第8話 若殿・渦に巻き込まれる。

 貴司が夢と思っている世界に来る少し前のことだった。


 若殿は貴司がこちらに来て最初に目覚めた草原で、物思いにふけっていた。


 オヤジ様大殿がいたときは、自分がまつりをするのはまだまだ先だと楽観視していた。

そしてオヤジ様から、それなりに仕事を任されていたが気軽なものだった・・。


 それなのに突然オヤジ様が鬼籍に入ったのだ。

オヤジ様の死を悼む暇なんてなかった。

隣国の隙あらばという緊張感の中、他国につけ入れられないように早急に体勢を整える必要があった。


 よく親の有り難みがどうのとかいうが、こうなってみて熟々つくづく身にしみて分かった。


 大殿が鬼籍に入った直後から、若殿、若殿と家臣に追いかけ回され、次から次へと仕事が舞い込み息を吐く暇もなかった。

しかし、今はだいぶ体勢が整い落ち着いてきた。

そのため、いつ城を抜け出そうかと虎視眈々こしたんたんと機会をうかがっていたのだ。

とはいえ、城を抜け出すと家来は大変なのだが、まつりに支障はでないようになったという状態だ。


 そして今日、やっとチャンスが訪れた。

いつも通りに、若殿、若殿と追い回されていたが、書類の決済を行っていた時に、重臣がたまたま急用で席を外したのだ。

これ幸いと、そっと城を抜け出した。

城を抜け出すとき、お百合おゆりに見つかるのではないかと、冷や冷やしながら抜け出してきたのだが、なんとか成功したようだ。


 だから、今はこうして草花の咲き乱れている、この草原にいる。


 しかし、ここにいればいずれはお百合に見つかるだろう。

それまでは此処でのんびりしていようと決め、草原に寝ころんだ。


 風が心地よい。

それに良い天気だ。

こんな日に、部屋に閉じこもり助左衛門の渋顔なんか見ていられるかと心の底から思った。


 抜け出してよかった・・と、独り言ちひとりごちした。


 ああ自由っていいな・・・

そういえば助左衛門のやつ、見合いを決めてきやがった。

面倒くさいな~・・と、ため息を吐いた。

まあ、でも、助左衛門が見合いを進める意味もわからなくない。

そう思いながら目をつむった。


 すると太陽を見ていたせいかまぶたに明るい円が残像として見える。

見えているのだが・・。

あれ? 明るい円だったのに暗い円に変化した・・・。

そう思ってみていると、暗い円の中でうずが巻き始める。


 なんだ、これは?


 見極めようとまぶたうつる渦を見つめていると、いつの間にか渦に巻き込まれていた。


 まずい! わしは、泳げないんだ、儂は!!


 そう叫びながら、こんなことなら水練すいれんをちゃんとしておけばよかった。

そう思ったときに、あれ? と思った。


 目をつむって見えた渦なら目を開けば消える、そう思いあわてて目を見開いた。

しかし、目の前には本物の渦があり、実際に自分は潮流に流されていた。

それを認識したとたん、渦により水面下に引っ張られた。

慌ててジタバタして顔だけを水面にだし、呼吸を確保する。

そして口から海水を吐き出した。


 「がはっ、ごほっ!!」


 な、なんだこれは! 本当におぼれているではないか!

そう思ったが状況を把握するのが精一杯で、どうしようもない。

ジタバタと両手両足を動かし、なんとか顔だけでも水面の上に出そうとする。

しかし浮くどころか、どんどんと水底へと渦に揉まれながら沈んでいく。

やがて意識が遠のいてきて、やがて気を失った。

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