逃亡
車は順調に進む。明宏の言ったとおり追っ手には出会わずに二日後に日本海へぬけた。
「このまま、まっすぐ海沿いに進めばガソリンが切れる前にタカツキシティにいける」
彼は予備のタンクのガソリンを給油口に流し込みながら私達に説明した。
だが私と華加とタロウは、波が打ち寄せる砂浜で夢中で遊んでいて、彼の話を半分聞き流している。華加は海が初めてだそうだ。
今は夏の真っ盛りで日差しは強く気温は高いので、素足に触る冷たい海の水が心地よい。当初こそ緊張して張り詰めていた糸も、いまではすっかり緩んでいた。
「行くぞー」
空になった予備のタンクを砂の中に埋めて、明宏が呼んだ。
「はーい」
残り惜しいが私達は返事をして波間遊びを切り上げ車に乗り込んだ。
車は砂浜を進む。車高が高くタイヤも大きい四WD車なので砂にタイヤを取られずに走る事ができる。
「ここは見通しが良すぎるが、ガソリンを節約しなくちゃな。あまり道の悪いところばかりを走ってこれ以上姉ちゃんの尻だけがでかくなっても困るから」
「このままいけちゃうんじゃないの?」
私は明宏の頭を軽く小突いた。
私は車窓から見える青い海の景色を楽しんでいた。
確かに彼の言うとおり車が左右前後に大きく揺れ、お尻が痛み、車酔いに苦しむこれまでの山道と比べれば砂浜は天国だった。
「そうも楽観できないよ、車が走れるところは限られているからな。いくら四輪駆動とはいえ垂直な崖を登れるわけじゃないから、いざというときには車を捨てて山の中を歩くことも視野に置かなければならない」
岬を越えたところで車は急停止した。砂浜なのでスリップ音はしない。
「どうしたの?」
私は前のシートにぶつけた鼻を押さえながら聞いた。
「言った途端これだ。あれを見て」
明宏は前方を指さした。
遠くでまだ小さく見えるがあれはクキシティを襲った巨大蟹型ロボットだ。砂浜を通せんぼするように一台、山の中には森に足だけを隠しているが二台見える。
「やはりタカツキシティへの車が通れるルートは警戒済みか」
明宏は一旦車をバックさせると元来た道を引き返させた。
「一旦群馬に入ってから長野を進んでそのまま山を越えて岐阜に行くか、それともまた日本海にでるか」
明宏は車を走らせながらつぶやく。
「太平洋側は駄目なの?」
「駄目だな」
明宏は私の問いに即答した。やはり彼のつぶやきは独り言では無く私への説明だったらしい。
さらに彼は言葉を続ける。
「そこを進むと途中にあるオカザキシティの勢力下を通り抜けることになる。オカザキは大の人間嫌いでおそらく人間擁護派シティ攻撃の先鋒だろう。自ら罠に飛び込むようなものだ」
人間嫌い。彼らは人間に何をされてそういう考えに至ったんだろう。
思いつくことはいろいろある。私が生まれた800年前は人間が我が物顔で生きていた。彼らは資源を独り占めして環境を汚し、生態系に悪影響を与えていた。
このままでは地球は誰も住めない星になると、いろんな人が警告したのに皆一切耳を貸さなかった。
基本的に人間はわがままでぐうたらだ。一度味わった最上の生活レベルを下げるなんてできやしない。多くの人は自分中心で他人を思いやることもしない、上を目指さず自分より下のものを見つけては安心する。
私もその一人。地球温暖化も環境汚染も戦争も資源の枯渇も全て他人事だと思い聞き流し、日々の生活を送っていた。自分自身がいじめの標的になり、傷ついたことも忘れ他人に平気で酷いことを言う。
私は許してくれたとはいえ由夏ちゃんや千怜ちゃんに酷いことをした。そういえばあの夜明宏を殴ったことを、まだ彼に謝っていない。
私達を乗せた四輪駆動車は再び山に入り道なき道を走る。また私はお尻へ加わる痛みと吐き気に耐えることになった。
日本海沿岸の新潟から山を越え、さらに群馬から長野へと大きな山脈を計二つ越えて、広い盆地へでるのにさらに二日を要した。
私達は大きな湖の前で車を止め、車外に出て新鮮な空気を吸った。
そこは三百六十度、どの方向を見ても高い山に囲まれた風景が広がっている。
「大回りしすぎてガソリンがギリギリだ。この高い山を越えて直接岐阜に出たいけどあえて富山に向かい日本海沿岸に戻ろう。敵に出くわす可能性があるけどそれしかない」
目の前に壁となってそびえる日本アルプスの高い山々を見ながら明宏は言った。
「明宏、直接この山を越えて岐阜に向かおう」
私は言った。
「駄目だよ、お姉ちゃんの体が私心配」
華加が私の右手をそっと包むように握った。
私は乗り心地最悪な車での旅で酷い吐き気に何度も襲われた。その上常備しているのはただでさえまずいブロック形の携帯食料のせいで、食が細っていた。
