第3話 若では無いと言っているのだが・・

 「う、う・・ん」

 「若!」


 意識を取り戻しつつある俺の耳に年寄りの声が響く。


 「・・わ・か?・・」


 薄目を開けると、枕元に白髪頭で和服を着た老人がいた。


 「若、気がつかれましたか?」

 「・・・・」

 「若、わしが誰か分かりますか?」

 「誰?」


 そう言って上体を起こした。

どうやら布団に寝かされていたようだ。


 老人は俺を見つめ、口をアングリと開け固まった。

すると老人の近くにいた草原であった女性が口を開く。


 「助左衛門殿、私の言った通りで御座いましょう?」

 「うむ・・・確かに。」

 「このような状態ですので、先ほど話したようにやむを得ず・・」

 「うむ・・」


 「あの・・此処は何処でしょうか?」

 「若、本当にが誰か分かりませんか?」

 「・・あの、先ほどから若とは、俺の事ですか?」

 「・・・・」


 俺の問いには答えず、俺を挟んで布団の反対側に座っている別の老人に助左衛門という人は目を向けて話す。


 「幻庵先生、これは・・・」

 「ふむ・・、一時的な症状で自分が分からなくなる病気かと・・」

 「一時的にですか・・」

 「まあ、正直それが一時的なのか治らないのか経過を見んと分からんがのぉ。」

 「え! 治らないと?!」

 「治るかどうかは、様子を見んとわからんのじゃ・・」

 「幻庵、そなた医者であろう!! それも御殿医であろう!」

 「あのなぁ、助左、医者だからとて万能ではないのだぞ。」

 「・・・」


 「あのぉ、お取り込み中、済みませんが、いいでしょうか?」

 「なんじゃ?」

 「俺、小宮 貴司、25歳 IT企業の社員です。」

 「?」

 「ちゃんと自分が誰か分かっています。」


 「幻庵先生、これは・・」

 「はて、奇天烈な・・、訳の分からないことを話すのう・・」

 「私が野原で見つけた時も、このように若は自分が分かっていない状態でした。」


 そう言って3人はと俺を見る。


 俺としては夢の中のことなので、どうでもよいと考えていた。

これは夢の中、だから奇天烈で ”結構、毛だらけ、猫灰だらけ”でいい・・

そう思う。

ただ、夢なら自分が殿なり、貴族なり、そうだと思うのではないだろうか・・

でも、そんな気が全くしない。それに、こんな夢は普通、こういう中途半端な状態で覚めるはずだ。


 よし、夢かどうか確かめようと、自分を頬を思いきりつねってみる。


 「いてっ!!」


 「な、何をするのですか若!」

 助左衛門という老人が慌てて、抓った手を掴み頬から外す。


 「夢にしては痛い・・」

 「はぁ?! 当たり前ではないですか、なぜ夢などと?」

 「ふむ、これは西洋でいう夢遊病・・いや、違うか・・・。

 普通、痛みを覚えれば夢から覚めるしの~・・不可解じゃ。」


 助左衛門と幻庵が勝手なことを言っていたが、俺はそれどころではなかった。

夢なのに頬を抓ると痛い・・何故だ? 夢ではないのか?

いや、夢の中のはずだ・・渦を見て、巻き込まれて、野原にいて、女性に殴られ気を失って、今ここに居る・・夢だ、なのに痛い・・


 「若?」

 「若殿?」

 「若様?」


 助左衛門、幻庵、若い女性が各々俺がダンマリで考え込んでいる姿を見て声をかける。


 夢・・じゃない、のか? 確証がない。

とりあえず夢であってもなくても、この世界、いや、夢の世界がどこか聞いてみよう・・


 「あの、ここは何処なのでしょうか?」


 「ここは梓の国あずさのくに、あなたは若殿です。そして今いるのは殿の御寝所です 思いだして下され!」


 「若、まさかお見合いが嫌で、記憶をなくしたとか、

記憶を無くす薬を手に入れて飲んだとかはないですか?」


  助左衛門の思い出させようとする話しと、若い女性の意味不明な推理が飛び交う。


 「はぁ・・・、梓の国、ですか・・、で、俺が若殿、ね・・・、さらにお見合いを若殿は厭がっていたんだ・・ふ~ん、そうなんだ。」


  人ごとである。

 まあ、実際に人ごとなのだから、なんとも言いようがない。


 「若、人ごとのように何を言っているのですか!!」

 「助左よ、病人は今、自分を分かっておらんから怒っても無駄だ。

 むしろ、怒ったり、脅すと逆効果になる事がある。」

 「え!! 本当か、それは! 幻庵・・」

 「誠じゃ、嘘を此処で言ってどうする?」

 「・・・」


 「でも、若はよく私を嘘をよく言いますよ?」

 「そうか! 若、いい加減にせい!!」


 若い女性のアドバイス(?)で、助左衛門が変な方向に舵をとった。


 「え?! 何故に嘘だということになるんですか、貴方達は・・」


 この会話を聞いて、幻庵なる医者がため息を吐いたあと口を挟んだ。


 「あのな、助左、それにお百合おゆりよ、わしの見立てでは本当に嘘をいっておらんと思う。」

 「・・・」

 「嘘をいうと瞳孔に変化があったり、わずかに瞳がゆれるものじゃ。」

 「・・・」


 「あの、幻庵先生・・、私も若の嘘と思いたくて、つい嘘だと言ってしまいました。でも、若の幼き頃からの側近として嘘ではないと私も思っています・・」


 そう言ってという女性は俯いた。

俯いたまま、話しを続ける。


 「私が目を離さなければ若は御殿を抜ける事はなかったと思います。私が目を離したから若は御殿を抜けて記憶を無くしてしまいました・・、この上は私の命をもって償いたいと存じます。」


 「ちょ、ちょっと待った!! 物騒な事を言うな!」

 「でも、若は・・」

 「だ・か・ら!! 俺は若ではない別人だと言っているだろう!」

 「・・・」

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