一日の終わり

「他のシティからの攻撃だ」


 明宏は辺りが暗くなるまで車を進めた。車を止め追っ手がいないことを確認すると彼は私達のいまの状況を説明した。


 二人との強制的な別れに私の涙は涸れ、頭は考えるのを拒否し、彼の言うことを理解しない。ただ隣で寝転んでいるタロウの、ふわふわの毛並みを撫でている。その心地よい感触が少しだけ私に安息を与えてくれる。


「以前から人間はこの世界に不要と考えるマザーコンピューターはいた。でも実際には人間がいないから議論する意味も無かった」


 でも人間のいなかったこの世界に私が現れた。


「世界にはいくつあるかわからないけど、この日本と言われた土地には12のシティがあった。そのうち、クキを含めた4つのシティは人間の存在を肯定して、4つのシティは人間は不要を唱え、残る4つのシティは中立だったんだ。それで長い間均衡が保たれていた」


 なぜ彼は「シティは12あった」と過去形で話すのだろう。無くなったシティがあるみたい。


「でも最近、中立のシティのうち2つが人間不要論に考えを改めてこの均衡が崩れたんだ」


 人間はこの世に不要。つまり私はこの世に不要。その考えをするシティが増えたと言うこと。


「でも人間不要を唱えるだけで何もすることはなかった。人間の引き渡しを求められてもマザークキは突っぱねていたんだ」


 人間不要派は私を引き渡したらその後どうするつもりなんだろう。


「だけどついに彼らは強硬策にでたんだ。人間不要派は人間擁護派のシティ全てに攻撃を加えた。クキ以外にも同時に三つのシティが攻撃を受けている」


 この争いは私が原因?


「攻撃と同時に各シティとの連絡手段が絶たれた。いまどうなっているかわからない。でも、人間擁護派の多くはクキみたいに武装してないからひとたまりも無いだろう」

「もういいよ、明宏」

「何がもういいんだい、姉ちゃん?」

「もう何も聞きたくない!」


 私は耳を塞いだ。


「お姉ちゃん、はいこれ」


 声がして振り返ると、後部座席より後ろにあるキャリースペースに潜り込んでいた華加が、そこから顔を出していた。手にはペットボトル入りの水を持っており、それを私に差し出す。


 何もする気が無い、口に入れる気もない私はしばらく差し出されていたそれをみていたが、華加が向ける笑顔の圧力に負けて受け取った。キャップを開けて口をつけ中身を少し飲むと、彼女の笑顔がさらにまぶしくなった。


「この車には食料と水が積んである。こういうときのことを想定して水と食料と脱出の方法を備えていた」


 私だけがのほほんと何も知らず生活をしていたのか。他のシティの人は当然知っていたみたいだ。由夏ちゃんや千怜ちゃんも当然知っていたのだろう。


「攻撃を受けていない中立のシティに保護を求めたけど拒否された。だから行くところがない」


 それは中立じゃないじゃん。事実上人間を拒否してるし。


「でもまだ望みはある。人間擁護派だけど一つだけ武装しているシティがある。ひょっとしてそこならまだ無事かも知れない。でもそこは遠いんだ。昔は大阪と呼ばれていた場所にある。そしてここは埼玉と言われた土地だ。人間否定派から見つからないように大回りして道のないところを進むと、そこまではとてもじゃないがガソリンも食料も持たない」

「ねぇ、明宏・・・・・・お姉ちゃんはどうしたら良い?」

「・・・・・・姉ちゃんはどうしたい?」


 明宏は質問に質問で返した。


「わかんないよ! どうしたらわかんないよ!」


 私は膝を立ててそこに隠すように顔を埋めて泣いた。水分を補給したからだろうか、私の目からまた涙があふれた。


「俺にもどうしたらいいか分からない。マザーとの回線も切れ、こういうときにどうしたら良いのかというマニュアルもデーターもない」

「この役立たず! いつも「あー」とか「うー」としか言わないくせに! たまに饒舌になったらそれか!」


 顔を伏せたまま私は怒鳴った。狭い車内に私の怒鳴り声が響く。

 弟や妹の前でだだをこねて泣くなんて困ったお姉ちゃんだ。だが構いやしない。私とこの二人は文字通り血はつながっていないし、見た目通りの歳ではない。おそらく彼らは私より年上だろう。


 タロウが涙を拭き取るように鼻を鳴らしながら私の顔を盛んに舐める。さっきから私の頭を撫でている小さい手は妹のものだろうか。顔を伏せている私にはわからない。


「俺にもどうしたら良いのかわからない。だから個人的な望みを言うよ」


 弟の大人ぶったはっきりした物言いに私は顔を上げた。


「姉ちゃんには生きていて欲しい」


 私が顔をまっすぐみて静かに言った。 


「私も!」


 華加が私の首を抱き自分の頬をくっつけた。タロウも賛成するようにワンと大きく1つ鳴いて尻尾を左右に大きく振った。

 私は忘れていた。この子達は私の兄弟という設定の人形ではないということを。由夏ちゃんと千怜ちゃんも言っていた。自分たちにも意思があると言うことを。


「私、生きていても良いの? みんなが私を排除しようとするこの世界でみんなに嫌われていても」

「姉ちゃんは死にたいの?」


 明宏の問いに私は首を振った。 


「何が正しいかなんて誰にもわかんないよ。人間がこの世に必要か不要かなんてことも。だから自分の意思を優先しても良いんだよ。だって姉ちゃんいつもわがままばかり言ってるじゃねーか。今更何を言ってるんだよ」


 その生意気な明宏節になんか笑えた。少し元気が出てきたせいかお腹がすいてきた。

華加が水に続いてアルミで包まれた袋を渡してくれた、私はそれを開け、中に入っていたブロック形携帯食を食べて水を飲んだ。

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