旅
目的地は高速道路を車で移動すれば半日の距離にある。
そこに向けて平地と山地の境目くらいの所を一人と一匹で歩いた。
今は西では無く南に進んでいる。
直線では無く遠回りするので目的地までの距離は増えた。しかし、急な斜面を登らなくて済んでいるので体にかかる負担が少なく、休憩に費やす時間も減った。特にそれらを意識してこの道をきめたわけでは無いが、山越えを諦めたのは正解だと思う。
そして山の高いところに比べて平地の方が自然は豊かだ。今も木の根元にキノコが三本生えているのを私は見つけた。
「このキノコは食べられる?」
大回りをするため、残された食料と水は完全に足りない。なので、こうして歩きながら食料を調達している。幸いタロウにはナビゲート機能以外に人間が食べられるものの判別が出来る。やはり私がサバイバルすることを想定してそばにおいていたようだ。
『そのキノコはアカヤマドリダケです。体に害はありませんが、消化吸収に要するエネルギーと得られるエネルギーを考えた場合、食するのは無駄です』
「いいのいいの、お腹がいっぱいになれば」
私は屈んでリュックを背中から下ろすと、その手のひらサイズのキノコを三本摘んで中にいれた。
『非合理的です、理解できません』
タロウから、機械らしい合理性だけを訴える言葉が出てくる。
外が明るい内に夕食にした。携帯保存食はいざというときのためにとっておくことにして、今日の夕飯は昼間とったキノコと名前の知らない魚達だ。
この魚達を捕ったのは私だが私では無い。
道の途中何気なく川の中をのぞくと、たくさんの魚がキラキラと銀色に光を反射させながら泳いでいた。食べ物が水の中にたくさんいる。
これが捕れれば食べ物の不安は無くなる。釣り竿代わりになる木の枝はたくさんあるものの、肝心の針と糸が無い。もしもあったところで私には餌となる虫やミミズは触ることが出来ない。
いちかばちか石を投げて川の中の魚に当てられるか試したが、当然当たるわけがなかった。魚たちは私が投げた石が水面を叩く音に驚き、逆に遠ざかってしまう。
『魚を捕獲しようとしているのですか?』
川岸に座ってどうやって魚を捕ろうか水面を凝視しながら考えを巡らしていたが、諦めて立ち上がったとき、黙って私の横で座っていただけのタロウが口を開いた。
「タロウ、魚が捕れるの?」
私は座り直して太郎の顔を正面から見た。
『できます。簡単です』
口は動かさずに体内のどこかから出す機械の合成音で彼は答えた。
「じゃあ、タロウお願い。魚を捕って」
『わかりました』
私がお願いすると彼は立ち上がって数歩進み、水面を上からのぞきこんだ。
シュン。
タロウが一瞬光ったと思ったら、水面に小さな稲光が落ちた。
私はそのまぶしさに驚き、思わず目をつぶり顔の前に両手をかざした。
何が起きたかわからず、おそるおそる目を開け手をどけると彼は水面をのぞき込んだ姿勢のままだ。
『捕獲完了。観賞用では無く、食用であるなら生死は問わないですね』
川を見ると、たくさんの銀色のものが水面に浮かんでいた。
強い光でくらんだ目をこらしてよく見ると、浮かんでいたのは全部魚だった。 てっきり彼が水に飛び込んで魚を咥えてくるものと思ったが、想像とは全然違う捕獲方法だった。
『水面に電撃を放ち、魚を感電死させました。食用にするには問題ありません』
腹を上にして水面に浮かんでいる魚達はゆっくりと下流へと流れていく。私はせっかくの食料を逃すまいと、濡れるのもかまわず服のまま川に入り、浮いている魚を拾った。川は深いところは私の腰ぐらいあり、あまり下半身の自由が利かず素早く動けなかったため、何匹かは取り切れず下流へと流してしまった。
こんな簡単な方法で魚が捕れるなら私は川さえあれば魚には不自由はない。とりあえず食料の問題は解決できたようだ。
水の方も問題もなかった。
川でも池でも水はタロウが一度飲んで、体内で電気分解して不純物と分離してきれいにしたものをまた口から出してくれる。
