あの日の約束と願い
「……あ、でもさ。その鉱山って危ないところ?」
「大丈夫ですよ。秘境とは言われていますが、中腹から見える落陽と、その茜に染まる水平線、紫紺の空は絶景です」
俺は軽く頷いて、想像しうる色を頭に描きながら結晶の裏と表を交互に見た。
「それは、石が六つあるほうが六連星で、七つあるのが北斗星といいます。太古の昔に、先人が夜空に描いた星座の一種です」
「星座……」
「時間や方角がまだ確立されていなかったころ、先人たちは夜、描いた星座を目印に、自分たちのいる位置や時間を計ったといわれています。数ある星の中で、僕はこの六連星と北斗星が好きなんです」
夜空に描く星座か……。
ふと思った。
夜空を流れる星に願いごとをすれば叶うというのはなんの言い伝えだっただろうか。
それを訊いてみようとしたら、聞き慣れた電子音がした。
サイズは携帯用の端末を出し、そこに映る文字を目で追い始める。その顔色が変わった。切羽詰まっているような声もした。
「どうしたんだよ」
「アキさん、眠いところすみません。まだ起きててもらえますか」
ベッドから立つよう俺を促すと、サイズは出入り口の前へ移動して、端末からなにかを取り外した。耳の付け根にそれをつける。
インヘルノもベッドから降りた。
「ジェノバユノス、ビショップから緊急の報せが入った。どうやら、得体の知れないのが一体紛れ込んでいるらしい。どこに潜んでいるかのレスポンスがないから位置ははっきりしないが、とりあえずアキさんは降ろす」
得体の知れないもの──。
なんだろう? 人間か。それとも動物か?
でも、人間なら一人と言うだろうし、動物なら一匹と数えると思う。
「いや。なにが狙いかわからないし、そこで待機して、すぐに出発できるようにしておいたほうがいい。ここだって危険だ」
端末を介して、ジェノバユノスと話をしているようだった。さっき耳につけたやつから、向こうの声がしているのかもしれない。
サイズは話を続けながらベッドルームの出入り口を開け、俺が最初に入ってきたドアのところで、ここで待っているようにと手で示した。背を向け、部屋の真ん中ら辺まで歩いていく。
そのとき、なにかが視界の端へ入ってきた。それと同時に、となりにいたインヘルノが吠えた。赤黒い毛を逆立てている。
食堂の入り口にあのメイドが立っていたのだ。
サイズの命令がなければ動かないはずのロボットが、俺を見てにやっと笑う。手首の辺りから刃みたいなのを三つ出し、こっちへ向かってきた。
ただ見ているしかできなかった俺は、インヘルノに服を引っ張られてその場に倒れた。メイドはすかさず、下になった俺へ顔をくいと向け、刃のついた腕を振り落とそうとする。
そこを、サイズの剣が受け止めた。
金属と金属がぶつかり合う嫌な音がした。
サイズのほうを向いたメイドが手の平からなにかを出した。
それを間一髪のところで避け、サイズはメイドを掬い上げるように剣を動かした。体勢を崩した相手の腕を取り、ソファーセットまで投げる。
「アキさん、食堂のテーブルの下に隠れてください」
サイズの声で我に返り、俺は床を足掻くようにして食堂へ向かった。テーブルの下でうずくまる。
一体なにが起きたのか。俺たちはどうなってしまうのか。恐怖心で押し潰されそうだった。
落ち着け、落ち着けと、呪文を唱えるように呟いて、そばにいるインヘルノの足を見つめた。
一際近くでものすごい音がした。
俺が盾にしている長いテーブルはびくともしなかったけど、椅子は何脚か壊れた。その向こうに、あのメイドが大の字で横たわっている。背にした床はめり込み、その体の上にバラバラと色んなものが落ちてきた。
しかし、なにごともなかったような顔で上半身を起こす。長い髪を掻き上げてゆっくりと立った。
……ロボットだから痛みは感じないんだ!
俺はさらなる恐怖でメイドの足から目が離せなかった。
なんでサイズを狙うのかはっきりしないけど、メイドが有利なのはよくわかった。
ジェノバユノスの言うように、サイズは人並み外れた運動神経の持ち主かもしれない。
でも、生身の人間だ。殴られれば痛いだろうし、血だって流れる。骨も折れるかもしれない。
メイドの足が食堂から消え、壁や床に物が当たる音も遠くなった。ついにはなにも聞こえなくなる。
俺はしばらく動けないでいたけど、静かな時が思いのほか長くて逆に不安になった。テーブルから顔を出したところで、食堂の出入り口からサイズが現れた。
「アキさん」
息の一つも乱れていなかった。普段と変わらず、俺の手を取ると立たせてもくれた。
「大丈夫でしたか?」
「サイズこそ……」
「僕は問題ありません。それよりもこっちへ──」
サイズはインヘルノも呼んで足早に部屋を出た。
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