街の支配者
次の日、私が薄味の朝食を済ませる頃を見計らい、病室に背広を着た男達が二人やってきた。
「おはようございます、唐沢真央さん。お迎えにあがりました。お話は院長から聞いていると思いますが、マザーがあなたをお呼びです。我々と一緒にご足労願えないでしょうか」
中学生の私に、大人と見える人達はとても丁寧に対応した。彼らもロボットだというなら、正確には男達ではなく、男に見える人間の形をして背広を着たもの達だ。
彼らは洋服を用意してくれた。病院着からそれに着替える間、男達はキチンと病室の外で待っていた。服はおとなしめの水色のワンピースと白い靴下にローファー、今は冬なので暖房着としてファー付きの濃いグリーンのコート、サイズは全てぴったり私の体に合っていた。
病院を出るとその玄関前には黒塗りの高そうなセダン車が停まっており、男の人の一方がその後部座席のドアを開け、私にそれに乗るよう促した。中に入るとドアは閉められ、男の人達もそれぞれ運転席と助手席に乗り込み、すぐに車は静かに発進した。
「どのくらいかかるんですか?」
私は初めて座る高級車の椅子のふかふかした感触に戸惑いながらそう聞くと
「すぐですよ」
と助手席に座った方の男が前を見たまま応えた。
車は大きな車体に似合わず静かに進む。私は後ろの席で走る車の車窓から街並みを見た。
たくさんの行き交う車、歩く人達、学生、建物、店、街を構成する物が私の目の前を通り過ぎる。夕べの院長の話どおりならこれらは全てロボット達が作り、彼らがその中で人間として生活しているということになる。
私の目にはどこにでもある普通の街にしか見えない。
「着きました、ここです。こちらの中でマザーはお待ちです」
本当にすぐだった。病院を出てから一〇分程で、車は何の変哲も無いお役所みたいな建物の敷地内に入った。マザーコンピューターに会うと聞いていたのでもっと物々しい研究所みたいな所を想像していた。
黒塗りの車はその建物の玄関前に横付けして停まった。車が到着すると建物から警備員らしき人が出てきて、私の座っている後部座席のドアを開けた。
私は外へ出て建物を見上げる。エントランスの上にはクキ市役所と書いた看板が掛かっている。この建物は見た目通りお役所として使われているみたいで背広の人達と共に自動ドアを開き中に入ると、一階には長いカウンターがありその内側では係員の人達が来客の対応に苦慮していた。
私は男の人達の先導でその人達を横目に通り過ぎ、奥のエレベーターで最上階へと向かった。
エレベーターのドアが開くと白い殺風景な廊下がどこまでも続いているのが見える。それを降りて背広の人達の後をついて歩く。大きな木製のドアの前に着き、男が手のひらでそれを指す。
「この中でマザーコンピューター・クキがお待ちです」
男の人達は、両開きのその扉の左右に分かれて立ち、一人がドアを開けてくれて、もう一人が先に部屋の中に入り私にも入るよう促す。
私は緊張して部屋の中へと進んだ。
大きな白くて殺風景な部屋の中央に、木目が鮮やかな重厚な机と黒い革張りの椅子が1つずつあり、人はいない。大きな会社の社長が使っていそうなその大きい机の上には、ノートパソコンが一台置いてあるだけだった。
「どうぞお座りください」
その黒い革張りの椅子を背広の男の人は引き、私がそれに座ると背広の男の人達は部屋のドアに向かう。
「どうぞごゆっくり」
彼らは部屋の中央へ向かって一礼した後ドアを閉めた。
私は机の上を見た。そこにあるノートパソコンはすでに開かれており、動作を示すランプがともっていたが、モニターには何も表示されていなかった。
まさかこれがマザーコンピュータだというのだろうか。
私が戸惑って何も出来ないでいると、不意に黒一色だったパソコンのモニター一杯に「SOUND ONLY」と白い文字が浮き上がった。
『おはようございます、唐沢真央さん。ようこそクキシティへ、私どもはあなたを歓迎致します』
ノートパソコンの左右に置かれている、銀色の小さなスピーカーから女性の物と思われる合成音声が流れる。
「おはようございます。あなたがこの街のマザーコンピューターなんですか?」
