学校
月曜日になった。家が近いこともあり、いつも皆で待ち合わせてから学校に行く。
やはり登校の話題は土曜日の合コンのことに終始した。
「携帯買ってもらえることになったの」
「やったねまーちゃん、これからはラインやり放題だね」
「でもね交換条件としてじーぴーえす? 私の今の居場所が親にまる分かるになるやつなんだって」
「しょうが無いかそのくらい、私のスマホもそれだよ」
うり坊が自分のスマホを見せた。
「なんで親は自分たちを束縛したがるのかな」
そんなに信用して無いのだろうか。
「私たちのこと信用してないからじゃない?」
「せやな、うちら親に内緒で合コンしたやん、誰か親に言った人おる?」
皆黙ってお互いの顔を見渡す。
「子共でも親に秘密を持つものだよ」
「そうだよ、親だって私たちに秘密を持ってるんだから」
「そうだねお互い様だよね」
そんな会話をしながら登校した。
学校の門をくぐり、私はそわそわとと周りを見回した。
「古田くんに会ったらどうしよう」
私はまだ彼に連絡を入れられていない。家の電話の前で一時間悩んだが結局電話ができなかった。何を話したら良いかわからなかったからだ。
メールもできない。家のパソコンはネットにはつながっているけど自分専用ではない。まさか家族共用のパソコンからメッセージを送るわけにはいかない。
「べつにいいじゃん、会ったら普通におはようっていえば」
たーちゃんが私のおさげをいじった。
「朝からのろけ? うらやましいですなぁ、持てるものの悩みというやつですなぁ」
うり坊が外人ぽく手のひらを上に上げ、肩をすくめた。
恐る恐るエントランスに入り、靴からを上履きに履き替える。
私たち五人はここでいつものように三人と二人に別れた。私を含めた三人は一組で、二人は二組だからだ。
「おはよう唐沢さん」
教室に入ろうとしたところで男の子に声をかけられた。自分の教室を前にして私は完全に油断していた。
声をかけられた私の体は、その聞き覚えのある声に思わずビクッとなる。コチコチになった体を声がした方向に向ける。
「おひゃよう、古田くん」
思いっきり私は噛んだ。
「この間はどうも」
「ど、ど、ど、どうも」
「ではまた、皆さんもまたね」
彼は挨拶だけして去って行った。私からの連絡が無かった事には触れない。
「やつはわざわざ待ち伏せていたな。かなりの手練れと見える」
みこちゃんは言った。
「ああ、まーちゃんの貞操は風前の灯火だ。こうなったらあきらめて身を任せるしかない」
うり坊は首を振った。
「ただいま」
家に帰ってきた私を母は待ち構えていた。
「真央、土曜日はどこ行ってたの」
「土曜日って」
私の胸が高鳴る。
「あんた塾に行ってなかったでしょ」
どうしよう。まさか塾が休みを報告したのか。
「ちょっと用事があって休んだ」
「用事って、何の用事?」
「別に何だって良いでしょう!」
「言えない事なのよね」
「言う必要ない!」
「あんた、男の子と一緒にボウリング場にいたそうじゃないの。見た人がいて教えてくれたのよ」
「いいじゃ無いの、ちょっとぐらい遊んだって」
「それだけじゃ無い。そのあとカラオケにまで行ってたでしょう」
そこまで知っているのか。
「別に私一人だけじゃ無いよ。みんなと一緒なんだから不潔な事は無い」
「男女交際なんて早いわ! それに今は色ぼけしている場合じゃないでしょう! あなたの塾にいくらかかっているか知ってるの? お母さんとお父さんがどんなに頑張って働いていると思ってるのよ」
「私にだって付き合いってものがあるの。それに塾って言うけど別に頑張って働いてくれなんて頼んでないし、学歴なんて関係ない。家を買ってローンを抱え込んだのは自分たちのせいでしょ! 私は別に家なんか欲しくなかった」
「家なんか欲しくないって言うけど、そのおかげで自分の部屋を持てたんでしょ。しょうも無いガラクタばかりをため込んでおけるのだから」
「ガラクタじゃ無いよ!」
「良いから塾に行きなさい! 今度サボったら承知しないわよ。当然携帯も買ってあげません」
ここで言い合いしても仕方が無い、顔を合わせなくて済むので仕方なく塾に行った。
その夜、母程では無いが、普段娘に甘い父にも説教を受けた。
次の日、いつも通り待ち合わせの場所に来ると誰も来なかった。ギリギリまで待ったが仕方なく一人で学校に行くと、すでに教室にはうり坊とみこちゃんがいた。
「おはよう、二人とも先に来てたんだ。私一人でいつもの場所で待ってたよ。ひょっとして待ち合わせの場所変わった?」
ふたりはそっぽを向いたままだ。
「どうしたの?」
