友達
空から巨大な四本足の蟹のようなロボットが振ってくる。着地したときに辺りに大きな地響きと砂埃を巻あげた。
四本足の蟹型ロボットは次々と落ちてきて合計六台になった。
それらのロボットは頭の部分から、ミサイルを辺りにばらまき、爆音と炎と黒煙を発生させた。ロボット達は自分の手足を振り回し、ミサイルや機関砲を使って街を破壊している。
「こっちだ!」
私たちは逃げ惑う人々と一緒にロボットから遠ざかる方向へと走って逃げた。
「あれは一体何! なんかの撮影!?」
私の疑問に二人は口を固く結び答えてくれない。
さっきから鳴り響いている緊急時を知らせるサイレンに混じり、違う機械音が聞こえる。
『ニンゲンヲワタセ、ニンゲンヲワタセ』
『ニンゲンハウイルス、デバッグスル』
『ニンゲンハチキュウニヒツヨウナイ』
その機械による合成音の発生源は鉄柱の上の防災無線のスピーカーからではなく、後ろの方から聞こえてくるようだ。その方向には破壊を続ける巨大蟹型ロボット達がいる。
「あのロボット達何か言ってるよ!」
「聞くな! 真央!」
「真央、聞いちゃ駄目!」
「人間を渡せって言ってるよ!」
二人はまっすぐ前を向いて私の手を引き、走るのを止めない。
「黙って走れ!」
二人はさらに私を引く手に力を込めた。私は前後に体をガクガクさせながらついていく。
「人間って、私のこと?」
私は手を引かれながらさらに聞いた。
この世界にいる人間は私だけだ。あの蟹型ロボットは私が原因で街を破壊している。
街を無差別破壊していた六台の巨大蟹型ロボットのうち、一台がそれらの輪から抜けた。
その長い四本足を動かし建物などを踏み潰しながらある方向へと進んだ。
その巨大な足が作る破壊音と地響きは私達の方向へと近づく。
「しまった、見つかった!」
由夏ちゃんが叫んだ。
さらに二人は走る速度を上げた。しかし私はそれについて行けず足をもつれさせ転んだ。
「真央、しっかりしろ!」
「大丈夫、真央!」
転んだときに右膝を打ち、すり傷を作った。
「もう駄目、走れない! 私のことはほっといて二人だけで逃げて」
私は膝を手で押さえ喘ぎながら言った。ほぼ全力で走っていた私の足はすでに限界を迎え、棒のようになっており、右膝にできた擦り傷から血がにじんでいるがそのせいで痛みを感じない。
一緒に蟹型ロボットから逃げていたはずの周りの人達は、私が転んだ瞬間立ち止まり、こちらを見た。彼らは私たちを中心にして輪を作った。
「駄目だ、狙われているのは真央、おまえなんだから!」
「そうよ、彼らはこの世に残った最後の人間を狙っているの!」
大きな黒い四WD車が一台こちらに向かって走ってきた。私達を囲んでいた人達は輪を解きその車に道を空けた。
「姉ちゃーん!」
その車の運転席の窓が開き、そこから大きな車には似つかわしくない小柄な運転手が顔を出した。
「明宏!」
その車を運転しているのはまだ小学六年生の明宏だった。
「さぁ乗って!」
由夏ちゃんは後ろのドアを開け、私を車の後部シートに乱暴に押し込んでドアを閉めた。
その車には運転手席に明宏だけでは無く、小さくてわからなかったが助手席には華加が乗っていた。後ろの荷物スペースにはうちで飼っている犬のタロウがその白くて大きな体で埋めている。
起き上がってパワーウインドウのスイッチを押すが窓は開かない。
「二人も乗って!」
私は窓ガラスをたたき外へ向かって大声で叫んだ。
「お別れだ、真央」
「元気でね、真央」
そう言い残すと二人は蟹型ロボットに向かって走っていった。私達を囲んで輪を作っていた人達もそれに続く。その群衆の中に毛呂くんと田中さんの姿も見えた。
「いくよ、姉ちゃん!」
「だけど、由夏ちゃんが! 千怜ちゃんが!」
私は窓に顔を押しつけ、群衆の中にいるはずの二人の姿を探した。
「みんなは時間稼ぎをしてくれているんだ。この隙に逃げよう。この犠牲を無駄にしてはいけない」
「二人を犠牲って、そんなことできるわけ無いでしょう!」
ドアを開けようとしたがロックされていて開かない。窓もやっぱり開かない。
「明宏開けて!」
私は窓を両手で何度も叩いた。
しかし車はタイヤを鳴らして急発進する。
「駄目! 明宏、行かないで!」
私は後ろから運転手のシートを叩いた。だが、それを意に介さず明宏は車を進める。
私達をのせている車は破壊から免れるために、急スピードで蟹型ロボットから離れる。なのにそれに向かうたくさんの人や車とすれ違った。
見た目も機能も人間と遜色ない彼らが、あんな破壊のために作られたようなロボットに立ち向かって何が出来るのだろうか。
後部座席の後ろの窓から彼らの進行方向を見た。いまは小さく見える蟹型ロボットが暴れてがれきを巻き上げている。そのがれきの中には、建築物の残骸や車にまざって豆粒みたいに小さいが人らしき姿も見える。
「由夏ちゃーん! 千怜ちゃーん!」
私の両目から涙があふれ、頬を伝ってあごの先から落ち、車のシートに次々と染みを作る。あの豆粒みたいなものの中に由夏ちゃんや千怜ちゃんや毛呂くんと田中さん、名前も知らない人達なのだろうか。
皆、私を助ける時間稼ぎに犠牲になってくれている。素手の彼らは圧倒的な破壊力の蟹型ロボットに対して、自らの体をはることでしか対抗することができない。
車が走るにつれて暴れ回るロボットの巻き上げるがれきは見えなくなり、破壊の音も聞こえなくなった。煙だけがいつまでも遠く細く見える。
私と一緒に後部座席にいるタロウが心配そうに私の顔をのぞき込み、盛んになめてくる。
車は止まること無く街の中心部を抜け、田園風景の中をひた走る。
私たちの脱出を邪魔する者はいない。渋滞も無ければ交差点で他の車と衝突することも無い。それどころか信号が赤信号だった記憶も無い。
そしてその風景もやがて終わりを告げた。道は途切れその先には雑草と森の世界が続いている。
明宏はそこで車を一旦止め、後部座席の私の方へ振り返った。
「クキシティはここで終わりだ。他のシティへの道もあるけど待ち伏せの危険性があるからそこは諦めて整地されていないところを進むしかない。揺れるから何かに捕まって」
強いショックを受けた私は、まだ現実を受け入れられていないで後部座席で泣いていた。何も考えられないし動けないので彼の言葉に返事も出来ない。すると、妹の華加がその小さな体を後ろの席に移動させ、私にシートベルトを締め隣に座った。
「いくよ」
隣に座った華加が、自分の分のシートベルトを締めるのを確認すると明宏は再び車を発進させた。
草が深く、うっそうと木々が茂るなかを車は進む。ハンドルを切るたびに車体は左右に大きく揺れ、整地されてないのでそこに上下の揺れも加わる。
私は小学生の運転する車の後部座席で、ただ呆然とその揺れに身を任せて座っていた。
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