いまは見えない真意

 身構えるような目の動きをして、サイズは頷いた。


「どうぞ」

「あの少佐、さ。……あの人とサイズのあいだでなにがあったか知らないけど、俺、サイズの足手まといになってないよな? 俺としては、そこがすごく気になる。もし足手まといなら、俺のこと、いつ切ってもらってもかまわないから」


 サイズの顔色が、みるみる変わる。

 そうなるだろうとわかって口にしたことだったけど、予想外な振り幅に、俺は視線を落とすしかなかった。


「なぜ、そんなこと──」


 サイズが、ぐっと、俺の肩を掴んだ。


「なぜって……」

「足手まといになると思ってたら、そもそも捜さないし、助けないし、迎えにも行ってない」

「うん……それはわかってるけど」

「それとも、あなたが僕から離れたいんですか。まあ、無理もないか。僕のせいであんな目に遭ったんだ。これからも、もしかしたら巻き込んでしまうかもしれない。記憶をなくしなにもわからないのをいいことに、自分の星へ連れて帰りたいだなんて、エゴもいいところだ。たまったもんじゃないよな」


 俺の肩を離し、サイズは床へ吐き散らかすように言った。


「俺はただ、あなたに安心を与えたかった。決して一人じゃないんだと、希望を持ってもらいたかった。そのためには、モデュウムバリへ、どうしても連れて帰る必要があった」


 初めて見る、感情に任せてものを言う姿。そんなサイズに俺は困惑し、謝ることしかできなかった。


「ごめん……ごめんって」


 サイズの顔を覗き込み、懇願するように言った。

 はっと、サイズは目を見張る。


「……いえ、俺のほうこそ……。すみません」

「謝らなくていいよ。サイズは俺よりうんと年上なんだし、俺が間違ったこと言ったら、いまみたいに叱ってくれればいい。敬語もいらない」


 サイズが視線を外し、にわかに眉間のしわを増やした。

 それにまた怯みそうになったけど、俺は続けた。


「とくに敬語はおかしいよ。だって、俺は一般庶民で、サイズは皇子さまなんだから」


 一段と険しくなるサイズの表情。

 言わずにはいられなかった。

 ただ、踏み込んでしまった地雷は、思っていたよりも強力で、サイズはなにも喋らなくなった。ついには、階段下のドアへと消える。

 サイズを、下手に皇子さま扱いするのはやめたほうがいいと、ジェノバユノスとの会話から悟っていたはずだった。……だけど、他人行儀にも聞こえる敬語がいやだった。面倒を見てくれるなら、もっとフランクに接してほしかった。

 ドアからテーブルへと視線を移し、俺はその場に腰を下ろした。

 どうしようかと考えていると、テーブルの上にあった箱が視界に入った。

 ゆっくりと手を伸ばす。ふたを開けたら、やっぱり、あのイヤリングが揃ってあった。

 アース色。そして、ロイヤルブルー。──この色を見ていると、なぜか胸がいっぱいになる。

 だれかの気配がして、それに釣られるように顔を上げたら、ルキレナさんが料理を持って立っていた。

 俺が手にしている箱へちらりと視線をやる。テーブルへ皿を置くと、ルキレナさんはしゃがみ、一つ、イヤリングを手にした。

 いろんな角度から見ている。そして、不意に俺の髪に触れてきた。

 俺は突然のことにびっくりして、思わず上体をそらした。

 ルキレナさんが、あのイヤリングを俺の耳につけた。

 でも、耳たぶじゃなく、上のつけ根のところ。俺は、ルキレナさんがもう片方を取っているときに、指で触って確認した。

 もう一つも反対の耳につけられた。


「アキ、わかる? 私の言葉」


 俺は体を硬直させ、カクカクと頷いた。ルキレナさんが発した「言葉」のあとに、俺のわかる言葉が耳に流れてきた。


「これ、翻訳機みたいね」

「アクセサリー……じゃないんだ」


 ルキレナさんが小首を傾げた。

 そっか。俺の言葉はそのまんまなんだ。

 ルキレナさんはなにかに気づいたようで、イヤリングの箱を、また手にした。底を開ける。

 俺は気づかなかったけど、爪をひっかけるところがあって、底が引き出しになっていた。ずっと目にしてきた携帯用の端末が現れた。

 ルキレナさんが慣れた手つきで操作する。


「はい。なんでもいいから喋ってみて」


 そう言うと、ルキレナさんは、俺の顔に端末を近づけた。


「……こ、こんにちは?」


 ほんの少しの間があったあと、端末から言葉が発せられた。

 それにルキレナさんは返す。


「はい。こんにちは」


 ルキレナさんは破顔っていた。

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