合コン

 土曜日になった。今日は塾を休むと母に言えるわけもなく、黙ってさぼることにした。


 家を出るときはばれないように地味な服を着て、途中デパートのトイレで持ってきた服に着替えた。男の子は皆同じ中学の一年生で、名前は知らないものの同じ学校なので見知った顔は何人かいた。彼らとの集合場所はボウリング場の前だがその前にみんなで一旦別の場所に集まることになっていた。


 駅前のマック、てっちん曰くマクドが集合場所だ。私は一階の店舗でオレンジジュースの小さいサイズを1つだけ注文し、それをお盆にのせて店の階段を上る。二階に上がると椅子に座っていたマコちゃんが大きく私に向かって手を振った。すでに私以外は皆そろっている。みんな気合いが入っているようで、五人で出掛けたときには、見たことがない格好をしている。まるでどこかのお姫様みたいだ。


 うり坊この寒いのにスカートみじかっ、これからボウリングをするのに見えたらどうするのだろう。

 合コンはボウリングからのカラオケと予定は決まっている。正直男の子は苦手だがこの五人が一緒ならなんとかなるだろう。


「まずは作戦会議をするで」


 ほんとてっちんはすごく手慣れている。私は全部彼女におまかせするしかない。


「あっちは五人、こっちも五人。最初は相手がかぶらないようにすることが肝心や」


 彼女がスマホを取り出すとそこには五人の男の子がおどけた姿で写っている。同じように私たち五人の写真も先日送付済みだ。私は携帯を持っていないので他の人の画面を見せてもらう。


「まーちゃんは山田やな」


 いきなりてっちんは私の相手を指定する。他の三人もそれに異を唱える人もいない。まぁだれでも好きな人を選べと言われても困るけれど。あとの四人の男子は名前も知らない。もちろん合コンに先立って聞いてはいたけれど覚えていなかった。


「どうしても相手の男の子とくっつかなきゃいけないものなの?」


 今日の合コンはあくまで遊びか、その後真剣にお付き合いしなくてはならないのか、そのさじ加減が私にはわからない。


「そんなことはあらへん、人生長いんやで。いつ本物の王子さまが現れるかわからへん、あくまで今日のパーティー限定での、ダンスのパートナーを決めるだけや」


 彼女はしゃれた例え話を出してきて私の不安を消そうとする。

 そのあとの四人の相手もすんなり決まり、てっちんから彼らの簡単なプロフィールの説明があった。集合時刻になったのでそろってボウリング場に徒歩で向かう。私以外はあまり不安を抱いている人はいないようで、逆に皆ウキウキと会話しながら道を歩いている。


 待ち合わせに10分おくれて到着すると、ボウリング場の前に私たちと同じ年代の男の子がいて、そわそわした様子でこちらを見ている。その中に山田君がいて、彼らが今日の合コンの相手であることがわかる。遅刻したが誰一人帰らず男の子は待っていたようだ。


 私たちが近づくと男子の中から1人が前に出た。こちら側はてっちんが前に出て、まずは代表同士の挨拶が交わされる。続いてお互いそれぞれの自己紹介をした。若干どもり気味で私は自己紹介をした。私は脳細胞をフル回転させて彼らの、事前に聞いていた名前と顔を必死に一致させた。頭の悪い私のために、名札とかして欲しいものだ。


 店に入り、事前に予約してあったので受付はすんなりと済み、メンバー分けとなった。さすがに10人で1レーンは多いので2レーンを借りた。くじ引きでメンバーを3対3、2対2に分け、私と山田君が3対3の同じ組になった。

「よろしく」と同じメンバーとなった男の子3人とあらためて簡単に挨拶をする。もう片方の2対2のメンバーを見ると、てっちんが私に向けて親指を立てた。くじ引きは彼女が用意したもので、山田君と私が一緒の組みになったのは偶然ではないようだ。この店の会員だという子もいて、その子は靴のレンタル料が無料だ。私は会員では無いので有料だが、お金はまとめて代表の子が払ってくれる。私もマックで集まったときに会費は徴収された。女の子の会費は1人2000円、あとの足りない分は男の子が全部払ってくれるらしい。


 自分に合うサイズの靴を借り、ハウスボウルを選ぶ。ボウリングなんてすごく久しぶりだ。まだ団地に住んでいた頃は家族そろってよくきていた。父と母はすごく上手くてストライクを連発していたのを思い出す。


 投げる順番は男の子女の子交互に投げることになった。

 同じ組の斉藤君がいきなりストライクを出し、たかだかと右手をあげる。彼は笑顔でハイタッチをメンバーに求めた。私もちょんと手のひらを合わせた。


 他の男子も成績が良い、ボウリングには来慣れているようで、やはり合コンをするような男子は遊び慣れているのだ、と思うのは私の偏見だろうか。私の成績は、ガターを出さないようにするので手一杯だった。