『直接補給したらどうですか?』
タロウは口から出したその水を、一旦空になったペットボトルに入れてから飲んでいる私に言った。
「私のファーストキッスを奪うつもり? タロウ」
作った工程の見た目は気持ち悪いし、一切混じりけなしの純水というものはすごくまずい。でも贅沢は言ってられない。
広い石の上をまな板代わりにして魚を調理する。包丁も無いので平たくてとがった石をナイフ代わりにして魚のお腹を開き内臓を指で掻き出し、そして水できれいに洗う。
魚をさばくのなんて初めてだ。魚を食べるためにはまず鱗をはがす必要があるということをタロウに聞いて初めて知った。
手に付いた魚の生臭い臭いはよく洗ってもなかなか落ちない。
枯れ枝などを拾って集め、山積みにしておくと魚を捕ったときと同じ要領でタロウがそれに電撃を放ち、火をつけてくれる。
その火で枝に刺した魚やキノコ達を直接あぶる。病気や寄生虫が怖いのでよく焼いてからかぶりついた。
野草も食べた。私にはそこらへんの足下に生えている草なんてただの雑草としか見えないが、これも食べられるかどうかはタロウが判別してくれる。それらをよく水で洗ったものを口に詰め込み、もしゃもしゃと咀嚼する。
「しょうゆが欲しい、マヨネーズが欲しい、せめて塩が欲しい」
この食事は調味料が無いので非常に味気がない、ただお腹いっぱいにするだけの夕飯だ。
今は夏のせいか食べ物は豊富だ。日本はこんなに自然豊かな国だったんだと初めて知った。しかしこの自然は人間が手を入れていないからこそ手に入ったものだ。
私はこの世界に来てからもシティの外に出ようとせず中だけで過ごした。中にいればタイムスリップした事実から目を背け気を紛らわすことが出来るからだ。
静かだ。火が枝を焼いてはじける音しかしない。
タロウは必要なこと以外しゃべらないので話し相手にはならない。辺りは風も無く静かで蝉の声もまばらだ。以前私がいた時代ならうるさく鳴き騒ぐ夏の風物詩の蝉もこの時代ではほとんど死滅してしまい、その鳴き声はたまに遠くで聞こえる程度だ。
火を見つめているとクキシティで過ごした日々を思い出してしまう。
甘いものがすごく恋しい。
あのとき由夏ちゃんと千怜ちゃんとスイーツバイキングに行っとけば良かった。まさかこんなサバイバルをする羽目になろうとは思わなかった。
太るのなんて気にしてる場合ではなかった。むしろもう少し太っていればよかったと思う。
二人とも無事でいるだろうか。クキシティの人達は無事だろうか。巨大蟹型ロボットに破壊された街はいまどうなっているだろうか。
クキシティでの生活は快適で、いまが文明が崩壊してかなりの時間が経っている世界だということを私はすっかり忘れていた。
800年の間に人間が作った文明の痕跡は無くなってしまった。
日本には12台いるというマザーコンピューターはそれぞれ街を作ったが、それをを日本全国に拡げなかった。クキシティは、10万人のヒューマノイドが住んでいるわずか半経10キロメートル以内にしか存在しない街だ。それぞれのシティ同士とは一本の道でつながっている。
クキシティ以外は見たことは無いが、それぞれの街にはヒューマノイド達が人間の代わりに生活しているのだろう。
あの街は私の理想だった。マザークキは元々あったシティを私の理想にカスタマイズしてくれた。
優しくて料理上手な母、家族を愛することだけを人生にし出世に興味の無い父、生意気な弟、元気な妹、おおらかな友、頭の良い友。
全てが私に優しい世界。
私が望んだ私に取って最適に作られた街は壊されてしまった。その存在は幻のようにあっけない。
「ああ、お母さんの作ってくれたハンバーグが食べたいなぁ」
明宏が言い切れなかった言葉をつぶやきながら最後の焼けたキノコを口に放り込み、味気ない食事を終えた。
そのとき私が思い浮かべたのは実の母唐沢美久子ではなく、唐沢華代だった。
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