使い

 タロウの白いふわふわの体を撫でた。横たわるタロウの姿が、山の中に置いてきた明宏と華加に重なる。


『あなたはまだ生きています。最後まで諦めないでください』


 やがて周りを飛び回っているドローンが、また蟹型ロボットを呼び寄せてしまうだろう。

 息を大きく吸って吐き出し、また大きくすって全身に力を込めた。

 体中が痛むが立ち上がることができた。


「タロウごめんなさい」

『気にしないでください、この程度の故障は修理可能です。だから今はここに置いていってください』


 その辺に落ちていた木の棒を拾い、杖代わりにして足を引きずって歩いた。どこに進んでいいかその方角がわからない。ただ西の方へ向かって歩いた。


『ニンゲンハショブンスル、ニンゲンハショブンスル』


 それにしてもドローンがうるさい。その怒りがエネルギーとなり今の私の手足を動かしている。 


「生きてやる・・・・・・絶対に生きてやる!」


 私はここまでたくさんの人達を犠牲にした。クキシティの人達、由夏ちゃん千怜ちゃん明宏華加タロウそのほかたくさんの人々、その人達のために、その意思を無駄にしないために生きなくてはならない。


 私を殺そうというコンピューター達ががいる。

 でもそんなの関係ない。私が生きたいから生きる、歩きたいから歩くのだ。


 せめて森の中に入って自分の姿を隠さなくてはと思い森の方に進んだ。

 顔が濡れている。手で拭うとそこが赤く染まる。顔か頭を切ったようだ。今は治療している暇なんか無い。


『オイツイタ、オイツイタ』


 後ろから巨大な地響きがする。巨大蟹型ロボットがその長い手足を動かしてこちらへやって来るのが見える。最後の力を振り絞り森に進もうとすると、そこから出てきたものが私の進路を阻んだ。


 森の中からは蟹型では無く、一対の手足を持つ巨人型ロボットが現れた。彼は私がそこに入ろうとするのを阻む壁となっている。 それらは巨大な人間型のシルエット、角張った体に両手両足、体には茶色主体のボディに所々緑色の線が入っている。頭には顔のようなものがあって目に相当する場所にはカメラがある。それがこちらを向いている。


 そのフォルムは男の子達がよく話題にするガンダムによく似ている。その右手にはその巨体に釣り合う巨大なマシンガンを持ち、左手には体の半分を覆う細長い盾を持っている。銃口はすでにこちらを向いていた。


 あの大きなマシンガンからはどんな弾がでてくるのかわからないが、一発当たっただけで私の体は粉々に消し飛んでしまうだろう。

 その一体で終わりでは無かった。その最初の一台の横に次々とガンダムは並び、合計で四体となった。上空を見ると私の前にガンダムを運んできたのであろう四機のヘリコプターが、この行く末を見届けるように空中でホバリングしている。


 後ろからの地響きはどんどん近づいてくる。

 目の前には壁のように巨人型ロボットが四体、後ろからやってきた蟹型ロボットが三台迫っている。

 やってきた蟹型ロボットはある程度距離をとって止まり、私の処刑を巨人型ロボットに譲っているように見える。


 逃げる隙は無い。目の前の巨人型ロボットは蟹型ロボットの半分くらいの大きさしか無いがそれでも私の10倍は大きい。今の傷だらけの私が逃げ切れるはずが無い。


 だがまだ諦めてはならない、最後の最後まであがかなくては。私は最後の力を振り絞り、大きく息を吸った。

 杖に使っていた木の棒を放り出し、両手を広げ、力の限り叫んだ。


「殺せるものなら殺してみろ! このくそロボット共! 人間舐めんな! 生きてやる! 1000年だって生きてやる!」


 全力で走れない今の私に出来るのは強がりだけだ。

 一体のガンダムの右手がゆっくりと動き握っていた銃の先が私に向けられ、火を噴いた。


 私は連続した雷のような音に腰砕けになり、うつ伏せになって両手で耳を塞ぐが、爆音は耳朶を叩き、その衝撃が全身を震わせる。

 やっぱり死ぬのは怖い、痛いのは嫌だ。

 しかし体を丸めて死の恐怖に耐えていた私にいつまで経っても死は訪れなかった。


 音は止んだ。耳から手を離しそっと頭を上げると、そこに積もっていた小石や土がパラパラと落ちる。

 四体のガンダムは依然私の前にそびえ立っている。


 銃口から煙が出ているので何かが発射されていたのは間違いない。まさかその巨大な銃は見かけ倒しで、大きな音を出すだけのもので私を傷つける程の威力が無かったのか。


 しかし、私を中心に周りの地面が所々えぐれて大きな穴が空いており、その考えも間違いだとすぐに気付く。弾は全て私に当たらずに、地面をうがち土や小石を巻き上げただけだったようだ。


