未来
コンコン。扉のノックの音が沈黙を破る。
「失礼します」といって男の人が自分でドアを開け部屋に入ってきた。彼は先ほど私をここに連れてきた背広の男の人の1人だった。彼は部屋の中央にまで進むといきなり服を脱ぎだした。脱いだ服はきちんと折りたたみ横に置いている。
「何をしているんですか!」
彼はあっという間に黒いボクサーパンツ一枚になった。そして躊躇なくその最後の一枚にも手をかける。
「わー! 止めてください!」
思わず私は両手で顔を覆い目を塞いだ。
『どうぞ思う存分お調べください』
何をどう調べろというのだ、私は両手を顔の前からどけられない。
『解体してもいいです。そのために必要な工具もお貸しします。2018年にはこのヒューマノイドを作る技術は発生していなかったはずです』
「私が見たって2018年と2818年の技術の違いなんてわかりません!」
私は依然顔を手で覆ったまま叫んだ。
『そうですか』
衣ずれの音がする。しばらくして顔から手をそうっと指の隙間からそうっとのぞくと、すでに服を着た男の人が部屋から出ていくところだった。
私は心を落ち着かせるために震える手でマグカップをつかみ、ココアを飲んだがそれはすっかり冷えていた。私はマザーに何でもいいので冷たい飲み物を要求した。
飲み物はすぐに先ほどの女性の手により、湯飲み茶碗に入れられて運ばれてきた。私はそれを一口飲んだ。冷たい緑茶がのどを通り、私の火照った体を冷まさせる。
「他の方法でここが未来だと証明してください」
私は湯飲みを机の上に置き言った。
『では、これをご覧ください』
今まで「SOUND ONLY」とだけ映し出されていたノートパソコンの白黒画面が、カラフルな映像に切り替わった。箱形の建物の屋根と網の目のようにつながる道路が見える。
『この映像はこの街の上空で待機しているドローンから送られています』
映像が一定方向にゆっくりと動く。
『この街では10万821体のヒューマノイドが生活しています』
流れゆく風景からは徐々に建物が少なく道路も細くなっていき、それに反比例して畑や田んぼなどの緑が増えていく。それらの上には手作業であるいは機械で作業している人達が見て取れる。
いずれも人工的で人の手により開発されたものだと一目でわかる風景が続く。
しかし映像は不意に途切れた。何も見えなくなったのでは無く、映像から人工的なものが失われたのだった。
たくさんの木、生い茂る草、それらからいままでの映像にあった整理整頓された統一感が無くなっている。植物はただ無造作に植わっているだけだった。人の生活の跡も無く道路も無い。
遠くに山が見えてきてカメラはそれへとに近づいた。山肌にも木や草が生い茂っていて、その隙間から所々四角い穴が開いているのがわかる。その穴の中に入ると中は空洞になっていて天井を支える柱が規則正しく並んでいる。
山だと思ったものは朽ちたコンクリート製のビルだった。
『このクキシティは半径10キロメートルの円形に作られています。しかしその外はご覧の通り我々が管理していない自然のままの荒野になっています。かつて日本と呼ばれたこの島にはこのクキと同じような街が12あります、そしてそのいずれの街にも人間はいません』
カメラはビルの中から出てさらに街から離れて飛んでいく。
ツタが絡まったコンクリートの柱の行列が、地平線の彼方へと続いている。朽ちて橋の部分を失った高速道路の名残だろうか。
映像からは人口1億3000万人いるはずの人間の生活の跡が見えない。
「この映像だって作り物だという事だってあります」
我ながら意地悪だと思う言葉が口から出た。
『必要とあれば直接その目で確認すると良いでしょう、この街を出てどこまで行っても人間を見つけることはできません』
ここに至っても私には深刻な事態だという認識が生まれなかった。雨風を防ぐ建物はあり、中には冷暖房が完備されている。こうやって頼めば冷たい飲み物も出てくる。
「人類が絶滅したって言ってますけど、その原因はやはり核戦争かそれとも隕石の衝突ですか?」
『いいえ、その原因はよくわかっていません。宇宙から異常に強い放射線が降り注いだためと推測します。その証拠に地上の生物は極めて原始的なものをのぞいて人間と同じく死滅しました。海の中の生物の多くは難を逃れたようですが』
「いつ、死滅したんですか?」
『西暦で言うと2018年4月10日から13日にかけてそれは起こりました』
「なぜ宇宙からの放射線はそんなにたくさん降り注いだのですか?」
『太陽の異常活動と推測するのが現実的です。ただ、なぜ異常活動が起きたのか、また起こる可能性はあるのかまではわかりません』
「この世界にはロボットしかいないんですか? 昨日あった家族も、病院の人も、さっきの背広の人達も人間じゃ無いと言うんですか?」
『そうです、彼らは人間ではありません。人間そっくりに作られ、人間と同じ生活をするヒューマノイドです。私たちは人間がいなくなったこの世界で街を作りそれを守っています。いつ人間が戻ってきてもよいように』
「でも・・・・・・800年戻ってきていない」
『そうです、私も人間を見るのはあなたが初めてです。なので夕べ病院から送られてきたあなたの検測データーを元に、過去の資料に合わせてあなたを人間だと認識しています』
そういえば昨日病院でやたら細かい検査を受けさせられたのが思い出される。
『それでは私からの質問です。お聞かせくださいその人間に囲まれた生活というものを。大変興味深いです』
「どんなことを話したら良いんでしょうか」
『最初から最後まであなたの知っていること、体験したこと全てです。まずはあなたの最初の記憶をお話し下さい』
私はもう今では薄く、夢か幻かわからなくなった小さい頃に記憶から、つい最近友達と誤解を受け、疎遠になったことまで思いつくこと全てを話した。その間に私は三回飲み物を要求した。
