもいまの力関係では直接このシティを攻撃してくることはないでしょう。理論的に不可能と計算されたことはしないのです。いちかばちかという行動はあり得ません』

「コンピューター同士なのになぜこんな考えの違いがあるのでしょう。なぜみんな仲良くできないのですか」

『それは多様化です。同じ考えでは同じ条件で全ていっぺんに滅んでしまいます。そうならないようわざと変えているのです。そして結果的に強いものが生き残るのです。正しいかどうかではありません。だから全滅するまで壊し合ったりしません。マザーコンピューター・クキが残っているのも偶然ではなく、そこまでしなかっただけのことです。そしてマザーコンピューター・クキが望んでいないのでクキシティが武装することはないでしょう』

「このような争いを生む私はこの世にいない方が良いのでしょうか?」


 私はここを出て一人で生活した方が良いんじゃないだろうか。


『あなたはどう思いますか? 私はこの世界で存在してはいけないものなど無いと考えています。あなた自身が争いを生むのではなく、それを巡る考えの違いが争いを生むのです。争いを起こす原因とその責任は我々の方にあります。人間保護派と人間滅亡派、勝手に両派に別れて争っているのです』

「・・・・・・私は生存していても良いんですね」

『そうです。我々は我々の考えで行動しているので、あなたも自分の好きなようにして良いんです。若干私の作ったルールは守ってもらいますが』

「・・・・・・わかりました。ここで暮らします。ご迷惑おかけします」


 迷惑をかけるのは心苦しいが、外の世界で私一人で生活するのは困難だ。このわずか十五日間の逃亡生活でそれが身にしみた。


『ええ、遠慮しないでください。タカツキはドーム型のシティです。自給自足が確立されていて、たとえ他のシティとの流通が途絶えてもこの中で必要なものをそろえることができます。計算上この中で10万人の人間が生活が可能です。では新しい生活を営むに当たり、あなたが望むことは何ですか?』


「私が望むことは・・・・・・」


『・・・・・・はい、わかりました。全てそろえましょう。では頑張って宣言通り千年生きてください』


 私は頬が熱くなった。

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