友達

 今の中学校へと向かう最初の交差点にさしかかると、そこに私と同じ中学校の制服を着た女の子が二人立っていた。


 私が小走りで近寄ると、彼女たちの方もこちらに気づき、二人の内豊かな胸を持つ方の子が軽く片手をあげ「よう」と言い、私と同じく胸が控えめな子はこちらに向けて軽く頭を下げた。


 二人は身長が同じくらいだが見た目が対照的だ。

 一人は髪は栗色で私が将来得られる可能性がある豊かな胸を目立たせ、ベストは着ずにシャツをだらしなく外に出したままにしている。


 もう一人の髪は私があこがれる黒いきれいな直毛で、頭は小さくて鼻は透き通っていて、すらりと痩せ型だった。彼女はもう一人とは違い、制服はきれいに着こなしていて姿勢が良く優等生タイプに見える。

 実際彼女はクラスの委員長でこの春転校してきた私のお世話をした関係で仲良くなった。彼女は黒縁の眼鏡をかけ、黒くて大きな瞳をそれで目立たなくさせている。実は彼女の眼鏡にはまっているのはただのガラス板で度は入っていない。


 二人は見た印象が正反対だがモデル体型であるところは共通している。


「おはよう、由夏ちゃん、千怜ちゃん」


 私も二人に挨拶を返した。ここは私とこの二人との待ち合わせの場所になっている。名前は胸が豊かな方が越生由夏(おごせゆか)、メガネの背すじがピーンとしている方が大家千怜(おおやちさと)。私はここの中学に転校して以来、毎日この二人と登校するのが日課となっていた。


 合流した私は、二人に挟まれた状態で学校までの道のりを進む。三人の中で私が一番背が低く、同い年のはずなのに幼く見える。


「夜遅くまで漫画を書いてたら朝起きられなかった」


 何気なくそう話を振ると、私と同じく漫画大好きな由夏ちゃんがいち早く反応した。


「真央、今、どんな漫画を書いてんだ?」

「題名はね、クリスタルドラゴン。何でも願いを聞いてくれるドラゴンのお話」


 簡単に私がいま書いている漫画の内容を由夏ちゃんに説明した。


「へぇ~。何でも願いを聞いてくれるって、それって何でもか?」

「そう、何でも。願いの種類と数の制限は一切無し」

「でも、それって世界中を旅して七つの玉を見つけなければ現れない、とか」

「そういうのも一切無し」

「ほう、それはすごいな。オレだったら何を願おうかな」


 そう言って彼女は両腕を上げ頭の後ろに組んだ。すると大きな胸がより強調される、女の私でもついそこに目が行ってしまうほどだ。彼女は自分が素晴らしいものを持っていることに無頓着だ。


「オレはやっぱりお嫁さんだな」


 彼女は少し考え、普通の結論を出した。


「うわ、似合わなーい」


 私は苦笑した。


「何でだよ、女に生まれたのなら普通願いはそれしかないだろ」

「由夏には無理ね。女なのに自分のことをオレっていう人なんて。そうね、無理だからこそそんな神様みたいなのに頼ろうというのね」


 私を挟んで、反対側にいる千怜ちゃんからの茶々が入った。


「なにを! 男なんかそのなんとかドラゴンとやらに頼らなくても、この胸で迫ればいつでもどこでも一発で落とせる」


 彼女は両手で胸を下から持ち上げ、その盛り上がりを強調した。意外と自分が素晴らしい武器を持っているのをわかってらっしゃった。


「そうね、頭が空っぽの女のところには、やっぱり見た目でだまされる頭が空っぽの男が来るのよ」

「へへん、自分がつるペタだからといってひがんでんじゃねーよ、なー真央。あ、ごめん」


 うう、由夏ちゃん、私の胸を見て謝らないで、悲しくなっちゃうから。きっとそれは時間が解決してくれるはず。なんといってもまだ14歳なのだから。


「私の願いはバリバリのキャリアウーマンね、将来えらくなって男どもをこき使ってやる」


 千怜ちゃんが茶々を入れるだけではなく、この話に乗ってきた。


「そりゃまた、婚期が遅くなりそーな話だな」

「良いのよ、結婚なんかしなくても」

「そんで、一人寂しい老後を送るんだな」


 私を挟んで二人の言い争いが続く。

 学校に近づいてくると同じ制服を着ている男女が増えてくる。その人達と一緒に同じ校門をくぐった。


 ここが私がこの春から通っている中学校だ。このクキ中央中学校は、各学年3クラスで全生徒数は300人程、私と二人は2年3組だ。

 エントランスでスニーカーから上履きに履き替え、二階にある自分の教室に向かう。


「あいた!」


 教室に向かう途中廊下で通りすがりの男子に、おさげ髪を引っ張られた。


「こらー!」


 由夏ちゃんがその男を怒鳴りつけた。怒鳴りつけられた男は笑いながら逃げていった。


「良いのよ、由夏ちゃん。髪をおさげにしてるとよくあること」


 私はその男子を追いかけようとした由夏ちゃんを止めた。


「優しいな真央は。調子に乗るからあんな奴ら股間を蹴り上げてやったほうが良いぞ」

「暴力に暴力で返しては駄目よ由夏。このことは私からあとで先生に言いつけてやるから」

 

