カラオケ

 ボウリングのあとは昼食を摂りながらのカラオケだ。その場所はボウリング場と同じ建物の上の階にある。ここもきちんと10人が入れる大部屋の予約が入れられていた。


 テーブルの上には適当に注文されたピザや唐揚げ、フレンチポテトなど軽食が所狭しと並ぶ。

 私はドリンクバーからオレンジジュースを持ってきて、皆の許可無く勝手にからげにレモンをかけ、ピザにタバスコをかけた男子を責めて騒いでいる彼らを横目に、適当にテーブルの上の物をつまむ。


 ボウリングもだがカラオケも苦手な私は、デュエットの申し出を断っているうちにいつの間にか1人になっていた。周りを見回すと男女のペアがいつの間にかできている。


 男の子はたーちゃんに一人、てっちんに一人、うり坊に一人、みこちゃんに二人ついている。

 つまり女の子が一人あぶれている。

 そのあぶれたのが私なわけで、男の子は苦手と言いながらこの雰囲気は耐えがたい。山田くんはみこちゃんについている。私はボウリングの時も特に彼にアクションできなかったから当然の結果である。


 席を立ち頻繁にドリンクバーに立つ、当然トイレも近く何度も行っている。


「こういうところ苦手?」


 ドリンクバーで何を飲むか選んでいる振りをして時間を潰していると、男の子に声をかけられた。さっき斉藤くんにキスをした男子だ。


「あ、さっきはありがとう、助けてくれて」


 私は遅ればせながら彼にお礼を言った。


「ん?」


 彼はお礼を言われた理由がわからないようだ。


「その・・・・・・キス・・・・・・」

「ああ、そのことか」


 そこまで言ってやっとわかったらしい。


「別にお礼を言われるようなことはしてないよ。斉藤だって薄々キスしたのは君じゃないってわかっているさ。だからしたのが俺だとばれてもあいつは別に腹をたてたりはしない」

「私ってノリ、悪いのかな」

「まぁ固いこと気にしなくていいんじゃない? 今すぐここで永遠の相手を見つけろってわけじゃないし、今時付き合う相手なんて何度もとっかえひっかえするのが当たり前だ。だいたい俺たちはまだ中一だし、人生まだ長い」


 てっちんと同じ事言ってる。そういえばこの人山田くんとみこちゃんのところにいたはずだ。


「こういう事よくするの?」

「こういう事って合コンのこと? いや、俺でも今日で二回目だ。何しろ金がかかってそんな頻繁にはできないんだ」

「あ、ごめなさい」


 さっきちょっと料金表を見たけど、ボウリングが靴代含めて1,800円でカラオケが2時間2,000円だった。それとは別に今テーブルに並んでいる食事代がかかる、女子が2,000円しか払ってないと言うことは、会員証が使えるので少し安くなると言っても男子が1人5,000円くらい払うことになる。ちなみに私の月のお小遣いは月3,000円である。


「いいよいいよあやまんなくても、楽しんでくれればそれでいい」

「でも私・・・・・・あんまり楽しんでないかも」


 私は自分の気持ちを吐露した。


「慣れだよ慣れ、実はオレも最初は慣れなかったさ。今日だって皆に無理矢理連れてこられている」


 彼は私を咎めなかった。


「こつは普段とは違う自分になること、さ。君だって今日友達に普段とは違う面を見せられて戸惑っているだろう」


 確かに計算高い子や、派手な服を着ている子や、やたら男子に媚びを売るような仕草を見せる子もいる。普段はぶっきらぼうなのに、かいがいしく男子の世話をしている子もいる。


「こんなことをしてはいけないんじゃないか、とかつい考えちゃうけど、自分がなにしたって世の中には何の影響も与えないんだ」

「そうかなぁ」


 私は今日塾をサボって合コンに来ている。確かにそれが世の中に影響を与えることはないだろう、後で私が困るだけだ。


「世の中ってさ自分を中心に動いてはいない。所詮俺たちなんかは物語の主人公じゃないし王子さまでも勇者でもない、名前もついていないただの村人Aなのさ。誰も自分のことなんか見ちゃいないし覚えてももらえない。清く正しく生きてたって何も良いことはない」