その後、何度話しかけても相手にしてくれなかった。
お昼休み、別のクラスのてっちんが皆の様子がおかしい理由を教えてくれた。
「うちな、合コンのことがばれてしまい親にこってり絞られてしまってん。おまえにはまだ早いってな。どういうことかっちゅーと昨日あんたのお母さんが家に怒鳴り込んできて、全部話したんや。そんでうちの娘ともう付き合わんでくれ、不良にする気かって騒いだんや。そんだけやない、他のみんなのうちにもいってそのせいでたーちゃんもうり坊もみこちゃんも親に怒られたそうや。だからなみんなとラインで話合ったん。まーちゃんとちょっと距離を取ろうって、これは決していじめでは無いんやで。まーちゃんのお母さんが望んだ事なんや」
そんな馬鹿な、私の知らないところでそんな話ができあがってたなんて。
これまでもこういう事はちょくちょくあった、私の知らないところ話ができていたり、私が知らないことをみんなが知っていたり。薄々気がついていた、全て携帯電話を持っていないからだ。
「塾をサボったのも合コンに参加したのも全てまーちゃんの意思、うちらは関係あらへん。それをうちらのせいにされたらたまらん。親ももう唐沢さんのところに関わるなというとる」
最後にそれだけを言うとてっちんは私のクラスから去って行った。
いつも文句ばかり言っているくせにこういうときだけ親の言いつけを守るの?
もう四人は友達ではない、なくなってしまった、私は友達を失ってしまったんだ。
クラスの他の人も空気を察する。私はクラスでひとりぼっちになってしまった。
放課後私たちは職員室に呼び出された。母は学校にも言ったようだ。
私達は担任の先生の机の前に並んで立たされている。
「あまり親を心配させないようにね。法律に違反しなければ何をしても良いわけじゃない。君達はまだ子供で親の庇護の元にいる身ということに忘れないでくれ。君たちが何かしたら全て親が責任をとる事になるんだからある程度自由が制限され、親の言いなりにならなきゃならない部分があるのは仕方ない事なんだよ。男女交際は早い、とまでは言わないがよく考えて行動しなさい」
先日結婚したばかりの若い男性教師は、私たち3人に言葉を選びつつ椅子に座ったままで説教をした。
一緒に呼び出されたまこちゃんとうり坊は私に目を合わせない。向こうではてっちんとたーちゃんがやはりクラス担任の先生の前にいる。たーちゃんは軽蔑するような怒りの表情で私を見た。
私たちは特に反論しなかったので、それ以上は何も言われず帰宅を許された。
いつも五人でわいわい話をしながら帰っている道を、今日は一人で歩く。
しばらくの間、いや卒業するまで登下校だけではなく教室でも一人なんだろうか。
頭も胸の中も母に対する怒りで一杯だ。大人には友達を作るという事がどんなに大変かわかってない。
学校から家に帰って来た私は自分の部屋に入るなり、鞄をベッドの上に投げつけようとしたが、わずかな違和感に気付きそれを頭上に振り上げたまま動作を止めた。
やけに部屋の中がすっきりしている。また母が勝手に部屋に入ったようだ。掃除なら自分でやるっていつも言っているのに。母に対する怒りがさらに増した。
だがよく見るとすっきりしたという状態を遙かに超えている。本棚の中の物がいろいろなくなっているのだ。
少ない小遣いをやりくりして、中古本屋を何軒もめぐってやっと手に入れた漫画、私が書いたマンガがかき込まれた大学ノートまでもがなくなっていた。部屋中探したがどこにも無い。私は着替えもせず母が返ってくるのを待ち構え、文句を言った。
「お母さん、私のマンガはどこやったの!」
「捨てました」
母はしれっと言った。
「捨てた?! 友達から借りたものもあるのに!」
「あんなものあるから気が散るんです。今日からうちにマンガを置くのも書くのも読むのも禁止とします。これを破ったら一生小遣いは抜きとします」
「あのねお母さん! 友達のうちや学校に怒鳴り込んだりして、私がどんな恥ずかしい目に遭っていると思ってるの!」
「私はあなたのためを思ってやってるんです。もう時間でしょ。早く塾へ行きなさい」
「行くわけないでしょう! もう塾なんか行かない!」
「だったらもうあなたはうちの子ではありません、出て行きなさい」
出て行けと言われた私は冷静になるどころかさらに怒りは増した。
「わかった! こんな家今すぐ出て行ってやる! 塾も学校も辞めてやる!」
「ちょっと待ちなさい、真央!」
母が何かを叫んでいるが無視して制服のままで家を飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます