第五章 ある少女の壊された日常
ボーイフレンド
期末テストも終わり、採点されたテストに皆が一喜一憂すると、学校全体がまだ始まっていない夏休みモードへと変わる。
由夏ちゃんはなんとか赤点を免れ、夏休みに補習にでなくてすむことになった。
彼女の頭の中にはコンピューターが入っているはずなのに、なぜわざわざこういう個性があるのか私にはわからない。
日曜日、私は二人と新しい水着を買いに街の中心部へとやってきた。
「ねぇ、海ってどうやって行くの?」
この街の外は開発されていない荒野だったはず。
「海辺のシティがあるんだ。そこへ行こう」
「同じように山のシティもあるからキャンプに川遊びもできるわよ」
海に入って二人とも錆びたりしないのか心配だが、おそらく大丈夫なんだろう。ドーナッツを食べた次の日もけろりとしていたことだし。
デパートの前で私達は、よく知っている二人連れと出会った。
女の子と一緒の毛呂くんが私たちを見るなりバツの悪そうな顔をした。
彼が女の子に囲まれているのはいつものことだが、今日一緒にいるのは1人だけだった。
「お、奇遇だな変態モロー、こんなところでデートか? 真央に振られたばっかなのに変わり身が早いな」
由夏ちゃんはデートだと思われる二人に遠慮無く声をかけた。
「いやこれはデートなんかじゃないよ。本当は別に用事があるところを好恵に無理矢理連れて来られたんだ」
毛呂くんは私の方を向きながら必死に弁解する。
「いえ、これはデートです」
そう言うと毛呂くんと一緒にいる、ことあるごとに私に敵意を向けるきつい美人な女子、田中好恵さんは自分の右腕を毛呂くんの左腕にからめた。
「田中さんもそう言ってるし、そんなに慌てて誤魔化す必要は無いわよ。それに女子に恥をかかせるものでもないし」
「千怜の言うとおりだ。まぁ、振られた女の事なんかさっぱり忘れて新しい恋に生きるのも悪くは無い。さぁ真央も一言言ってやれ」
「毛呂君、お幸せに」
私は一歩前に出て彼に丁寧にお辞儀をした。
「くぅ~真央の優しさに思わず涙が出てくるぜ」
由夏ちゃんは大げさに右の前腕で涙を拭う仕草を見せた。
「凪杜、あっち行きましょ」
田中さんは彼の腕を強引に引いた。
「じゃあ、また今度」
毛呂君は私たちに右手のひらを見せ、かるく左右に振った。
彼女は去り際に勝ち誇った顔を一瞬こちらに向けた。
私たちはエスカレーターで三階に上り、目的である水着コーナーに来た。
夏は始まったばかりなので水着は豊富に取りそろえており、そのとなりはキャンプ、バーベキュー用品の売り場となっている。
「ビキニにしよう、二人ともそうするだろ」
由夏ちゃんはハンガーラックから次々といろいろなタイプのビキニを取り出した。
「いや、私は・・・・・・」
ビキニを着ても私には引っかかるところが無い。着たは良いが海に入った途端上の水着が波にさらわれ流されるというベタな展開は避けたい。
「私たちはワンピースにしましょ」
千怜ちゃんも同じ事を想像したようだ。
「ワンピース? もっと攻めないとだめだろ。14歳の夏は今年一度きりなんだぜ」
来年の夏、二人には15歳の夏は訪れるのだろうか。
「確かに来年は受験で遊んでいる暇はないわね」
千怜ちゃんはちょっと思案顔。
「セパレートにして、おへそぐらい出しても良いかしら」
「そうそう、真央もガンガンいけ」
私がいま手にしているのはフリフリのついたワンピースだ。
「う~ん」
それを体に当ててしばし考える。
それをラックに仕舞い、今度は肩の部分はヒモでまたの部分が軽くVの字に切れ上がっている競泳水着に手を伸ばす。こんなの着たら体の線が丸わかりだろうなぁ。
「お、いいなぁそれ」
由夏ちゃんに見つかり慌ててラックに戻した。
「隠すことはないだろ、せっかく手に取ったんだから試着してみろよ」
彼女は両手にあふれるぐらいの水着付きのハンガーを持っている。
「あれこれ悩んでても仕方が無い、とりあえず着替えて見せ合おうぜ」
由夏ちゃんは私と、最高の一品を選ぼうとしている千怜ちゃんを、水着と共に別々の更衣室に押し込んだ。
観念して更衣室で派手な水着に着替え、鏡に映った自分の姿を見る。
スクール水着以外を着るのはちょっと恥ずかしい。
「着替えたか? いっせーのせででるぞ」
ここは女性専用の水着売り場なので男性に見られることはない。
「いっせーのせ!」
由夏ちゃんの音頭でカーテンを開けて外に飛び出た。
「買い物も終わったし、スイーツバイキング行こうぜ」
水着の他にもいろいろ買い足して、いまは三人で階段前のベンチに座って休憩中だ。私1人だけが自動販売機で買ったオレンジジュースを飲んでいる。
「そんなことして、せっかく今日買った水着が小さくて着られなくなっても知らないわよ」
ごく普通の中学生なら当たり前の会話がなされる。
「私も遠慮したいなぁ」
魅力的な提案だが私は二人と違い、甘いものを食べると太るという呪いにかかっている。それに食べるのは私だけだ。
「大丈夫、それを見越して少し大きい物も買っておいたから」
彼女は今日買った水着の入った手提げ式の紙袋を持ち上げた。
「無駄な出費をしてるわね」
「無駄じゃないさ、今年は着られなくても来年あるいは再来年着れば・・・・・・」
突如二人の会話は止まり、顔の表情が固まる。
「どうしたの?」
私は様子が変わった二人の顔を交互に見つめた。
いきなり二人は私の手を左右から掴んで立ち上がった。持っていたジュースの缶がてから零れ床に落ち、オレンジ色の液体を飲み口からまき散らしながら転がってゆく。
「逃げるぞ真央」
「え?」
二人は強制的に私をベンチから引き剥がし、出入り口の方へと引っぱっていく。
「あ、買い物袋!」
首だけを振り返らせ、ベンチの下に置いたままの買い物袋を見た。
私の言うことが聞こえていないのか、二人は強い力で握った手を離してくれない。私はただ買い物袋が遠ざかってゆくのをみてることしかできなかった。そもそも二人も買い物袋をベンチに置いてきている。
デパートの外にでたところで、辺りにサイレンが鳴り響いた。それは毎日夕方に小学生に帰宅を促す音楽を流す、防災無線のスピーカーからだった。
「え、なになにどうしたの、避難訓練?」
それともどこかで火事でもあったのだろうか。
「遅かったか」
二人は空を見上げた。
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