西へ

 日が沈むと寝た。夜の移動が危険と言うこともあるが、明かりをつけると敵に見つかってしまう可能性があるからだ


 たき火の火を消しタロウを枕にその辺で横になる。タロウは虫除けの音波も出してくれるので夏の夜の風物詩、プ~ンという超高音の羽音に悩まされることも無い。夜と言っても星や月明かりがあり、完全に真っ暗になることはないので暗闇におびえることはなかった。


 それにしてもあたたかいベッドが懐かしい。


『ラジエーター液が漏れてますよ。故障ですか?』


 私の顔にタロウが舌を這わせた。


 人の手が入っていない自然の中を一人と一匹で歩き、夜になると草むらか大きな石の上で、満天の星と月明かりを見上げながら眠りにつく。

 私の知っている日本は隅々まで道路が整備され鉄道網がある。こんなに自分の足で歩かずとも遠くまで時間をかけずに移動出来る。

 ここは日本であって日本では無い。どこまで歩いても文明に出会うことは無く、逆に崩壊した文明の遺構に出会うことがある。


 お風呂は池や川で代用する。服を脱ぎ捨て裸になり頭からザブンと飛び込んだ。

 洗濯は、水の流れにさらされている石の上に服や下着を置き、足でよく踏みこむ。洗ったら木の枝に引っかけて乾くのを待つ。全部一着ずつしかないのでこの作業は服が乾くまでずっと裸でやっている。その間タロウは私に背中を向かせている。


「タカツキシティは無事なの?」


 体を渇かすために裸のまま石の上に大の字になって甲羅干しをしていた私は、座っているタロウの背中に尋ねた。きっと私は真っ黒に日焼けしているだろう。鏡がないので顔はわからないが手足は黒く所々皮がむけているのが見える。


『わかりません、情報を得るにはネットワークに接続する必要がありますが、そうするとこちらの位置がばれる可能性があります』 

「実際いってみたら破壊されていてなにもなかった、ということもあるの?」

『その可能性は排除できません』


 その事より大きな問題がある。


「実際タカツキシティが無事だったとして、せっかくたどり着いても帰れ! と追い返されることもあるのかな」


 ロボットやコンピューター達は、私がこの世界に現れなければ争いもなく平和に暮らしていたはずだ。タカツキシティも私が行けばクキシティみたいに酷い目に遭う可能性がある。ならばこのまま一人で生きていた方が良いんじゃないか。


『それは行ってみたらわかります。今は考えない方が良いです』


 タロウは肯定も否定もせず、私の不安を拭おうともしなかった。


『昨日オカザキシティーの管理地域を抜けました。タカツキシティーの管理地域までこのペースだと推定24時間かかります』


 いつも私の一メートル前を歩き、不必要な事、不確定な事は一切話さない、白くて大きい犬型ロボットのタロウが、ゴールが近い事を休憩中の私に知らせた。二人を山の中に置き去りにしてから10日経っている。


 昼食時ではあるが、口にしているのはペットボトルに入れたタロウ特製の水だけだ。食材は豊富だが、調理するのに時間がかかるため、移動する効率を考えて、食事は朝と夕方の二回だけにしている。


 ほぼ南に位置した太陽が、雲一つ無い空の上から強い光を地上に降り注いでいる。適度なら生命を育むその力だが、強すぎると有害物質となる。私にとっても今のそれは有害なので、木陰の中の岩の上で座ってやり過ごしている。


 拍子抜けするぐらいここまでの道程はすんなりと進めた。豊かな自然のおかげで食べ物も水も不自由なく、念のため後回しにしておいた携帯保存食もまだ残っている。


 体力の無い私の徒歩の移動だが、誰かと競争しているのではないので、途中に休養をたっぷりとっても誰にも文句を言われない。

 この旅の最大の障害となっているのは夏の暑さとその風物詩、夕立であった。

 突然沸き上がった入道雲が空を覆うのを見つけるやいなや、私は雨宿りする場所を急いで探した。のんびりしていると激しい雷雨にびしょ濡れになってしまうからだ。


 そういうときは、岩陰だったり大きな木の洞だったり狭いスペースの中でタロウを抱いたまま、鼓膜を打つ大きな音を立てる雷と、滝のように降り注ぐ雨をやり過ごす。


 夏の強い日差しは森の中を歩いていれば生い茂る木々の枝や葉がそれらが遮り、適度に涼しい湿った空気を作ってくれる。それらは同時に私の姿を隠してもくれる。

 最初は足をとられてよく転んで難儀していた木の根も、歩いているうちに足腰を鍛えられたせいか、かなり大きなものも飛び越えられるようになっていた。

 やはり無理に山越えをせずに平地を選んで正解だった。


「このまま何も無く行けちゃうんじゃ無い?」


 小休止を終え、移動を再開した私はタロウに聞いた。


『まだ安心は出来ません』


 タロウは普通にただ舌を出しハァハァさせながら私の先を歩いているようにしか見えないが、その実は体の中のセンサーを総動員させ、敵の警戒を怠っていないだろう。私が知っているのは上空から撮影している人工衛星のカメラをかく乱させる装置だが、その詳しいしくみはわからない。


 ロボットであるタロウにどんな戦闘能力があるかわからない。攻撃と言えば魚を捕るときにピカっと光る事ぐらいしか見たことが無い。彼にあの巨大蟹型ロボットを撃退する力があるのならクキシティにもそれはあったはずだ。あのときのシティのみんなは素手でロボットに向かっていった。


 明宏はクキシティは戦闘を放棄した街だと行っていた、武器はほんとに無いのだろう。その思想をきっとタロウも受け継いでいるはずだ。

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