反省会

 昼食を交えたカラオケは二時間でお開きとなった。

 まだ三時を過ぎたばかりで日は高い。だが予定されていた合コンはこれで終わりだ。誰も三次会を切り出さず、男子達もそれ以上引き留めなかった。

 男子の集団と女子の集団は共に反対方向に歩き出す。


「唐沢さん」


 男子の集団から古田くんが飛び出し、私に折りたたまれた紙を差し出した。私は反射的にそれを受け取った。


「いつでも連絡下さい」


 そう言い残して彼は再び男子の集団へと戻った。


 合コン後、またみんなで朝来たマックに集まる。反省会と言うものらしい。

 だれが良かったかだれが悪かったとか言う品評会みたいなものだ。

 私はそこで彼から受け取った紙を開いてみた。

 開いてみるとそれには彼の名前と090で始まる11ケタの番号と、間に@を挟んだアルファベットの羅列が書かれていた。これはひょっとして携帯の電話番号とメールアドレス?


「まーちゃんやるー」


 それをみんながのぞき込み、私の肩をつつく。 


「彼氏できちゃったのはまーちゃんだけかー」


 皆がはやし立てる。


「いやいや連絡先もらっただけで別に交際申し込まれたわけじゃないよ」


 私はこれ以上何か言われる前に、紙を折りたたんでバッグにしまった。


「さっそく連絡しちゃいなよ」


 うり坊が親指と小指を突き出した握りこぶしを耳のそばで振った。


「でも私携帯持ってないし」

「相手が携帯だからって、こちらも携帯からじゃなきゃ連絡しちゃ駄目って事は無いよ」

「まーちゃんもいい加減、スマホ買ってもらいなよ」


 みこちゃんが自分のスマホを振った。


「今度頼んでみようかな」


 スマホを持っていないのはこの5人の中では私だけだ。


「で、付き合うの、まーちゃん? 古田君に乗り替えるなら山田君は私がもらっていい?」


 まこちゃんが私を肘でつついた。


「今日初めてお話ししたのにとてもじゃないけどそんなこと考えられない。それに彼、こういう事に手慣れた感じがするのがちょっとマイナス」

「いいじゃんいいじゃん、ちょっと遊び人の方が気楽に付き合えて」

「そうや、初めての相手は経験者がええで。優しいし、痛くせえへんし」

「何の話よ! てっちん実は中一にして経験者?!」


 思わず私は彼女の意味深な言葉にあれのことを想像し体が熱くなった。


「おっと、その質問は事務所通してもらいます」

「そういや、てっちんやけに合コンに手慣れている疑惑」


 誰かが言い、みんながそれに頷いた。

 Sサイズジュース一杯だけでの反省会は暗くなるまで続いた。そういえば合コンよりこの反省会の方が盛り上がると言う話を聞いたことがあるがその通りだった。


 合コンの余韻がくすぶりマックでしばし盛り上がった後、暗くなったので夕飯に間に合うように皆家に帰った。私も途中デパートのトイレで、朝出かけたときの服に着替えてから家に帰った。

 大きな荷物を持っていることを咎められたらどうしようと恐る恐るうちに帰り、玄関のノブをゆっくりとひねると鍵がかかっている。ちょっとほっとした。


「ただいま」


 持っていた家の鍵を使い、そう言って玄関にはいるが当然返事をする人はいない。

 土曜日だが家のローンのこともあり、少しでも家計の足しにするため母は働きに出ている。今日は休みのはずの父は外出しているようだ。休日出勤とは聞いていない。


 階段をのぼって二階にある自分の部屋に入り、今日合コンで使った服を鞄から出してタンスの奥に仕舞った。後で洗濯しておかなければ。

証拠を隠滅した後は机に座り、バックから今日彼からもらった紙を取りだし開いた。ごく短い数字とアルファベットしか書かれていないが、見ていると自分の顔の筋肉がゆるむのがわかる。山田君のことはすっかり頭から吹っ飛んでしまっていた。


 別に好きと言われたわけじゃないし付き合ってくれと言われたわけでもない、ただ連絡先を書いた紙をもらっただけ。だけどとても気分が良い、なんか体がふわふわする。彼と手を繋いで歩いているところを想像してしまい慌てて打ち消した。かなり私は浮かれているようだ。


 気がついたら一階から音がする。父と母のどちらかが帰ってきたのだろうか。

 静かに階段を降り、音のするキッチンをのぞき込むとそこにいたのは母だった。すでに仕事着から普段着に着替えていて、夕飯の支度を進めている。

 私はしばらくその様子を見ていた。携帯電話をおねだりしたいのだが、話しかけるタイミングがわからない。


 それにちょっと私は罪悪感を抱いている。今日は塾に行かずに遊びほうけていたのだから。今日ちゃんと塾に行ったのか母から聞かれることはないし。大部屋で大人数を教えるタイプの塾なので休んだことをいちいち親に言わないだろう。

 お守りのように連絡先を書いた紙を握りしめる。大きく息を吸ってかるく止め、母を呼んだ。


「ねぁ、お母さん」

「うわ! びっくりした」


 突然だったのと思いのほか大きな声が出たので、母は驚いて作業をする手を止めた。


「あ、ごめんなさい」

「いいのよ、真央。で、なにか用?」

「えーとね、そのね」

「はっきりしないわね。何かおねだり?」

「その、携帯電話が欲しいなぁ、最新機種とかじゃ無くて良いから」

「携帯・・・・・・ねぇ」


 母は料理の作業を完全に止めて考え始めた。


「お父さんと相談してからね」


 即答で断られたうえ、うちにはお金が無いとガミガミお説教があると思っていたが意外だった。大声で罵倒を浴びるのを覚悟していたのでちょっと拍子抜けだった。

 どうやら今日は母の機嫌が良いらしい。いつもお父さんの事ろくでもない人と言っておきながら相談するのはおかしいと思うが黙っていた。父は娘の私に甘いので反対しないであろう。

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