 私の書くマンガの主人公はすごく強かったり頭が良かったりするけど、私自身は普通の女の子だ。


「ま、なんか歌いなよ。せっかくカラオケに来てんだから。音痴だったとしても気にすることはない。結局カラオケだって誰も人の歌なんて聴いてはいないんだから」


 彼に促されて二人でジュースを持って部屋に戻った。


「遅いぞー、どこでいちゃついていた。二人で帰っちゃったかと思った」


 皆がニヤニヤ笑いながら私たちを迎える。


「いちゃついていたのは否定しない」


  彼は皆からのつっこみを軽く受け流す。そして何か曲を入力する端末を受け取り操作した。


「ねぇ、まーちゃん。古田くんと何を話してたの」

「ううん、別にたいしたことは話してないよ」


 ちょっとひとりぼっちにされた愚痴を聞いてもらっただけだ。


「おとなしいフリしてなかなかやりますなぁ」

「てっきり、お持ち帰りされたのかと思った」

「いやいや、私がお持ち帰りなんてありえ無いから」


  みんながはやし立てるのを私は全力で否定した。


「そんなこと無いって、まーちゃん」


 少しだけ立ち話してただけなのに、この勘違いのされよう。

 新しい曲が始まり、古田くんが立ち上がった。


「えっ?」


 彼は両手にマイクを持ち、左手で握っている方を椅子に座っている私に差し出した。

 ヒューヒューと周りがはやし立てる。

 まこちゃんが早く立てと私の背を軽く叩く。

 私は胸をドキドキさせながら思い切ってマイクを受け取り立ち上がった。

 椅子に座ったまま、大きなモニターに表示される歌詞を読んで歌うタイプのカラオケ店が多い中、ここは各部屋に立って歌う人用のステージがある。

 そのステージで彼に並んで立つと、空いている彼の手がスルスルと私の肩に回された。肩に微かな重みを感じ、私の体が緊張と羞恥心で硬直した。


 このままじゃ歌うどころではない。


 周りから浴びる視線が熱い。できれば振りほどきたいがせっかく盛り上がったこの場を冷めさせないため、このままの状態でいた方が良いのだろうか。私さえ我慢すれば良いかなと考えたが、思い切って私の肩に置かれた彼の手をにらみつけると、ぴしゃりと自分の手ではたいた。彼は私の肩に置いた手を引っ込め、いててと笑いながら大げさに目の前で振って痛がってみせた。皆はそれを見て爆笑した。


 これで正解だったようだ。手をはたかれて彼は怒る事も無く、場をしらけさせることもなくて私はほっとした。

 彼が選んだ曲は、幸い今はやりで聴いたことがあるものだったので何とか歌うことができた。そもそもデュエット曲ではなかったので、二人で同じ曲で声を合わせて歌っただけだ。彼は歌っている途中何度も私に視線を送り、微笑んだ。私もそのたびにお返しに微笑んで見せたが、旨くできただろうか。


 曲が終わりマイクをスタンドに置き椅子に座ると、まこちゃんが「お疲れ」と私にねぎらいの言葉をかけた。緊張と皆の前でなれない歌を歌い、すっかり喉がカラカラに渇いた私はグラスを取りストローを咥えジュースを一気飲みした。


「ジュース持ってきてあげるよ、何が良い?」


 古田くんが空になった私のグラスに手を伸ばす。


「いいよいいよ、自分で取ってくるから」


 私は自分のグラスを両手で掴んで固辞した。


「持ってきてもらいなよ、まーちゃん」


 となりの男の子にぴったりくっついて座っている、うり坊が言う。


「そうそう、遠慮なんかいらない」


 彼は手を伸ばしたままそう言う。ここは遠慮しない方がかわいいのだろうか、しかたなくグラスをそうっと彼に差し出した。


「じゃあ、オレンジジュースで」

「オーケー」


 私からグラスを受け取った彼は部屋を出て行った。


「まさか向こうから迫ってくるとはねぇ」


 てっちんが私にささやいた。


「よかったねまーちゃん、がんば」


 うり坊が両手で握りこぶしをつくって私に向けた。

 彼がジュースが入ったグラスを両手に持って戻ってきた。


「はいこっちこっち」


 隣に座っていたみこちゃんが席を立ち、彼を手招きした。

 そして当たり前のように彼は空いたそこに座った。


「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 彼は持っていたグラスの片方を私に渡し、片方を目の前のテーブルに置いた。当然自分の分らしい。受け取った私は彼にお礼を言った。

 私は遠くの席に移動したみこちゃんに怒りと救いを求める視線を送った。しかし、彼女は私にウインクと親指を上に突き出した握り拳を返しただけだった。

 どうしたらいいのか、席を離れるわけにもいかずグラスを手に取ってのジュースを飲もうとしたらストローが鼻の穴に刺さった。慌てて抜いて何もなかったふうを装ってみた、そうっととなりの彼を見るとこちらを見て笑っていた。バッチリ見られていたようだ。体が熱くなる、きっと顔も真っ赤だろう。


「いや、オレは何も見ていない、みていないよ」


 彼はフォローになっていないフォローをした。依然顔は笑ったままだ。もう消えて無くなりたい。


「人間生きてたら恥ずかしい事ばかりだよ」


 とさらにフォローになってないことを積み重ねた。それにとてつもなくおっさん臭い事を言う。まだお互い13歳なのに。


「古田くんでも恥ずかしいことがあるの?」


 男の子に平気でキスしたり、女の子のとなりに座ったり、神経はかなり図太いように見える。


「今だって君のとなりに座ったのは良いものの、何を話したらいいか分からなくて心臓がバクバクいっている」


 それなら私と同じだ。


「だれでも隣に座ったら心臓がバクバクするわけじゃないよ、それは君だからさ」

「私だから?」


 え、それって? どういう・・・・・・


「可愛い女の子限定ってことさ」


 彼が私を見つめる。再び私の心臓の鼓動が跳ね上がり、体温が急上昇する。


「可愛いって、そ、そんなことないよ、私なんか背は低い、スタイルは悪くって第一おさげだし」


 私は彼から視線を外し、震える手でグラスを手に取りストローを口に咥えた。今度はちゃんとジュースを飲めた。


「女の子に会う度みんなに「君、可愛いね」って言ってるんじゃあないの~」


 冷たいジュースでクールダウンした私は必死に言葉を紡ぎ出した。


「もちろんそうさ」


 彼は即答した。

 ・・・・・・私のときめきを返せ。

 この人はこういう人なのか。冷静になった私は彼の右腕を強めにつねった。


「いてて」


 彼は大げさに身をよじって見せた。 

 緊張がすっかり取れた私はそのあとたわいのないお話をして彼と時間をすごした。その間に周りからのリクエストで一度だけ本当のデュエット曲で歌った。

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