車のミラーで時々みる私はやつれて酷い顔をしている。髪も酷い。私のトレードマークの三つ編みおさげもボロボロだ。そして夏の暑い日が続き、エアコンが効いているとはいえ、汗のせいで肌がベトベトになっている。
もう四日もお風呂に入っていない。二人とも匂いを感じないから何も言わないが私自身は自分が出す匂いに嫌になっている。
「大丈夫だよ、食料が節約できてちょうど良いくらい」
私は掴まれていない左手を振り上げ、握りこぶしをつくり、ありったけの笑顔を華加に見せた。
「そうだな」
明宏は私を無視して彼女に賛同した。
「私のことなら心配いらないって」
「姉ちゃんの体も心配だが、そもそも岐阜方面は山が険しいから車が進めるかどうかもわからない。富山に行く道もそこそこ厳しいからそれより少しましという程度だ、あまり強がりを言わなくていい」
そう言われると何も言い返せない。
「休憩だ。ここで昼食にしよう」
昼食と言ってもいつも通り食べるのは私だけだ。二人ともいまは食べるフリさえせず私の食事が終わるのを待っている。
私は二人に心配かけないように、一食分入っているブロック形携帯食の箱から半分を取りだし、口に入れると水で喉に流し込んだ。
一時間後私達は再び車に乗りこみ出発した。
「今が夏でよかった。冬だったらどちらをゆくにせよ雪と寒さで車なんて走らせられなかっただろう」
運転はずっと明宏に任せっきりだ。代わろうにも私には車が運転できない。
ひょっとしたら華加も運転する技術はあるのかも知れないが、その身長ではアクセルやブレーキに足が届かないだろう。
北にしばらく進むと平坦な地は終わり、地面は緩やかに傾斜しはじめる。
山といってもこのくらいの勾配と揺れなら景色を楽しむ余裕も出てくる。私は辺りに咲く名前も知らない花達に目を奪われていた。
突如車のスピードがあがり車が激しく上下する。
「急にスピードを出したりしてどうしたの!」
私は敵の襲来かと思って周りを見回した。だが何もそれらしいものは見えない。
「見つかった! 敵の通信を傍受したんだ! こっちに向かってくる!」
思えばあのときの由夏ちゃんや千怜ちゃんも防災無線のサイレンより早く危険を察知していた。考えれば当たり前だが彼らには無線電波による通信が可能な機能があるらしい。
前方を巨大蟹型ロボットが通せんぼしている。その上部にある大砲の筒が光った。
明宏はハンドルを右に切ると、激しくタイヤを鳴らして車は右へと進路を変える。いまさっきまで車が走ってたところに大きな音と共に火柱が上がり地面に穴が空いた。車を追うように火柱がつぎつぎと地面に立つ。
完全に破壊が目的のようだ。生きたまま捉えるという選択肢はないらしい。
左右に大きく車を蛇行させながら逃げた。後を追う蟹型ロボットも左右から一台やってきて、計三台にまで増えた。
「このままでは逃げ切れない! 誰かが犠牲になるしかない!」
明宏は叫んだ。
車は一度蟹型ロボットに隠れるように木陰で一瞬止まった後、また走り出した。 その後は私達を乗せているとは思えない程左右に激しく蛇行させ、車体を大きくバウンドさせながら走り抜ける。
前方から二台の蟹型ロボットが現れ、上部に装備されているポットからミサイルを乱射した。
車だけではなく辺り一帯を火の海にしようと細かい狙いはせずに撃ち込んだようだ。
その狙い通り辺りは火の海になり、赤い炎が車を照らす。
直撃は避けられたものの、ミサイルの爆発の衝撃をもろに浴びた車体は転がり、ガラスというガラスが砕けちらせ、割れた窓から車の中身、携帯食料や水の入ったペットボトルを辺りに散乱させる。
ひっくり返った亀のように身動きできない車は、むなしくタイヤだけを激しく回転させる。
それに呼応するかのようにエンジンが唸りを上げるがその音は爆発音や火災音にかき消された。
蟹型ロボットは脚の一本を持ち上げ、身動きできなくなった車の上に容赦なく振り下ろした。金属がひしゃげた音と残りのガラスが砕け散った音が聞こえる。ひしゃげた車体からガソリンが漏れ引火した。
別の蟹型ロボットもやってきて、火が付いているのも構わず、代わる代わる何度も何度もそこへ脚を振り下ろす。最後に止めとばかりに残ったミサイルを撃ち込んだ。
車の残骸は炎をまとわりつけさせながら周囲へと散乱した。
しばらく周囲を警戒していた蟹型ロボット達は炎が消える頃、そろってどこかへと立ち去った。
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