千怜ちゃんが委員長的発言をして由夏ちゃんをいさめた。


 教室に入ると一旦机に鞄を置いてから机の中に鞄の中身を写し、教室の後ろにあるロッカーに鞄をしまった。三人とも席は並んでおり、その後もたわいない会話が続く。

 会話の中に時々昔話が混じり、二人が幼なじみであることがよくわかる。私はこの春、遠くて近いところからこの中学に転校してきた。二人との付き合いもこの春からだ。


 始業十分前になり、私は席を立った。


「どこに行くんだ?」

 

由夏ちゃんが私を見上げて言った。


「ちょっとお花を摘みに」

「オレも一緒に付き合ってやるよ」


 そう言って彼女も席を立った。


「え? お花を摘みにっていうのはトイレに行く事の隠語で、本当にお花を摘みにいくことじゃないよ?」

「うん? それは知ってるけど、なんかオレおかしいこと言ったか?」

 

 私は彼女の言葉に驚いたがすぐにその表情を隠した。


「ううん、なんでもない一緒に行こう。千怜ちゃんは?」

 

 その必要は無いと思うが、一応彼女にも聞いてみた。


「私はちょっと職員室へ行ってきます」


 そういって彼女も席を立った。


「優等生は大変だな。ま、せいぜい内申点稼ぎを頑張ってくれたまえ」

「あら、そういうこと言っていて良いのかしら、もうすぐ期末テストだけれど、勉強を教えてくれといっても知らないからね」

「ひ~そんな~、神様仏様千怜様~」


 そんなことを言いながら三人で教室を出てトイレの前で別れた。そこには他に人はいず、私たち二人だけの貸し切り状態だった。


 トイレを済ませて洗面台で手を洗う。


「もう時間が無い、真央急げ」

「うん」


 教室に向かおうとした私の体に、どん、という強い衝撃が走る。


「あいた!」


 私はよろめきその場で尻餅をついた。床にお尻をついたまま私に衝撃を与えた方行を見上げると、そこには一人の女の子が腕を組んで仁王立ちしていた。

 彼女は黒髪直毛、メガネをかけていて美人だが、同じ黒髪直毛眼鏡美人の千怜ちゃんとは違って目が鋭く冷たい印象を受ける。

 その普段から目の鋭い美人がさらに目をつり上げて私を見下ろしている。


「大丈夫か真央」


 由夏ちゃんに手を引かれて私は立ち上がった。 


「田中! テメー、今わざとぶつかりやがったな!」


 私を引き起こし終えた由夏ちゃんがきつめの美人、田中好恵さんにくってかかる。


「何言ってんの、私のせいじゃないわ。その子がどんくさいのが悪いのよ」

「うん、私が悪いの。ちょっと急いでよそみをしていたのだから、ごめんなさい」


 スカートに付いた埃を手で払いながら、私は彼女に謝った。


「ふん」


 彼女はそれ以上何も言わず、私と由夏ちゃんをじろりとひとにらみをすると、そっぽを向き行ってしまった。


「あのやろー、最近真央につらく当たりやがって。いっぺん締めてやらねえといけねえな」

「ほんとに、気にしないでいいの由夏ちゃん」

「甘いな、真央。世の中にはな、優しくしてもそれが伝わらないやつがいる、だいたい・・・・・・」


 まだ何かを言おうとした由夏ちゃんの言葉を遮るようにチャイムが鳴った。


「やばい、ホームルームが始まる、このことはあとで千怜にも伝えとく」

「ほんと大丈夫だから大事にしないでよ、由夏ちゃん」


 二人走りながら教室に向かう。もう廊下に人は少なく誰かとぶつかるようなことはなかった。

 幸い先生が入る前に教室に戻れた、すでに席に座っている千怜ちゃんに何か言おうとした由夏ちゃんを私は止めた。


 朝そんなことがあった以外は、いつも通りの日常が進む。

 数学の時間に先生に当てられたが、となりの千怜ちゃんが小声で答えを教えてくれたおかげで乗り切る事ができた。由夏ちゃんではないけれど本当に神様仏様千怜様~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る