第7話 姫との会話
庭園に行くと、姫が一人、池の側の竹でできた椅子に座っていた。
どうやら池の鯉を見ているようだ。側に行き隣に腰掛ける。
するとこちらを見ないで姫から話しかけてきた。
「綺麗な錦鯉ですね。」
「はい。」
「この庭園もすばらしです。」
「はい。褒めて頂き有り難う御座います。」
「重臣の方にも気を遣っていただき感謝しております。」
「はい。」
「今日の私の打ち掛けは似合っているでしょうか?」
「はい。」
「打ち掛けは我が国の特産品ですがいかがでしょうか?」
「はい。良い物ですね。」
会話は一度、ここで途切れ間がおかれた。
「あの、私でよかったのでしょうか?」
姫は、そう言うと俺の顔を覗きこんできた。
本当に綺麗な人だ。
迷うことも、恥じらうこともなく目を合わせてきた。
おそらく気丈で、素直な性格ではないのだろうか・・
瞳に池の水面が映り込み、キラキラと輝いている。
「正直に話していただけませんか?」
「?」
「先ほどから、はい、と、いいえ、しか言っておりません。」
「・・・」
「聞けば落馬をして、怪我こそしていないが、記憶が曖昧とか・・」
「・・・」
「それは言い訳で、見合いをしたくなかったのではないですか?」
さて困った。
真っ直ぐに見つめる瞳を見ていると、嘘を吐いてはいけないという気持ちにさせる。まるで呪詛にあったかのようだ。
本物の若は見合いを避けようとしていたようだが、そんな事を言えば国とのいざこざになると助左衛門から脅されている。
それに本物の若が、家臣のことを考えていないとは思えない。
返事をしない俺を見ながら姫はさらに話しを続ける。
「貴方様は我が国との同盟、私の事、この国の事をどうお思いですか?」
そう言って、じっと見つめてくる。
これは不味い、はい、いいえ、だけでは切り抜けられない。
どうしよう・・彦左衛門はまだ迎えにくる気配はない。
無言の時が過ぎる・・
姫に見つめられ、針の
しかし、ダンマリでいても仕方がない、覚悟を決めた。
「はぁ~・・・・分かりました、お話しましょう・・」
「ええ、お聞きします。」
「まず、私は若ではありません。周りは記憶を無くしているからだと言います。」
「はい、記憶が曖昧だと聞いてはおります。」
「それに、これは夢です。」
「?・・??」
「夢だから正直申しましょう。」
「は?・・はい。」
「貴方は綺麗です。すごく美しい方です。」
「そ、そんな! つっ!・・」
そういうと姫は、かぶりを振り
よく見ると顔が真っ赤だった。
すごく可愛い人だ、と、改めて思う。
「もし、俺が若だったら、貴方のような方と一緒になれるなら、本当に幸せだと思います。」
姫は、顔を上げた。
つぶらな瞳を見開き、口をやや開いて驚いた顔をしていた。
「たぶん、本当の若であっても同じ気持ちになるだろうと思います。」
「・・・」
「同盟の件ですが・・」
姫は驚いた顔から、すっと、真剣な顔と眼差しになる。
「助左衛門から事情は聞いています。貴方の国の置かれた立場を考えると同盟が一番かと思います。
また、我が国としても貴方の国が他国に占領されたならば、次は我が国となるため、人民を戦火に巻き込まないためにも同盟は重要な事です。
また、貴国との商業の交流も経済の発展には重要だと思います。
おそらく、本当の若も同じように考えると思います。」
姫はそれを瞬きもせず、じっと聞いていた。
「俺は思うのですが、たしかに武家として貴方が輿入れをした方が、両家とも安心でしょう。」
「ええ、その通りかと。」
「でも、貴方がそのために自分のしたくない結婚をする必要はないのではないでしょうか?」
「えっ?!」
「私が若であると間違えられている間に同盟を結ぶなら、私は貴方の輿入れ如何に関わらず同盟を結ぶように助左衛門を説得してみせます。」
「・・・」
「ですので、貴方はお家の都合ではなく、ご自分の意思で決断して下さい。」
「そ、そんな同盟などあり得ません。」
「私を信じて下さるなら、そうなるように尽力します。」
「・・・」
暫く姫は俺の目をじっと見つめていた。
俺も目をそらさず微笑んで嘘偽りのないことを伝える。
やがて姫が目をそらし俯いた。
「貴方様のお考えは分かりました。そして初対面の私を気遣って下さっているのも。
ただ、私も武家の娘としての立場もあります。
大殿と話しをして決める時間を下さいませ。
私自身も貴方様のお考えを大殿に伝え、また、私自身の気持ちも大殿に話します。」
そう言って姫は俺の瞳を再び真っ直ぐに見てきた。
本当に綺麗な瞳だな・・そう思うと同時に、こんな綺麗な人が恋人だったらいいのに、と、多少欲望も交える。
この夢、拷問だよな・・酒池肉林の夢に変えようかと、ふと悪魔のささやきが聞こえる。でも、こんな綺麗な子だからこそ、綺麗な夢がいいんだ、と、泣き泣き悪魔の囁きを消し去った。
「分かりました。貴方の意思を尊重します。
俺からは何も言いませんし、こちらから貴国にこの話しをしません。
ただ、もし、貴方が輿入れを辞める場合は、まず私に連絡を下さい。
連絡があったなら私から家臣を説得します。」
「はい、分かりました。」
すると、このタイミングを見計らったかのように助左衛門が庭の入り口からこちらに向ってくる。
「若殿、そろそろお見合いはこの位にしていただきます。」
「ああ、わかった。 若・・ねぇ・・」
「殿!」
「あ、すまん、すまん。」
それを聞いた姫は袖で口を隠し、ふふふふ、と、笑っていた。
それを見て、俺はこめかみを指で掻いた後、姫に笑いかける。
「姫様、たいへん失礼しました。我が若殿はちと可笑しな状態が続いておりましてのう・・」
「はい、それは伺っております。そのような中、我が国の都合でお見合いをさせていただき感謝します。」
「いえいえ、こちらこと相済みませなんだ。」
そういって助左衛門は腰を折ってお詫びをする。
「では姫、お付きの方がお待ちですのでこちらに。
殿はご自分の部屋にお戻り下され。
お百合、殿の監し・・、うぉホン! 殿をご案内せよ。」
それを聞いて姫はさらに笑いを深くしていた。
百合は助左衛門をちらりと睨んだ後、俺に行くように目配せをする。
「それでは姫、道中お気を付けてお帰り下さい。」
「はい、ありがとう御座います。」
こうして夢の中の見合いは無事終了した。
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