友達 2

 私が叫ぶだけではドーナッツを食べるのを二人は止めない。由夏ちゃんは手に残った最後のひとかけらを口の中に放り込み、咀嚼して飲み込むと箱の中の次のドーナッツへと手を伸ばした。


 私はベッドを飛び降りると由夏ちゃんを止めようと肩にすがった。


「やめて、由夏ちゃん壊れちゃうでしょ」


 しかし、彼女は新しく手に手に取ったドーナッツに、何の迷いもなくかじりついた。


「止めてったら!」


 私は強引に由夏ちゃんの手からドーナッツを取り上げた。千怜ちゃんの手からも取り上げた。


「何すんだよ、返せよ」


 由夏ちゃんが私に向かって手を伸ばす。


「こんなもの!」


 私は二人から取り上げ、両方の手に持ったドーナッツの右手のものにかじりつくと口いっぱいに甘い香りが広がる。それを口の中に押し込みおえると、まだ飲み込めていないのも構わず左手のものにもかじりついた。


二人はあっけにとられてみていた。


「うぐっ」


 一気に大量に口の中に入れたドーナッツがのどの途中で詰まった。

 夕べから何も食べていないが水も飲んでいない。エアコンが効いている部屋内にいたとはいえ夏のさなかだ。体が渇いていたせいもあって唾液が少なかったのかもしれない。


 だが、ここでこのドーナッツを消しておかないと、また二人が食事を再開してしまうだろう。両方の手にあったドーナッツを何とか口に押し込み、箱の中の新たなドーナッツを掴んだとき、ついに息が詰まり呼吸ができなくなった。


「うぐっ」


 呼吸ができなくなった私はそこにうつ伏せに倒れた。


「うわ、真央!」

「大変! 急いでお水持ってこないと」


 パタパタと急いで部屋を出て行く千怜ちゃんの足音を聞きながら私は両手で口を塞ぎ、体が拒絶し口の中のものを吹き出そうとするのを耐えた。


「やめろ、真央! 吐き出せ! 死んじまうぞ」


 由夏ちゃんが私の背中を叩く。


「う~」


 私は由夏ちゃんの言葉と背中に置かれた手を、身をよじって拒否した。

 すぐに千怜ちゃんが、出て行ったときとは違い、静かにお水が入ったコップを大事そうに両手で包むように持って部屋に戻ってきた。


「真央、お水よ」


 彼女は私のそばに座り、水の入ったコップを顔の前に差し出す。

 私は意識を失う直前だったが、なんとか上半身を起こして彼女からコップを受け取ると、口をつけて顔を上げ、重力の力で一気に中身を口の中へと流し込んだ。急激に傾けすぎたためコップの縁から水が零れ、頬を伝い顎からしたたった。


