掌握するコズミック

 すぐには返事がなく、俺が振り返ると、サイズは眉間にしわを寄せ、ゆっくりと首を横に振った。


「アキさんが謝ることはないんです。どう考えても、あなたに悪いところは一つもない。……なのに、なんで。なんで、謝るんですか」


 サイズは伸ばした背を前に倒し、膝に肘をついた。頭を抱える。


「悪いのは、あなたを巻き込んでしまった僕です。レグとの問題を放ったらかしにしてきた……」

「……」

「まさか……あんなものまで使うなんて──」


 髪を毟らんばかりに固く握った拳を、震わせている。

 俺は、どう声をかけ、なにから訊けばいいのかわからなかった。閉口して、サイズの手の甲に浮き上がった筋を、ただ見ていた。


「スノー」


 そこへ、女の人の声が割って入ってきた。

 サイズが顔を上げ、俺も目を向ける。

 すごくきれいな女の人が立っていた。ウェーバラで見た四神の女神が重なる。

 でも、服装はかわいらしかった。床へつきそうなほど長いスカートは、開いた傘のようにふんわりとしていて、その上に、肩から裾までヒラヒラの欠かないエプロンを着けている。リブがかかったセーターを肘までたくし上げ、そこから伸びる手で、栗色の長い髪を背中のほうへ流した。


「ルキレナ」


 サイズが呼んだ名前に聞き覚えがあった。ダーグーニーでサイズが会うと、ビショップがジェノバユノスに言っていた女の人だ。

 サイズはソファーから腰を上げ、俺を紹介した。

 はっとなって、俺も立ち上がり深々とお辞儀した。

 女神がにっこり微笑う。軽く頭を下げた。

 通じないのはわかりきっているけど、一応、言葉でも挨拶した。


「……アキです。初めまして」


 それにも微笑んでくれた。それからルキレナさんは、サイズと少し会話をして、あのレンガ造りの台所へと消えた。


「なんて言ったの?」

「手料理をごちそうするそうです。お腹の具合はどうですか」

「あ、そういえば──」


 お腹を撫でたら、やっぱりぐうと鳴った。

 サイズが白い歯を見せて笑う。

 こんなときでも、きちんと空いてくれたお腹と笑ってくれたサイズに、俺は足の底から人心地がついた。


「だってさ。まじで食べてねーし」

「それでこそアキさんです」

「うるさいよ。……てか、ルキレナさんてなにしてる人? サイズのこと、スノーって呼んだよな。呼び捨てじゃん?」


 サイズは皇子さまなわけだから、なにかしらの敬称がつくと思うんだ。たとえ、深い仲だとしても。

 ビショップが言っている「カビーゼ」ってやつとか。


「彼女は、僕の先生なんです」

「センセ?」

「ルキレナはむかし、モデュウムバリで、宮殿詰めの教師をしていました。主に工学です。そして、医者でもあります」

「医者……」

「僕の遠い親戚でもあり、いまは、こっちで悠々自適の生活をしています」


 親戚……か。そっか。だから呼び捨てなんだ。


「あと、ルキレナはああ見えて、僕よりかなり年上です。二十は違います」

「……にじゅう?」


 たしか、サイズは二十六歳と言っていた。


「四十六!」


 俺は思わず叫んでいて、口に手を当てながらルキレナさんが消えた台所を見た。

 俺の声に驚いて、ルキレナさんが出てくるんじゃないかと思ったけど、料理中を知らせる音は途切れなかった。

 ……それにしても見えない。ぜんぜん、そんな年に見えない。髪なんかもツヤツヤだった。


「うっそ。いまのが一番のオドロキかも」

「……一番?」


 サイズが小さく吹き出した。


「それはないでしょう。これまで散々な目に遭ってきてルキレナの年齢が一番、なんて」

「だって、ほんとにびっくりだから。サイズはびっくりしねえの? あ、よく会ってるからマヒしてるのか。四十六っつったら──」


 サイズが俺の頭に触れた。指先に少し力が入って、引き寄せられる。

 それに逆らわず、額を肩口に当てながら俺は続けた。


「五十の一歩手前だよ」

「いまはルキレナの年齢より、あなたですよ」

「……俺? なにが」


 顔を上げると、あの表情とぶつかった。


「本当に、相変わらずな人だ。あなたは」

「……相変わらず? それってどういう意味? 俺には……わかんねえし」


 サイズの答えより先に、薪の爆ぜる音が耳についた。そこから空気が変わった気がした。

 衣擦れの音さえない。

 俺はサイズから少し離れ、下へ目をやった。サイズが腰元に着けている装飾品を眺(み)る。

 金のチェーンが目立つ。チェーンとベルトをつなぐための金具は、なにかの動物があしらわれてあって、瞳の部分に、青色の宝石が埋め込まれてある。

 シンプルな飾りのやつもある。どす赤かったり、柔らかい色味のマーブルだったり。一つとして同じものはない石が連なり、チェーンとともに編み込まれてある。クリスタルっぽいのも。

 大きさがまちまちで、形も違うけど、共通して窺えるのは、そのどれもが高価だろうってことだ。色とりどりの石は、この世界を形成している星々にも見える。

 サイズの視線もすくうように、俺は目を上げた。


「あのさ。一つ、訊いてもいい?」


 と、もう一歩を下がりながら言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る