ノートパソコンのモニターの上部にはカメラが付いていて、コードでマイクもつながっている。
『そうです、私がこのクキシティを管理、統括しているマザーコンピューター・クキです』
マザーと言うからにはもっと大きくて重々しいコンピューターを想像していた。
『このノートパソコンはただの出力装置で私の本体はこことは違う別の場所にあります。重要施設なのでその場所は秘密にしています。直接お目にかからずこういう形でお話しすることをお詫び申し上げます』
私が疑問を口に出す前に彼女は答えを言った。だがそれはどうでも良いことだ。
コンコン、とノックの音がして私は振り返った。
さきほど私が入ってきた部屋のドアが開き、グレーの上下のスーツに白いブラウスを着て、エンジ色のネクタイを着た女性が、お盆を両手に持ち立っている。彼女は一礼をしてから部屋に入ってきて、椅子に座っている私の横にまで進み立ち止まると、湯気の立ったマグカップをお盆から私の前の机の上へと移した。
「ありがとうございます」
礼を言うと彼女は私に微笑みをむけ「おかわりが欲しかったら遠慮無くお言いつけください」と言ってからまた同じように部屋の外に出て行った。ドアを閉めるときに部屋の中央に一礼を忘れない。
彼女もロボットだというのだろうか。大人の女性特有の動き、所作、体つき、私に向けた微笑みに、言葉の発声、だまっていれば人間と見分けがつかない。
甘い香りが部屋の中に広がっている。
私は彼女が置いていったマグカップをそっと両手で持ち、ふうふうと息を吹きかけてからその中のものを口につけた。すると部屋の中だけではなく私の口の中にも甘い香りと味が広がる。
『今日のように気温の低い日、そしてあなたのような年齢の女性はあたたかくて甘いものを摂取する、というデーターが残されていました。なので最初はとりあえずこれをお持ちしました。気に入っていただけたでしょうか』
「はい、ココアは大好きです」
ここでは本物のココアが出てきた。私はマグカップに口をつけもう一口それを飲んだ。
『おかわりもあります。他に2512種類の飲み物を用意しましたので、好きなだけお言いつけ下さい』
私は持っていたマグカップを机の上に置いた。
「この甘いココアを飲める人間はこの世には私しかいないのですね」
『そうです。かなり前から用意だけはしていましたが、有効活用出来たのは今日が初めてです』
「院長先生に言われました。この世界には人間がいない、街にいるのは全てロボットだと。それはどういうことなんですか」
『文字通りの意味です。この世界には人間はいません。彼らは約800年前に滅びました』
「800年前? そんなはずはありません。私はつい一昨日までは親や友達に囲まれて生活をしていました。そこにはたくさんの人がいました」
『ええ、報告は受けています、病院であなたは2005年生まれだと申告なさったそうですね。今は西暦で例えるなら2818年です。それが本当ならあなたは813歳ということになります』
「813歳? そんなに私は生きた覚えがありません」
『そうですね、病院で調べましたがあなたにはそんな老化現象が起きている気配はありませんでした、自己申告通りあなたの肉体は一三歳前後と推定されます。もっとも人間を見るのは初めてなので間違っている可能性もあります』
「大丈夫です。間違いなく13歳です、嘘はついていません」
『ええ、そこのところを否定すると議論が成り立ちません。あなたと私の間に一年という時間の概念に違いがある可能性も否定して先に進みます。そうなるとなぜあなたに800年の記憶が無いのか、どうやってその間肉体を老化させずに生きてきたのかと言う疑問が生まれます』
「もう一つ可能性があります、みんなが私をだましている可能性です。実は今は2818年じゃなく2018年で人類は全滅してなんかいない、この街にいるのはただの人間でロボットなんかじゃない、実は壮大な私に対するドッキリ、そうじゃないですか?」
私の問いに対してパソコンのスピーカーはしばらく沈黙した。
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