「ゴホッゴホッ」


 水の力によって詰まったものを、口の中のものと共に胃に流し込む事に成功した私の喉は、呼吸の通り道というもう1つの仕事を再開させ、私は涙を流しながら強く咳き込んだ。


「大丈夫か?」


 由夏ちゃんはさっきまで私の背中を叩いていた手で、今度は優しくさすってくれる。


「お水おかわり持ってくる?」


千怜ちゃんが心配そうに私の顔をのぞき込み、空になったコップを私から受け取る。

 私は濡れた口の周りを手で拭った。それを見た千怜ちゃんがコップを床に一旦置き、膝から床に落ちたハンカチを拾って、それで私の顔を拭いてくれた。


「あーびっくりした。真央、そんなにドーナッツを独り占めしたかったのか? このいやしんぼめ」


 その由夏ちゃんの呑気な一言で私の頭に血が上った。


「二人ともどういうつもりなの! こんなもの食べたりして!」


 私の目から涙があふれ、頬を伝う。


「「こんなもの」は酷いな、二人でお小遣いを出し合って買ってきたのに」

「そうよ、真央。ほとんどお金を出したのは私ですけど」

「違うよ! 二人とも私とは体の構造が違うでしょ! こんなもの食べて壊れちゃったらどうするの」


 二人は顔を見合わせた。


「あーそのことか」


 どこまでも呑気な由夏ちゃんの物言いにますます腹が立った。


「それについて怒ってくれると言うことは、オレたちのことを思ってくれているからだろ」

「真央が欲しいのは、ドーナッツを一緒に食べてくれるお友達でしょ? だから私たちはそうしたのよ」


 私は二人をにらみつけた。


「そうだ、確かにオレたちはものを食べられないけど、それはごく些細なことだと思っていた。友達は友達だと思っていた」

「だけど真央には大事なことだったのね。私たちはしらずしらずに真央の事傷つけていたの解らなかった。だから食べたのよ、これからもお友達でいたいから」

「そんなことして二人とも壊れちゃったらどうするの」

「壊れてもいいさ、そんなこと、真央に嫌われることに事に比べれば些細なことだからな」


 私の頭は急速に冷えた。今度は目頭が熱くなった。二人をにらみつけていたはずの私の視界はゆがみ何も見えなくなった。

私は泣いた。


「うぐ、うぐ」


 再び千怜ちゃんがハンカチで、今度は私の涙を拭いてくれた。

 私は二人の首に抱きついた。


「おおっと、甘えんぼだな真央は」

「だって、だって。ごめんなさい、私心の底で二人のこと、ううん、この街の人達のこと馬鹿にしていた。ここに住んでいるのは皆、心のない機械人形だって」

「それは酷いな。機械人形というのは本当だけど、心がないと言われるのは心外だな」

「そうね、由夏の言う通りよ。プログラムで動く私たちにも自分の意思というものがあるの。一から百までマザーの言いなりじゃないのよ。私たちは最初はマザーの命令で友達になったけど、その後は自分の意思で真央の友達になっているの」

「そうだ、断ることもできるんだぜ」

「それに、今さっき真央に帰れって言われたときのマザーの指示は「少し時間を置け、後日出直せ」だったの。でも、自分達の意思でその指示に逆らったの」

「二人がドーナッツを食べたのはマザーの指示じゃないの?」

「ちがうわよ、私たちの意思」

「二人ともマザーに逆らったりして大丈夫? 罰を受けたりしない?」

「さぁ? 多分解体処分じゃねえの?」


 私の涙腺が次から次へと水分をあふれ出した。


「そんなーやだよー」


 千怜ちゃんが由夏ちゃんを肘でつつく。


「そんな話聞いたことがないから大丈夫よ真央。マザークキは争いや武力を嫌うコンピューターなのよ。だからこの街には武力が無いの」

「そうそう、他に軍隊でガチガチに固めたシティだってあるんだぜ」

「本当に大丈夫? 解体処分になったりしない?」

「うん、冗談冗談」


 私を安心させようとする二人の笑顔に私も笑顔で返した。本当に二人ともご飯を食べないことをのぞけば、本物の人間に遜色ない。


「じゃあ仲直りに改めて一緒にドーナッツ食べようぜ」

「うん、せっかく持ってきてくれたんだから食べるよ。でも二人はもう食べちゃ駄目だよ」

「え~」

「え~て言ってもね、由夏ちゃん。大体二人が食べた物ってどうなるの?」


 由夏ちゃんと千怜ちゃんは一旦顔を見合わせた。


「さぁ? オレたちにもわからん」


 由夏ちゃんは首を振り、千怜ちゃんは肩を小さくすくめた。

 お母さんがお盆にコップを三つのせて持ってきてくれた。そのうちの1つだけに氷入りの麦茶が入っている。後の二つは空っぽだ。

 私たちは三人でおしゃべりしながら、私一人だけで残りのドーナッツを食べた。二人はそれを見ているだけでわざわざ食べている振りはしない。


「真央、明日はちゃんと学校に出てきなさい、私たちだけじゃなくクラスのみんなも心配しているんだから」

「うん、いろいろごめんね千怜ちゃん」

「それに忘れてるかも知れないけど、明後日から期末テストなんですからね」

「「ふへー」」


 私と由夏ちゃんがそろってため息交じりの変な声を出した。


「しょうが無いわね、二人とも」


 三人で笑った。

 私は心から笑った。

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