明宏が言うには夜の移動は危険らしい。

 暗い場所を移動するにはライトをつける必要があり、目立ってしまう。偵察衛星からの監視もあるらしい。人工衛星の軌道上からライトをつけて走る車が見つけられるとは思えないが彼の言うことに従うしかない。


 弟は運転席で妹は助手席でシートを倒し眠っている。私は後部座席でタロウを枕にして横になる。

 そういえば四ヶ月程一緒に生活しているが、二人の寝姿をみるのはこれが初めてだ。二人からは寝息は一切聞こえない。寝言も言わないし、身動き一つしない。ただ横になっているだけだった。私は静かな車内で外から聞こえてくるわずかな風の音を聞きながら寝た。


 まぶしい陽の光を直接顔に受けて私は目を覚ました。

 私が寝ていたのは、母がほぼ毎日干してくれるおかげでいつもふわふわで良い香りのする布団の中ではなく、毛布一枚かぶった車の固いシートの上だった。


 起きたら昨日のことは全て悪い夢だった、とはならなかった。

 果たして私にとって覚めるべき悪夢とは何のことを指すのだろう。

 昨日のこと? 人類が私を残して全滅したこと? 山田くんに振られたこと? てっちゃん達と仲違いしたこと? 家出をしたこと? 一体どこからなのだろう。


 車の前部座席をみると一緒に寝ていたはずの弟と妹がいない。あまりにもわがままを言って騒ぎ立てるから見捨てられてしまったのだろうか。

 そんなはずはないとは思っているが、不安からついネガティブな思考にとらわれてしまう。


 とりあえずドアを開けて外に出た。タロウも私の後を続いて車を降りる。


「う~ん」


 私は外に出ると唸りながら両手を上げ大きく伸びをして、一晩狭い車内で寝て固まった体中の関節をほぐした。それと同時に深呼吸をして肺に新鮮な空気を送る。

 ガサゴソという音に警戒してそちらの方を見た。

 しかしそれは草をかき分けてこちらに戻ってくる二人だったので二つの意味でほっとした。


 タロウがうれしそうに尻尾を振って二人に駆け寄った。


「起きていたか。命の危機のまっただ中にいるのによくぐっすりと寝ていられるな」


 私のそばに来た明宏は、足下にまとわりつくタロウの頭を撫でながら、いつものように私に憎まれ口をきく。それが私にはうれしかった。


「お姉ちゃんおはよう」


 華加はスカートをまくし上げ、その上にのせたものを大事そうに運びながらこちらに来る。


「おはよう明宏、華加。どこ行ってたの?」

「ちょっとその辺見回りに行ってた。姉ちゃんはあんまり外へ出るなよ」

「お姉ちゃんにこれ取ってきたの」


 華加はスカートの上にのっているたくさんの赤い実を見せた。いびつで大きさもそろっていないが、ぜんぶトマトのようだ。


「見回りしていている途中偶然見つけたんだ。確か人間はこれを食べられるんじゃないかと思って持ってきた。食料は節約しないとな」

「はいどうぞ」


 彼女は両手で掴んでいるスカートごとトマトを持ち上げた。


「うん、ありがとう」


 私は、彼女のスカートの上からトマトを一つ取り、その表面を服でこすって拭いてからかじりついた。口の中に水分と共に甘酸っぱい味と香りが広がる。


「美味しい?」


 華加は少し不安そうに聞く。


「うん、すごく。ありがとう華加」


 私は笑顔を作り、空いている手で彼女の頭を撫でた。華加もそれに笑顔で応える。

 本当は水っぽいだけで美味しくなかったが、彼女のスカートの上にのっていた五個全部を食べた。二人の気持ちがうれしかったのと、食料を節約しなくてはならないのは本当だったから。


 私は何の役にも立たないし、みんなに迷惑ばかりかけている。それでも私は生きるというわがままを通す事に決めた。そのために多少の不自由があっても仕方が無い。まずいトマトを食べるくらいなんでもないことだ。


 私が華加が取ってきてくれたトマトを朝ご飯代わりに済ませると、私達はまた車に乗り目的地に向けて発進させた。


「大阪までどのくらいで着く?」


 私は後部座席から運転席にいる明宏に、身を乗り出して聞いた。


「進むルートによる、としか言えないな。このペースだと一週間くらいで用意してあるガソリンが切れる。水と食料は食うのは姉ちゃん一人だけだからバクバク食わなければ10日くらいは保つ。一応それ以内にたどり着くルートで走るつもりだけど、敵も当然それは想定してるはずだ」


 ガソリンが切れたらその先は当然車を捨てて歩いて行かなければならない。この車のダッシュボードには一体型のカーナビが付いているが、そのモニターには何もない地図上に現在位置を知らせる三角のマークだけが表示されている。


「この車には光学かく乱装置がついていて、バッテリーが駆動している間は人工衛星にも関知されない。エンジンが動く間は自動的に充電されるから心配ない」

「二人の食事は?」


 当然二人はトマトを口にしていないし、いつもみたいに食べているふりさえも今回はしていない。今まであえて触れなかったことを表現をぼやかして尋ねた。


「それも問題無い。この車にはマイクロウェーブ発生装置があるからエンジンがかかっていれば電気で動く俺達はいつも腹一杯だ。この車が動かなくなれば三日でガス欠だけど」


 私がぼやかしたところにあえて彼は気にした様子は無く答える。


「ところでこの車、北に向かっている気がするんだけど」


 車は太陽を背にして走っている。大阪なら当然西に向かわなければならない。


「陽動だ。他のシティが攻撃されたのを知らない振りをする。俺達は一旦シライシシティに向かう」

「シライシシティってどこ?」

「昔で言う宮城県白石市あたりだ。農業プラントがあり、いつも姉ちゃんがバクバク何も考えずに食べているお米や肉はほとんどここで生産されている。そこは人間保護派のシティ4つのうちの一つでもある」


 確かに彼の言うとおり私は何も考えていないで食べていた。てっきり食料はクキシティで自給自足しているものだと思っていた。郊外に出れば田んぼや畑も見ることが出来るし。


「実は三つのシティで合計100万人の人間が生活できる食料が生産されている」

「100万人ってそんなにたくさん作ってるの! でも食べる人はいないからそれどうするの?」

「そうだ、作ってもまた全て新しい食料を作るための肥料になる」


 もったいないな。それだけ彼らが人間の帰還を待っていたのか。


「食料を作っているのは三つのシティで、あと一つのシティは作ってないの?」

「あと一つ、タカツキシティは自給自足している。流通網からはずれていて外に出していないが内に入れることもない。そこが俺たちが保護を求めようとしている大阪のシティだ」


 いままでそんな情報は聞いたことがなかった。そして私は知ろうともしていなかった。


「一旦北に向かうフリをして猪苗代湖辺りで山を越え日本海沿いに出る。敵がいるとしたらシライシシティへ行くルートの途中ではなく、シティのごく近くに網を張って待ち受けているだろうから。姉ちゃんはどう思う?」

「えっ?」


 突然話を振られて私は戸惑った。


「・・・・・・おまかせします」


 少し考えて、自然と湧き上がった丁寧語で答える。


「このノータリン! 自分のことだろう、少しは考えろ!」などと言う罵詈雑言が飛ぶかと思って首をすくめていたが、明宏は「わかった」と一言言って運転に集中した。

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