『人間というのはあまり論理的な行動は取らないようですね』
そろそろ昼食だろうという時間になり、私の相づちを打つだけだったマザーが私の話をそう結論づけた。私もまったくその通りだと思う。自分が傷つきたく無いのであれば、まず自分が他人を傷つけるのをやめればいいのに。
『そして、あなたがこの世界に来た理由ですが、あなたは突然B-829番地に現れました。あなたは崖崩れに遭い、そこから這い出たこの街に迷い込んだという事になります。前後につながりがありません』
「どうやったら私の世界へ帰れるのでしょうか」
『わかりません。情報が少なすぎます。あなたがここへ来た原因が不明なので対策も立てようがありません』
私は失望した。
『仮説ならいくつか立てられます。800年の時間転移、あなたが住んでいたのとは別の世界に飛ばされた平行世界への転移、偶然仮死状態になりそのままの状態で土の中に埋もれていた可能性もあります』
タイムスリップにパラレルワールドとコールドスリープ、どれもこれもSFではおなじみの言葉が並ぶ。
「この世界にはタイムマシーンはないのですか?」
ここが800年後の世界なら開発されていても不思議ではない。もしあればすぐにでも私は帰れる。
『いいえ、いまだ時間の壁を越えることはかないません』
私はため息をついた。原因も不明なら帰る方法も不明、どうしたら良いのか。彼女に責任はないのについ目の前のモニターをにらんでしまう。
「私はこれからどうしたら良いんでしょうか」
『私があなたの帰れる方法を探します。それまではこの街で暮らすと良いでしょう。データーによるとあなたの年齢は人格形成に大事な時期とあります。お話の中にも何度も家族やお友達の名前が出てきました。人間は1人では生きていけないのでしょう』
「帰る方法が見つからなければ私はどうなるのですか」
『どうにもなりません、あなたは一生この街で暮らすだけです』
「本当にこの世界に人間は私一人なんでしょうか」
私は何度も同じ事を聞いた、だがモニターだからわからないが彼女は嫌な顔一つせず応えた。
『そうです。人間はこの世のどこにもいません。人間だけではなく文明も滅びました。わずかに残った私たちが街を作り人間の振りをして生活しているのです。このような街は世界中にいくつも点在しています。もしやと思い、他の街のマザーコンピューターと連絡を取りましたがやはり人間発見の報告は受けていません』
この広い世界に人間は私一人、かつて70億人いたという人類は私を残して死んでしまった。
あまりにも突拍子もない話に頭がついていかない。
『あなたが自分の世界に帰れる可能性は極めて低いと結論します。あなたをそのままの状態で保存する方法は無く、男性もいないので種の保存もできません。勝手ですがあなたの体細胞を一部保存させて頂きました。クローンという方法で人間を増やす事はできます。帰る方法を探すより、残りの人生を豊かに過ごす方法を考えた方が良いでしょう』
コンピューターらしい冷徹な判断と物言いに私の涙腺が緩むが何とかこらえた。
『私は・・・・・・我々は人間の帰りを待っていたのです。ここは人間がいつ帰ってきても良いように作られた街です、ようこそクキシティへ。いいえ、お帰りなさい唐沢真央さん』
こらえていた涙がついに私の目から零れ、頬を伝った。
「私は・・・・・・ここにいて良いんですか」
私は涙をこぼしながら聞いた。
『もちろんです、何も気にする必要はありません。我々は人間が作った道具に過ぎないので、主のために働くのが当然なのです』
私はこの世界を一人で生きていなければならない。何もできない私にはこの街を出て、いま映像で見たあの荒野を一人で生きていくことなんてできない。このたった一日の家出でそれを十分思い知った。
『この世界には街があり、個別のマザーコンピューターが統制を取っています。それらを統一する上位のマザーコンピューターは存在せず、必要があればお互いに話し合って物事を決めています。それぞれのマザーコンピューターには個性があり、若干の思想の違いも存在します。私のように人間の帰りを待っているもの以外に、この地球に人間は不要だと唱えるものもいます。連絡を取り合った中で人間不要を唱えるもの派があなたの引き渡しを要求してきましたがもちろん断りました。私が安全を保証しますので気にせずにくらして下さい』
「私のせいでトラブルが発生するのではないのですか」
人間は害悪だと唱え、コンピューターやロボットに反乱を起こされるというのはエンターテイメントでは定番の題材である。
『それは気にする必要はありません。我々の問題は我々自身で処理します』
気に病んでも私にはどうすることもできない。若干の不安もあるが彼女に任せるしかない。
『あなたがこの街で住むにあたり必要な環境を整えたいと思います。13歳という年齢は人格形成に大事な時期とデーターにあります。あなたの生活をサポートする家族が必要と推測します。どんな家族がいいでしょう、ご希望をお伺いします』
かりそめの家族を用意してくれるということらしい、少し前の私なら迷わず一人暮らしを選択しただろう。だが、いまの私は一人では何もできないことを思い知ってしまった。
私はちょっと考えた。
「一人っ子だったから兄弟が欲しいです、弟と妹ひとりずつ。母親はガミガミ言わない静かで優しい人、両親の仲はすごく良くて喧嘩なんかしない。大きくて窓を開けてもとなりの壁が見えない家に住みたい。その庭で犬が飼いたい、白くて大きな犬が欲しい」
私は一気にまくし立てた。
『わかりました、ご用意致します。少し時間をください』
こうして私のこの街での生活が始まった。
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