『ニンゲンハ・・・・・・ショブン・・・・・・ニンゲンハ・・・・・・』


 巻き上げた小石がパラパラと落ちる音の中に電子的な合成音が混ざる。

 そちらの方を見ると、くず鉄と化したドローンが地面の上にちらばり、その一部が赤い発光ダイオードを明滅させ唸っていた。


 さっきまで私の周りをうるさく飛び回っていたドローンは全ていなくなっていた。彼のマシンガンはこれを撃ったのか。

 マシンガンを撃ったもの以外の三体のガンダムが動きだし、私の方へ向かって走る。そしてそのまま大きな地響きを立て、私の横を通り抜け後ろへと走り去る。


 私が上半身だけ起こし目で追うと、彼らは蟹型ロボットへと向かっていくのが見えた。彼らは走りながらマシンガンを撃ち、その巨大な盾で身を守りながら自分より倍の大きさはある蟹型ロボットに果敢に戦いを挑む。蟹型ロボット達も自分より小さなガンダム達に容赦なく攻撃を加える。平たい体の上部に装備されているミサイルや機関銃を放ち、長くて巨大な足を使って蹴り倒そうとする。

 そのまま三体のガンダムと三機の蟹型ロボットが戦いながら私から遠ざかっていった。


 電子音が聞こえる。映っていないテレビのチャンネルにリモコンを合わせたときの音だ。

 前を向くとこの音は残った一台のガンダムから聞こえてきたようだ。さっき私の周りのドローンを打ち落としたロボットだ。彼は私の前に進み片膝を着いている。持っているマシンガンの銃口は空に向いていて、これ以上私を攻撃する意思はないようだ。


『短波、長波の電波に応答せず。これより人間の可聴領域での周波数によるコミュニケーションを試みる・・・・・・コンニチハ』


 え? 私は彼に言われたことに即座に反応できなかった。


『応答無し。再度コミュニケーションを試みる・・・・・・コンニチハ』

「え、はい。こんにちは」


 とりあえず挨拶を返した。私を殺そうとしているロボットとは思えないのんびりしたやりとりだ。


『応答あり。可聴領域周波数でのコミュニケーションは有効と推測する。続いて個体情報の収集に移る・・・・・・あなたは唐沢真央ですか?』

「はい・・・・・・そうです」

『自己申告だが肯定。センサーでの収集によると九九.九九%の確率で保護対象の唐沢真央であると推測できる』


 今、私の事を保護対象って言った?


「あの、ひょっとして私の事を助けてくれるの?」

『質問を受諾。彼女の信頼を得ることは任務の遂行のために必要と推測する。部分的に作戦情報の漏洩もやむなし。我々はマザーコンピューター・タカツキより任務を与えられてここに来ています。与えられた任務とは最後の人間である唐沢真央の身の確保、唐沢真央を害する者の排除、唐沢真央を連れてのタカツキシティへの帰還です。我々の任務遂行の協力を要請します』

「つまり・・・・・・どういうこと?」


 展開が急すぎて頭が追いつかない。ついさっきまで私は追いかけられ殺されそうになっていたのだ。


『質問を受諾。最重要任務をリピート。一緒にタカツキシティに来てください。その間は我々があなたの身を守ります』 


 目の前のガンダムと会話している間に、私の横を通り抜けて蟹型ロボットに向かった三体のガンダム達が戻ってきて私の後ろに並んだ。遠くの方に戦闘の跡と思える三カ所の巨大な火柱とけむりが立ち上っている。戻ってきた彼らの体に目立った傷は無い。


『命令の遂行に協力を要請します。タカツキシティまで我々にご同行ください』


 ガンダムは再度念を押し、私はそれに無言で頷いた。


 彼ら巨人型ロボットは敵では無い。私が保護を求めるために向かっていたタカツキシティからの使いだった。

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