一日の終わり

 日の光の明るさで私は目を覚ました。

 窓にはカーテンがないので光が直接部屋の中に飛び込んでくる。今いるのは自分の部屋では無くヤニ臭い工事現場のプレハブ小屋の中で、寝ているのは自分のベッドではなく固いテーブルの上で、着ているのはパジャマではなく中学校の制服だった。

 昨日のことは夢ではなかった。みんなと仲違いしたことも、古田くんに彼女がいたことも、母と喧嘩して家を飛び出したことも現実だった。


 テーブルの上から降り、そこで眠ったせいで硬くなった体を伸ばしてほぐし、外へ出て新鮮な空気を吸った。

 雨は止んでいて雲1つ無い晴天だった。夕べの雨は結構降ったようで、地面のあちこちに水たまりができている。時計が無いせいで時間がわからないが、太陽の高さからもう学校は始まってずいぶん時間が経っている頃だろう事がわかる。


 冷たい朝の空気で深呼吸して考える。これからどうしたらよいか。

 もう雨は降ってはおらず、暗くも無いのでここにとどまる理由も無くなってしまった。

 家には帰りたくない、だからといって行くところもない。昨日のように南に向かい、以前すんでいた街に行ったところで快く迎えてくれる人はいないだろう。


 考えがまとまらず、水たまりに気をつけながら外をぶらぶらと歩いているとプレハブの裏に水道の蛇口を見つけた。ひねってみるとちゃんと水が出る。それをたらふく飲んで腹を満たし、顔を洗った。


 冷たい水道水のおかげで頭は冷えたが、それでも家に帰ろうという気持ちは起きず、逆に電気も水道もあるからしばらくここに住めそうだと思った。

 家に帰ったところで怒られるだけだ。どうせ怒られるなら心配させるだけさせてやろう。


 そうと決まれば探検に出かけた。お金は少しだけあるができるだけ節約したいので、食べられる野草などを探して山の中に入る。今は冬なので草自体が少ない。もっとも食べられるかどうかなんて見分けが付かない。


 山の中は所々工事の跡が残っている。

 すぐに再開するつもりなのだろうか、シャベルカーなどの重機も置いたままだ。切り崩したま放置されている山肌がまるで垂直の崖のようになっている。いずれはここを平地にし、数年後は新しい街となっていることだろう。


 地面を注意深く見る。確かタンポポやクローバーは食べられると聞いたことがある。

 普段は雑草のごとく生えているそれらも探すとなると見つからないものだ。

 他に食べられそうなものと考えて魚を思い浮かべた。

 魚なんて捌いたことも無く、釣りもしたことがないしここには釣り竿も無い。

 まあ、見つけてから考えよう。

 他にすることもないので、次のターゲットを魚に変更し水辺を探した。


 ここは低い山の上なので水辺を探すなら下に降りた方が良いだろう。

 両側がむき出しの土の壁になっている谷間の、道らしきなっているところをぬかるみを避けながら歩く。 


 足下を注意しながら歩いていると頭に何かコツコツとあたる感触がある。お日様は出てるのにまた雨が降ってきたのだろうか。その感触は極些細なものだったので最初は無視していたが、何気なく頭に手をやるとそこにくっついていたのは砂や小石だった。

 上を向くとそれらは顔の上に振ってきた。

 それらは止むこと無く次第に大きく、量も増えていく。切り崩して放置されていた岩肌の上の方がひび割れ、そこから落ちてくる。ひび割れは最初上の方だけだったが次第に下の方へと広がってゆく。


 ここは危険だ。

 私は崖から離れる方向へと急いで走った。走り出した直後に大きな音が後方から聞こえる。

 崖くずれの土砂からの直撃は避けられたものの、足下へと流れくる土砂に足を取られて転んだ。


「きゃー!」


 その背中に容赦なく津波のように次々と土砂が覆い被さる。

 私は暗い世界に閉じ込められた。


 重い、動けない。私はここで死ぬのか。これが走馬灯というものだろうか。みんなの顔や思い出が浮かぶ。みんなさようなら。お父さんお母さんごめんなさい。親より先に死ぬなんて私はとんでもない親不孝者だ。

 お父さん、お母さんの話をもっと聞いてあげて。

 お母さん、もっと笑って。お母さんの笑顔、実は私は好き。

 みこちゃん、うり坊、たーちゃん、てっちん、最後はあんな感じになっちゃったけど、友達になってくれてありがとう。

 古田くん・・・・・・ばーか、次はもっと美人に産まれてやる。そして私に惚れさせて思いっきり振ってやるからな。


 みんな、みんなさようなら。

 私の心の声に返事する者はいない。

 何も聞こえない。静かだ。まるでこの世界に私一人しかいないようだ。

 こんな所で、たった十三年で死ぬのいやだなぁ。もっともっと生きたかった。

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