「どうしたの、楽しくない?」


 男子が私のとなりに座って来て聞いた。


「そんなことは無いけど」


 彼は私のグラスに目をやる。


「ドリンクを持ってきてあげるよ、何が良い?」


 2時間ドリンク飲み放題のプランにしていた。


「いいよ、悪いから自分で行く」

「気にしなくて良いよ、コーラで良い?」

「じゃあそれで」


 彼に押し切られて、お願いすることにした。彼がジュースを持ってくるのを待っている間隣のレーンを見る。やはりうり坊の短いスカートに男子どもの目は釘付けだ。男の子って思った通りの生き物らしい。同じ組のみこちゃんは甘い声を出して男子と話している。いわゆるブリブリだ。皆私が知らない面を見せている。


 1ゲーム終わってメンバーの入れ替えをすることになった。ちょっとジュースを飲み過ぎた私は、トイレを済ませ、手を洗う。


「こういう雰囲気なれヘん?」


 となりの洗面台に並んだてっちんが顔を正面に向け、鏡で髪型を直しながらつぶやく。ここには他に人はいないので当然私に言ったのだろう。


「うん、合コン自体初めてだし、学校以外でこんなに長い時間男の子と同じところにいるのは初めて。どういう顔をしたら良いのかわかんなくて」

「朝言うたやろ、一時のダンスの相手をしてるだけ、曲が終わったらはい、さようならや。で、次の曲がかかったら別の相手とダンスを踊る。そもそもこんなところにくる男子なんて頭も尻も軽いもんや。だから気にせずこちらも相手に合わせて頭軽うしてはめはずしたらええ。今日この場で一生の相手を探すこともないし、もし、相手の男に告白されてもそいつが気に入らんかったら遠慮無く振ってやればええんや。それになにかトラブルがあってもうちが追い払ってやるさかい、心配せえへんでええ。だから笑顔を振りまいて、相手に勘違いされるようなことを遠慮無くしたらいいんやで」


 そう言って、てっちんは私を置いて先にトイレから出て行った。トイレに1人残った彼女に言われたことを反芻した。例え話がいちいち大人っぽい、本当に同い年なんだろうか。彼女の言ってる意味はわかるけど、私はそんなに気持ちが割り切れない。トイレから出てレーンに戻ると次のゲームの組み分けがもう決まっており、さっそく始まる。その後3ゲーム目もメンバーを入れ替えた。


 3ゲーム合計で私がダントツの最下位となった。


「では最下位の人には罰ゲームがあります。最下位の人は1位の人の言うことを何でも1つだけ聞かなくてはなりません」


 みこちゃんから怒濤の発表があった。


「え? そんな話きいてないよ!」


 私は驚いた。それを知ってたらもっと気合いを入れてプレイしていたのに。もっとも気合い入れたからといって結果は変わらなかっただろうけど。


「あれ、あんときまーちゃんいなかったけ? ま、いいや、発表します。ビリの人は唐沢真央さーん、トップは斉藤憲一くーん!」


 ま、いいや、じゃなくて。でも空気を壊したくない私は名前を呼ばれて立ち上がる。男の子も一人立ち上がった。


「なんでも言うこと聞くって言っても、エッチなのは駄目だからね」


 私は斉藤くんに釘を刺した。


「エッチなのは駄目か~、ん~」


 彼は上を向いて少し考え、私の方に顔を直すと言った。


「ではキスして下さい」


 エッチなのは駄目だって言ってるのに!


「キース! キース!」


 私の気持ちを無視して皆が手を叩いてはやし立てる。


「ほっぺでいいよ~」


 背の高さを合わせるためか、彼は若干前屈みで軽く右頬を私に向け目をつぶった。

 皆が早くしろとはやし立てるが私はその場を動けない。握りこぶしを作り強く握り体を硬直させた。これで私が固辞をするとどうなるんだろうか。合コンの雰囲気が悪くなり、5人の友情が壊れてしまうのだろうか。それを考えたら私が我慢すれば済む話だ。そうは思っても足が一歩も動かない。動かない私に斉藤くんの方から右の頬を近づける。


 皆がはやし立てる中、他の一人の男の子がすっくと黙って椅子から立ち上がった。

 彼は私と斉藤くんの間にそっと割り込むと差し出している彼の頬にキスをした。目の前にいる私にもチュッという乾いた音が聞こえた。キスをした男子は、斉藤君が目を開けた頃には何食わぬ顔で元いたところに座っていた。


「いえーい!」


 目を開けた斉藤くんは満面の笑みで両手にピースサインを作り、皆の前に掲げた。

 喜ぶ彼に皆爆笑しながら拍手を送る。斉藤くんにキスした彼も拍手を送っている。

 依然私は固まったままだがだれもそれは私からのキスではないと訂正することも、私にキスのやり直しを要求することもなかった。


 ひょっとしてこれで私の罰ゲームは終了した・・・・・・のかな?

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